1.
昼の喧騒から一転し、闇の静寂に包まれた平信京のとある建物の一室にソレはいた。
一匹の豚が自らの財を眺め、嗤う。
彼は近くにいた女性(らしい扱いも受けていない女性)に手招きする。
その女性の衣服は痩せ細ったその体に着けられた薄い布だけ。
女性は何も文句を言わず、言われた通りに食事を運ぶ。
本日何度目の食事だろうか。
彼は食べては吐き、食べては吐きを繰り返していた。食事が胃に入ると、羽ペンの羽の部分を喉に突っ込み掻き回して吐き出す。それこそが食への冒涜行為だったが彼は気にせずまた食す。その吐瀉物も別の女性が片付ける。
彼は自らの保有する財を手に取り、ほくそ笑む。
そこには所持する大量のセル紙幣のほんの一部。
悪どい方法で稼いだモノだ。
金があればなんでも出来る。
強くそう思っていた。
目の前にその少年が現れるまでは。
「なんだ貴様は!?」
窓が開き、弱い風を受けた薄いレースのカーテンが揺れる。その窓辺に一人の少年が立っていた。
紫がかった髪を無造作に揺らし、前髪の間から垣間見える真紅の瞳は、部屋のオレンジの灯りを照らし、ゆらゆら揺れていた。そして左腕には不気味な竜をあしらった小盾。
「よぉ。突然だが、今からする事を理不尽に思うんじゃねぇぞ」
その少年の声はまるで煉獄に堕ちた者の声に聞こえた。
ヒィッ!! と彼の喉からせり上がった“恐怖”という感情が情けない声となって漏れる。
少年はその右手を左腰に吊るした得物へと伸ばし、それを鞘走らせた。
それは深い黒。深淵を思わせる程の漆黒の刀身は当てられた光さえ呑み込む程黒かった。
声が出なかった。
恐怖で声帯が縮こまり、呻き声しか出ない。舌も同様に萎縮し、わなわなと震えていた。
「悪ぃがコッチも仕事なんだ。ちゃっちゃと終わらせちまうぞ」
その漆黒の刀身が、彼の脂がテカる首筋に近づけられる。
「怨みを買いそうな仕事してそぉだもんな」
少年は僅かに笑った。そしてその得物を振りかぶり、
「だ、誰か――」
彼は小さな声で呟いた。そしてそれが最期の言葉となった。
少年は右手を一閃。
“彼”の首がボトリと落ちる。
切断面からはおびただしい量の血が溢れでている。
女性の一人が小さく悲鳴を上げるがそれだけだ。彼女たちは慣れているようだった。
「ったく。相変わらず胸糞悪い仕事だぜ」
少年は斬り払いし、腰の鞘に漆黒の得物を戻す。
そして、少年は予め用意しておいた革製の袋に彼(だったもの)の首を放り込み巾着を絞る。
「お前ぇらはどうすんだ?」
少年に問いをかけられた女性たちはお互いを見つめ合う。困惑している様子だった。しかし、
「どうせ私たちは商品だから……品物としての価値しか無いの……」
一人女性が俯きつつも代表して答えた。
そうか。と少年は端的に答え、入ってきた時に使った窓に近づく。
少年は窓に足をかけ、跳ぶ。
やがて、少年の姿は見えなくなってしまった。
これが少年――ゼノ・レークの今の仕事。大金を受け、目標を確実に抹殺する。いわゆる“殺し屋”だった。