墨色の皮肉
お待たせしました。2ヶ月半ぶりの更新。
前回までのあらすじ
人が住めない廃都で《神位種》を探し続けていた一条は、《第一都市》から派遣された雛魅と出会う。
二人は勘違いから戦いを始め、最後は一条の勝利で戦いは終わったはずだったが、《変位種》が乱入し、攻撃を受けた雛魅は意識不明となる。
雛魅が《神位種》の情報を持っている可能性を考慮し、死闘の果て、一条は《変位種》を退ける。
雛魅を担いでその場を後にした一条は、意識を取り戻した雛魅と和解(?)し、《変位種》を退けた際に行方不明となった彼女の大剣を探すことを条件に、《変位種》討伐の約束をする。
日向 友火。そう名乗った雛魅と行動を共にすることになった一条は、装備を整える為に最寄りの拠点へと戻り、そこで今夜は過ごすことになった。
オフィス内に響いているのは、壁に設置された時計の針が時間を刻む音だけだ。その時計のおかげで、窓がないこの部屋でも夜という今の時間帯を知ることができる。
一条は普段なら寝ている時間だが、数時間前に意識を取り戻したばかりで眠気はない為、眠ることはせず形だけの見張りをしていた。
接近する者がいれば、寝ていても気づくことができるセンサー人間。そんな彼が見張りをしているのは、眠くないという理由だけではない。
雛魅との話し合いの末、二時間交代で見張りをすることになったからだ。
寝ていても《擬食者》の接近に気づけることは説明したが、信じてもらえなかったのは言うまでもない。それだけでなく、見張りをしないせいで雛魅が不眠になって、昼間に足を引っ張られるのはごめんだったというのもある。
とはいえ、睡眠中に他人が起きているか確認する術はない。一条は早々に見張りなどすっぽかして寝るつもりでいた。
雛魅が寝たらという必須条件をクリアしたらの話だが。
「おい」
ビクッ、と部屋の壁際で気配が動いた。
一条は雛魅がいる壁際から二列目のデスクに座っており、互いに姿は見えていないが、寝ていないことは知っていた。
「見張ってるからさっさと寝ろ」
「・・・うん」
これでは見張る意味もないというのに寝られない。
寝たいわけではない。睡眠時間が減ることを想定しているだけだ。
気配を消す技術において、一条より数段劣る雛魅と共に過ごすことになることを考えれば、《擬食者》に見つかる可能性も高くなる。
消費した《銀血》が最も回復するのは寝ている時だ。寝られる時に寝るのも必要と言える。
部屋は再び秒針の音だけに支配された。
だが、すぐに沈黙は破られた。
「ねえ一条君」
「なんだ」
一条の鬱陶しそうな態度を無視して、雛魅は続ける。
「ずっと聞きたかったことがあるんだけど、訊いてもいい?」
「寝ろ」
「・・・君は寝るのが怖くないの?」
いいとは言っていないのに訊かれた。
無視してもいいが、このまま寝られないのも困る。
「・・・答えたら寝るか?」
「うん」
ガキかよ、という呆れの代わりに、一条は質問に答える。
「今ではもう慣れた。最初は罠を大量に仕掛けて寝てたけどな」
現在の索敵能力と隠密能力が元から備わっていたわけではない。
最初の頃は部屋中に鈴などを付けた糸やワイヤーを張り、簡単には見つからない場所ーーーーーデスクの下やクローゼットの中で寝ていた。
だが、怖かったかと問われると微妙だ。気付いたら死んでいたなど笑えないが、一思いに死んだ方が、今まで過ごしてきた日々よりは楽だ。
そう考えるくらい、最悪な日々を彼は過ごしたことがある。
「じゃあ私は安心だね」
「?」
「一条君が見張っててくれるから」
寝ている間に殺されるかもしれないという疑いは無駄だろう。今までに一条が雛魅を殺せる機会などいくらでもあった。
《黒刃》を与えたのもそうだ。わざわざ殺しにくくする理由はない。
そこまで馬鹿ではないか、と一条は雛魅の評価を少し改めた。
「・・・答えたんだからさっさと寝ろ」
「もう一つだけいい?」
「おい、いい加減にしろ」
付き合っていられない。
