3.
一度宿に帰る事にした。
この少女を仕事場(事務所)に連れて行くのはさすがに気が引けたからだ。
「ここで待ってろ、絶対出るんじゃねぇぞ」
ゼノは少女に言い、ドアを閉める。
そこで唐突にローグルが口を開いた。
「ゼノ。丸くなった」
「はぁ!?」
思わず過剰に反応してしまったゼノは視線を外して階段を降りる。
「んな事無ぇよ」
ふふ。と僅かな微笑を浮かべたローグルを見れたのはとても希少な光景だ。普段はあまり感情を表に出さない彼女だからである。
「何笑ってんだよ。さっさと行くぞ」
ローグルは笑みを浮かべて深く頷いた。
とある裏路地の何の変哲もない建物の一室にある機能的な事務所。
「昨日はご苦労だった」
白髭をたくわえた初老の老人は、椅子に座って書類の整理をしながら言った。
「奴を殺して欲しいという依頼は沢山あってだな、報酬はたんまりあるぞ」
老人はニヤリと笑い、机から価値のある紙の束を取り出した。
「今回の報酬だ。いつもより多いぞ」
差し出された紙束を無造作に受け取る。
「これからはもう少し多くの仕事を回してくれ」
ゼノは受け取った紙束をポケットにしまいながらぶっきらぼうに言った。
ここには君主と家臣のような関係性は無い。雇い主と駒の関係であり、有能な駒を雇い主は捨てたりしない。そのため、ゼノも舐めきった態度をとっている。これには相手を威嚇するとか高度な狙いは無い。ただ単に彼の性格だ。
「しかし、いいのかい? 今月に入って中々の仕事量だと思うんだが」
老人は心配している態度を見せるが、それもただ駒の状態が心配なだけだ。ゼノ本人をいたわっているワケでは決してない。
「今更一人二人増えたところで、なんの問題も無ぇよ」
「だといいんだが」
ゼノは建物を出て、宿に向かう。
表通りに出たゼノとローグルは真っ直ぐ宿への道を目指していたが、前方に中華まん屋を見つけたゼノがそちらに進路を取る。
「(少し寄り道する)」
耳打ちし、ローグルもコクリと頷く。
無事、中華まんを買って宿へと帰還したゼノを待ち受けたのは、少女のタックル(もといダッシュハグ)だった。
ほぼ体当たりに近いように抱きつく少女の腕に更に力が込もる。
「チッ。ほらよ」
舌打ちをしつつも少女に中華まんの入った。袋を渡す。
袋の中を確認した少女はパァっ、と顔を輝かせて走りこみ、ジャンプしてベッドに座る。すぐに中華まんにかぶりつき、それを頬張り咀嚼した。
その笑顔が本当に幸せそうに見えて、胸が熱くなった。
「なんだってんだ。まったく」
ゼノは得物を無造作に置き、ベッドに横になる。
今日仕事は入っていない。だからしっかり寝るのだ。
“聖剣に選ばれた者”である少年に負けた時にぽっかり空いた空虚な心。どれだけの人を斬っても熱くならなかった心。
それがこんな少女の笑顔で熱くなるんて思わなかった。しかしその温かみをゼノは認めようとしなかった。
そういう心情を悟ったのかそうでないのか、ローグルはゼノの(横になっている)後ろ姿を見て、少女のサラサラの茶髪を撫でながら微笑んでいた。