なぜこんな子守みたいなことをしなければならないのか。
辟易する一条をよそに、雛魅はいきなり彼の核心に迫るような質問をぶつけた。
「君は何で《神位種》を探してるの?」
「・・・」
沈黙。
答えられないようなことか、嘘を考えているのか、それとも突然の質問に驚き思考に空白が生まれているのか。
雛魅には判断がつかなかったが、黙って回答を待っていると、一条はデスクの上に立った。
「条件がある」
視点が高くなり、壁際で椅子に座った雛魅が視界に入る。
一条から貰った軍用ベストを身に着けた彼女は、背もたれに体重を預け、後頭部は壁に着けていた。《黒刃》は寝るのに邪魔にならないよう一本は壁に立てかけ、もう一本は抱くように持っていた。その体勢で寝ようとしていたのだろう。
「質問に答える代わりに、お前も俺の質問に答えろ」
一条はデスクパネルを越え、一列目のデスクに腰掛け、雛魅と向き合う形になる。
これで彼女の様子を把握でき、ある程度答えの真偽を確かめることができる。
一条がわざわざ移動して来たことが予想外だったのか、雛魅は少し戸惑い気味だった。
「質問によるかな・・・。本人かを判断するのに重要な個人情報とかは言えないけど」
「それより、質問に答え終わったら寝ろよ?」
「うん」
信用しろとばかりに微笑んだ雛魅を半目で睨みながら話し始めた。
「知りたいことがある」
「何を?」
「友達を助ける方法だ」
雛魅は、一条が『友達』という言葉を使うことを意外に思いつつも、なぜ友達を助ける方法を《擬食者》に訊くのか、というもっともな疑問を抱いた。
人に治せるもの、ましてや怪我や病気でないことは容易に想像できる。
そもそも、雛魅の《神位種》に対する見解は『最強の《擬食者》』だ。特別な力があるとは聞いたことがない。
思いつくとしても、翼を持っているかもしれないということだけだ。
「だからこの街で探し続けてる」
流石の一条も、『外』で生きる自信はない。
人間の支配が終わって百年近く。自然にのまれた『外』で生きる為のサバイバル知識など皆無だ。
必然と保存食や生活ラインがまだ残る《第二都市》が行動範囲となっている。
「居るかもわからないのに、ずっと探してたの?」
その通りだ。居るかなどわからない。
《神位種》は無敵で、他の《擬食者》と同じく餓死することもない。一条とは違い『外』も自由に移動できる。
一条も言われたわけでもない。
それでも、間を空けることなく返した。
「居なくても来る。あいつの目的は俺だ」
「・・・」
言い切られ、雛魅は閉口した。
友達とは誰か、なぜ言い切れるのか、狙われている理由はなにか、といった疑問が大量に浮上し、どれを聞くか迷った。
そうしているうちに、質問と回答の立場が逆転する。
「俺からの質問だ」
雛魅はもう少し聞きたいことがあるようで、口を開こうとするが、一条はそれ以上踏み込ませる気がないのか続ける。
「お前達はなんで《第二都市》に来たんだ?」
「えっ?」
意趣返しのように、同じように、核心に迫る質問をぶつけ、質問どころではなくす。
扱いやすい奴で助かる、と一条は内心ほくそ笑んだ。彼が笑みを表情に出すことはまずないが。
「救助にしては遅いしな」
「・・・」
追い打ちをかけるように皮肉を言われ、雛魅は俯いた。
『ラストイヴ』が起き、《擬食者》達が《第二都市》に入り込んで来ても、否、《擬食者》達が入り込んで来たからこそ救助活動は行われなかった。
もし救助した人が擬態した《擬食者》だったら、被害を他の『都市』に広げるだけだ。外側からの侵攻ならなんとかできるが、内側に入られたらどうしようもない。
結果、『外』に逃げられない人々が逃げ込んだ避難所、最後の防衛線となった治安維持局や軍事施設などには、おびただしい数の遺体が散乱している。
「ごめんない」
多くの人々が見捨てられた事実に、謝罪を口にした雛魅も思うところがあるのかもしれない。
それでも、責められる筋合いはないはずだ。 彼女は見捨てたわけでも、『都市』の決定を覆せたわけでもない。それに昔の話だ。
そして、見捨てたのは一条も同じだ。むしろ、手を伸ばせば助けることができる距離に居たのだから、よっぽど罪深い。
唯一の生存者。それは他者を助けなかったことを表していた。
口にした皮肉が話の腰を折ることになったことに少し後悔しながら、彼は強引に話を戻した。
「別に責めてない。それで何しに来たんだ?」
「こ、答えられない・・・かな」
元々、《第一都市》から出された調査命令は極秘だ。それを部外者どころか、敵かどうかすら判断しきれていない相手に話すなどもってのほかだ。
露骨に目を逸らす雛魅に、一条は嘆息した。
「探してるのは何だ?」
「・・・他の質問じゃダメ?」
「中央ビルに何の用がある?」
「うっ・・・」
「仲間は何人だ?一人で来たわけじゃないだろ?」
「・・・」
構わず質問攻めにすると、黙り込んでしまった。
一条はカマをかける。
「中央ビルは《変位種》の縄張りだ」
「え?」
「近づけば殺されるぞ」
「っ!?」
《変位種》の縄張りであることを言った瞬間、雛魅は呆然とし、殺されると言った瞬間、恐怖と焦りが混ざったような表情を一瞬浮かべた。
無論、《変位種》の縄張りという話は嘘だ。
すぐに雛魅も気付いたようで、慌てた。
わかりやすくて助かる。
《変位種》が居て直接被害を被るのは雛魅ではない。一条と共に始末する約束をしているからだ。
つまり、襲われるのは彼女以外で、死なれては困る存在だ。例えば、逸れた仲間とか。
「なるほど。中央ビルは合流地点か・・・」
「っ」
雛魅はしてやられたという顔をし、雰囲気を剣呑なものに変え、抱いていた《黒刃》の柄に、ゆっくり手を動かす。
「何する気?」
「お前こそどうする気だったんだ?」
「私は・・・」
対して一条は動かない。
攻撃しようとすれば、殺気の増幅でわかる。先手を取られる事はない。
「大剣を回収できなくても、仲間さえいればなんとかなる。そんなところか?」
「・・・」
図星だった。
『大剣の回収』と『《変位種》の討伐』では、あきらかに釣り合いがとれていない。
一条と共に行動することで、ある程度の安全や食料、武器の確保はできる。一人で行動するよりはよっぽど安全だが、それを加えてもやはり釣り合わない。
だから、雛魅は裏切るつもりでいた。
後ろめたさがないわけがない。一条には悪いと思っている。協力しようか何度か考えた。
でも、だめだ。
《第二都市》の調査期間はたったの五日間だけだ。《擬食者》との戦闘を極力避けるように構成された少数精鋭のチームでは、持ち運べる物資に限りがある為、すぐに活動限界が訪れる。
四日後に帰還用のヘリが来る。残り四日で、どこにあるかわからない大剣を回収し、どこに居るかわからない《変位種》を見つけて殺す。どれだけ時間がかかるかわからない。
もし帰還用のヘリに間に合わなければ、《第二都市》に取り残されることになる。
だが、そんな事情を知らない一条は、雛魅の思惑を図りかね、もう一度同じように訊いた。
「どうする気だったんだ?」
「・・・」
やはり答えない。
ならばと、一条は訊き方を変える。
「俺を、殺すつもりだっーーーーー」
「違うッ!!」
言い終える前に否定された。
これは嘘ではないだろう。
一条を脅威と判断したとしても、今回《第二都市》に来た目的は彼ではない。一条から攻撃しなければ、わざわざリスクを冒して戦おうとはしないはずだ。
(なら殺す必要はないな)
判断すると、交渉の話に移る。
「中央ビルに案内するのは、《変位種》を殺してからだ。殺すまで、案内するつもりはない。行きたいなら一人で行け」
《第二都市》に居る間の注意事項は話してある。
雛魅の実力的に、《変位種》や《優位種》と遭遇しない限り死ぬことはないだろう。
「大剣を回収した後に逃げるつもりなら殺す。《変位種》と戦うのが嫌なら、今すぐ取引を無しにしてもいい」
取引を無しにされた場合は、《変位種》を見つけて雛魅達にけしかけるつもりだ。
仲間が役立たずでも、彼女一人で《変位種》をかなり弱らせることができるはずだ。
(利用しない手はないな・・・)
一条は善人ではない。
目的の為なら手段を選ばない。そう覚悟した。
雛魅の答えを待つ。
部屋は再び秒針の音だけに支配された。
何回鳴っただろうか。十回なのか、百回なのかわからないが、秒針なのだからそこまで時間は経っていない。
雛魅はポツリと呟いた。
「期間を決めよ?」
いつの間にか剣呑な雰囲気は鳴りを潜め、覚悟を決めたような声色で続ける。
「私は四日後の夜にこの街を出る。それまでだったら《変位種》を倒すのを手伝う。これでどう?」
「・・・四日か。まあ元々釣り合ってない取引だ。いいぞ」
《変位種》を誘き寄せる方法ならある。危険な手だが、最終日になっても見つからないときは躊躇わないことを内心決めた。
「決まりだね」
そう言うと、雛魅は《黒刃》から離した手を差し出してきた。
「?」
「こ、これからよろしく」
「裏切ろうとした奴が何言ってやがる」
その手を取ることなく、一条は再びデスクに上がり、元の位置に戻った。
⌘
一条 拓海という少年は、年齢にそぐわないほど目つきが悪いこともあり、見た者にナイフのような印象を与える。
だが、少しの間でも共に過ごせば、普段から気配を消している彼からは覇気を感じ取れないだけでなく、極度の面倒くさがりやであることも相まって、印象がやる気のない怠惰な少年へと一転する。
雛魅も、一度殺し合って、一度命を救われていなければ、『皮肉屋でやる気のない目つきが悪い少年』という印象を持っていただろう。
一条は《変位種》をたった一人で撃退し、雛魅を背負って《擬食者》達から逃げ延びた。
雛魅は意識を失っていた為実感は湧かないが、生きていることと気絶する寸前の状況から、命を救われたことは事実だろう。
そういうこともあり、無茶な指示以外はできるだけ従おうと考えていた。
「さっさと食え。食ったら行くぞ」
「他の食べ物ってないの・・・?」
彼女にとっては、ナリッシュメイトという『食べ物』としていいのか不明なものーーーーー一条は『食べ物』だと思っているーーーーーを食べるということも、無茶な指示に入っていた。
「無い。食え」
一条は相変わらず面倒くさそうに吐き捨てた。
雛魅も何か口にしなければ生きられない。空腹も感じていた。
『いた』というのは、ナリッシュメイトを目の前にしたら食欲が失せた。だからと言って食べないわけにはいかない。
食べなければ今ここで殺す、と一条が殺気を向けている。
怖い。このままでは殺されかねない。
幸い、拠点の状態はいつでも使えるようにしているらしく、置いてある水も飲める。それで流し込むしかないだろう。
雛魅は意を決して、ナリッシュメイトが入った袋を開けた。二本入っていたうちの一本を袋から押し出す。
彼女の表情はうんざりしていた。頭頂部のアホ毛も萎れている。
「吐き出さないように、また押さえつけてやろうか?」
「け、結構です」
あの時は、ナリッシュメイトだけだったから吐きそうになったのだ。今は水があるから大丈夫だ、と雛魅は自分に言い聞かせながら、ナリッシュメイトを口にした。すぐさま口内を水で満たし、ろくに咀嚼せず吞み込む。
味をできるだけ感じない為の処置とはいえ、絶対消化に悪い。
一条は呆れた表情で、雛魅が同じことを繰り返すのを見ていた。
食べるのに、そう時間はかからなかった。元々食べる量が少ないのだから当然と言えば当然だ。
雛魅は、当分の間ナリッシュメイトと水で過ごすことを理解してか、食べ終わった後もうんざりした表情で、一条に質問した。
「一条君、行くってどこに行くの?」
「お前の《黒刃》を探しにだ」
一条はさも当然のように答えると、ドアの一つから廊下に出る。
真っ暗なオフィスとそう変わらず、窓の無い廊下は薄暗かった。どちらにせよ、夜目が効く《偽抗者》の二人にはあまり関係ない。
「場所のことを訊いてるの。あてはあるの?」
同じようにオフィスを出て、数歩の間を開けてついてくる雛魅に、一条は周囲に気配がないことを確認してから答える。
「《変位種》の痕跡を追う」
「追うって・・・」
「《変位種》と遭遇しても、相当弱っていない限り手は出さない」
「ならいいんだけど・・・。《変位種》を追うなら昨日撃退した場所に行くの?」
「ああ。墜落現場の近くだ。《擬食者》達が活発化してるだろうから気をつけろ」
飛行機が墜落しただけではない。一条と雛魅が激しい戦闘をし、《変位種》まで現れたことを鑑みれば、《第二都市》の中では『異常地帯』と考えていい。《擬食者》達の活発化を始め、何があるかわかったものではない。
だというのに、今は使い慣れた大剣型の《黒刃》も無い。
状態の悪さを理解してか、雛魅の表情に緊張の色が浮かぶ。
しかし、それもわずかな間だけだった。もっと重大なことを思い出したのか、いきなり顔色を変えた。
「そういえば『体』は回収したの?」
「『体』?誰の?」
「私達のに決まってるでしょ!?君が自分で切り落とした左腕と、私の両手!」
「そういえばしてないな」
「擬態されたらどうするの!?」
左腕と両手。《擬食者》が擬態するには十分な量だ。
肉体の放置など、擬態してくださいと言っているようなものだというのに、回収するということが頭になかった。
仲間がいなければ、擬態されても困らない。一条がたった一人で戦い続けてきた弊害がここでも出た。
「俺は困らない」
「私が困るの!!それに、《擬食者》が私に擬態してたらどうするの?」
「格好でわかるだろ」
《擬食者》でも流石に身につけている衣類までは再現できない。
特に雛魅の緩衝スーツは、『ラストイヴ』以降に《第一都市》で造られたものだ。『ラストイヴ』以前に造られていたものを、色々な所から拝借した一条の装備品と違い、この街で入手することはできない。
逆に言うと、一条の装備品は入手することができてしまう。
「やっぱり、君に擬態されると私がーーーーー」
困る、と言おうとした雛魅の目に、一条の銀髪が留まる。
「一条君って《銀血症》なの?」
「なんだそれ」
「知らないの?《偽抗者》が《擬食者》に近いほど、体の色素が《銀血》の影響を受けやすくなるの」
症例としては、先天的に髪の一部や瞳が銀色になるというものだ。皮膚に症状が出たという事例は無いなど、まだまだ未解明なことが多い。
説明を聞いた一条は、記憶を掘り返すように間延びした声をあげ、あやふやに答えた。
「聞いたことがあるような気もするが・・・」
「その髪って脱色したの?それとも生まれつき?」
「生まれつきだ」
「アルビノだったりする?」
「知るか」
一条の眼は黒く、肌は東洋人だと一目でわかる。髪だけ、それも髪全体がメラニン欠乏と考えるよりも、《銀血症》と考えたようだ。
「なんで《銀血》の影響が両眼に出るの?」
質問の嵐に、一条は歩く足を止めた。
「・・・黙って歩け。ていうか、じゃあなんでお前は『片眼』なんだ?」
一条に合わせて足を止めた雛魅は首を傾げる。
「前にも言ったよね?両眼に《銀血》の影響が出る《偽抗者》は、世界に一人だけだよ。普通は『片眼』だけ」
「俺が《擬食者》だって言いたいのか?」
「可能性は低いけど、一条君が二人目って考えるのが妥当だと思うよ?共通点も多いし」
「なんで妥当なんだ?」
雛魅は自分の左眼を指した。
「《擬食者》が擬態してもね、左眼しか《銀血》の影響を受けないの。《銀血症》は、人と《擬食者》の適合率が高いってことでもあるから、君の《銀血症》と『両眼』に説明がつくけど、それは可能性が低すぎるよ?」
指していた手を下ろして続ける。
「まず、一条君を《擬食者》だと仮定したら、脅威度は《優位種 上位》。数万から数十万体に一体の割合で、さらにここまで高い擬態対象との適合率を求められると流石に・・・。それよりも、もう既に一人確認されてる方だと考えるのが妥当でしょ?」
確かに理に適っている。
けど外れだ、と一条は内心で彼女の意見を否定すると、思考とは逆に肯定しながら歩き出した。
「じゃあ俺は二人目かもしれないってことか・・・」
「その話が本当ならすごいことだよ!?」
「何が・・・?」
振り返ると雛魅は少し興奮気味だった。アホ毛が直立している。
「言ったでしょ、二人目だって。一人目は、世界最強の《第一世代》《偽抗者》。なら、同レベルの適合率を持つ一条君も、同等かもしれないよ!」
「お前より強いしな」
「これでも私、世界序列百位以内なんだけど・・・」
興奮から一転、一条の言葉に雛魅は苦笑をこぼす。
大抵の《偽抗者》は『偽抗者序列』という序列制度に登録している。
序列は世界序列と国内序列があり、登録すると《擬食者》の掃討作戦や防衛戦の参加義務が課せられ、序列が高いほど前線に送られる。
だが、危険な掃討作戦や防衛戦が行われるなど数十年に一度あるか無いかで、普段は戦闘力を活かした治安維持をする程度だ。
そして、登録さえしていれば金が支払われる。序列と金額は比例しており、百位以内ともなれば、十六歳の雛魅では持て余すであろう金額が支払われているはずだ。
そんな『偽抗者序列』で、世界序列百位以内に入っている雛魅は、《優位種 上位》とも対等に渡り合えると自負していた。
それを知ってか知らずか、一条は皮肉を言った。
「アームレスリングのか?」
「戦闘力!言っておくけど、腕力だけで百位以内になれたわけじゃないから!」
言われるまでもない。殺し合ったのだから嫌でもわかる。
腕力だけだったなら、かなり手間が省けたはずだ。
内心理解を示すと同時に、否定を続けた。
(残念ながら俺は《銀血症》じゃない・・・。俺が《偽抗者》になったのは四年前だ)
口に出せば面倒な展開になるのは明らかだ。
雛魅の意見が正しければ、銀髪になることはない。しかし、一条の予想では、彼女の推測は間違えている。
確証はないが、擬態されれば銀髪になる。《銀血症》について詳しく知っているわけでもない為、《銀血症》でもないのに『両眼』なのは謎だ。
わからないが、知ろうとは思わなかった。知っても仕方がない。
謎は放っておき、対策を講じる。
「どちらにせよ、擬態された後脱色でもされたら終わりだけどな」
「そ、それは否定できないけど・・・」
「合言葉か暗号を決めるべきだろうな」
「基本的な対策だね。私もそうするべきだと思う」
擬態対策となる合言葉か暗号を考え、少し思案してから言った。
「『人間とは何か』」
「なぞかけ?答えは?」
彼のことだ。合言葉のなぞかけの内容は皮肉に決まっている。
「『《擬食者》より真っ黒な生き物』だ」
予想どおり皮肉だった。
雛魅は呆れかえる。
「そうやって、皮肉ばっかり言うのやめた方がいいよ・・・?」
「ロクな育ち方をしてないからな」
「それに私は、人を真っ黒な生き物だとは思えない。他にもっとーーーーー」
「そう思えるのは、お前が日の当たる道を歩いて来たからだろ」
皮肉げに言うと、雛魅も皮肉げに返す。
「認めたくないだけじゃないの?」
一条は振り返りもせず、肩を竦めてすんなり認める。
「・・・そうかもな。結局は主観の話だ。ならお前の主観で答えればいい」
「ならこう答えるね。『《擬食者》より真っ黒な生き物。でもーーーーー』
「言わなくていい・・・」
一条は歩調を乱すことなく首だけで振り返り、雛魅の答えを遮る。
綺麗事はたくさんだ。
結局はこいつも。
そんなことを考えつつ前を向いた。
表情に出ていたのか、雛魅に怪訝そうな顔をされたが、それ以上何も言われなかった。
そして、黙って歩く二人は矛盾に気づかなかった。
翼を持っていた《擬食者》の擬態した姿が、一条に似た銀髪の青年だったという、決定的な矛盾に。
読んでくださってありがとうございますm(_ _)m
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