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銀色の双眸  作者: 熢火
第一章-Real Name. 〜《第二都市》編〜
8/18

暗色の休息地

遅れました。申し訳ないです。

言い訳をさせてもらえば、骨折したんです。利き手である右手の指を(ー ー;)



「逃ゲルナ、人間ッ!!」


イントネーションが乱れた声が、雛魅の背中にぶつけられた。


だからなんだ。

殺す気満々の相手から逃げている状況で、止まれと言われて止まるはずがない。


「止まれと言われても止まれるはずがないでしょ!?」


追ってくる《擬食者》に当たり前のことを言い返すと、相手も威嚇するかのように吼えた。


「ガルァァァ!!」

「ひっ!?」


雛魅は走っていた表通りをいきなり左に曲がり、裏路地に入る。

それを追って、《擬食者》も同じように裏路地に入れる。


そもそも、なぜこんなことになったのかと言うと、ことは三十分ほど前に遡る。



⌘/30分前



雛魅と約束を交わしマンションを出た一条は、装備を整える為拠点へと向かっていた。


つい先ほどまで気絶していたこともあり、マンションを出て太陽の傾きを見てやっと夕方前という今の時間帯を知った。

日没までには最寄りの拠点に到着する予定だ。


「一条君」

「なんだ」


一条は『君』付けで呼ばれることに対し違和感を感じつつも、歩調は乱さずに応える。

違和感を感じるのは、年単位で人との関わりを絶っていた弊害だろう。


「大剣を見つけるまで、私はどうやって戦えばいいの?」

「拠点に予備の《黒刃》がある」

「拠点に着く前に交戦になったら?」

「《黒刃(ナイフ)》があるだろ。面倒をみるのはごめんだからな」


俺が居る、とかは言ってくれない。寧ろ足を引っ張るようなら切り捨てられかねない。


「だが死んでもらっても困る」


そこまで言ってから、一条はやっと歩みを止めて振り返り、雛魅の目を見た。


雛魅は一拍置いて、顔の温度が上昇した気がした。

利害とは言え、あんに『死ぬな』と言われ、妙に照れくさくなったようだ。


「な、何言ってーーーーー」


だが、その後の一言で一気に熱がひく。


「囮になれ」

「え?」

「お前が囮になって《擬食者》の油断を誘え。俺が殺す」


ほぼ丸腰の少女を餌に《擬食者》を釣り、油断したところを一条がしとめるという、なんとも単純明快な囮作戦が提案された。

聞き方によっては、に留まらずどう考えても最低な作戦である。自分を囮役にしない完全な押し付けだ。


一条は雛魅の答えを待たずに歩みを再開した。


「その《擬食者》の《黒刃》を使えばいい」

「・・・」

「?どうした?」


無言になったことを不審に思い振り返ると、雛魅は俯きながら呟いた。


「・・・でしょ」

「?」


よく聞き取れなかった一条の表情は、きょとんとした。


「なんて言っーーーーー」

「やればいいんでしょ!!??」

「あ、ああ」


いきなり怒鳴られ、たじろぐ。


気遣いなどできるはずもない少年に、女の子としての扱いを求めた自分が恥ずかしい。

雛魅が恥ずかしさを誤魔化そうとほぼ勢いで囮役をかってでたことに、一条が気づくことはない。



⌘/30分後



適当に姿を晒して《擬食者》を釣るのに成功し、順調に誘導もできている。

もう少し進んだ場所が誘導地点だ。

やっと無駄な逃避行が終わる。

そう無駄な、だ。


《擬食者》の体は人や《偽抗者》より頑丈とはいえ、甲皮は銃弾をも跳ね返すが肉体はそこまで硬くない。

雛魅の剛力を持ってすれば、甲皮は破れなくとも関節ぐらいはへし折ることができる。

少数の《平位種》なら素手で制圧することも可能だろう。


こんな回りくどいことをしているのは、一条曰く、戦闘を行う必要性が限りなくゼロに近く最も安全な方法だ、とのことだ。


「ろくな武器がない私を囮にしてる時点で安全だとは思えないんだけど!?」


今更気づいて文句を言っても遅い。

勢いだったとは言え、否、勢いだったからこそ、囮役をかってでたことが浅はかだった。

もう誘導地点ーーーーー作戦が終わる直前なのだから本当に遅い。


それに、囮にされておきながら、危なくなったら助けてもらえるとなぜ言える。

もし釣れたのが《優位種》だったりしたなら、見捨てられてもおかしくなかった。


(もし見捨て(裏切)られてたら・・・)


そんな疑心が鎌首をもたげた。


だが、彼女のそんな疑心を晴らすかのように、液体が路上にぶちまけられる生々しい音が耳に入った。

背後から迫っていた《擬食者》の気配が忽然と消え、いつからそこに居たのか、代わりに薄い気配が現われる。


雛魅は首だけで振り返り、危機が去ったことを確認してやっと足を止めた。


でかでかとサイコロカットされた《擬食者》の肉体が散らばる路上に、一条が立っていた。


離れ離れになった《擬食者》の肉体は、近くにある肉体同士で癒着し、驚異的な速度で治癒し始める。

だが、体外に出て損失した《銀血》の量が多過ぎた為か、その再生も途中でピタリと止まった。


「一条君・・・」


おずおずと呼ばれたが無視して、一条は落ちていた《擬食者》の《黒刃》を拾い上げた。一振りで付着した墨色の血を落とし、黒い刀身を躊躇なく掴んで雛魅に柄を突きつけた。

《黒刃》の斬れ味は、発動していなければ刃引きされた剣とそう変わらず、掴んでも怪我をすることはない。


「さっさと取れ。行くぞ」


気遣う気配など微塵も感じない声だ。


雛魅は躊躇いがちに受け取りながら訊いた。


「・・・ねえ、いつから居たの?」

「最初から居ただろ」

「え!?」

「鈍いな。ずっとそばに居たのに気づいてなかっただろ」

「・・・具体的に、『そば』ってどのくらい?」

「五メートル以内」


半径か直径かは言わなかったが、半径五メートルだとしても相当な隠密能力だろう。

一条の隠密能力があるからこそできる芸当だ。


「待ち伏せしてたんじゃ・・・」

「死なれたら困る奴をそのまま囮にするわけないだろ」


しかもほぼ丸腰の少女を、だ。

裏路地に誘導させたのは、もし戦闘に持ち込まれても、他の《擬食者》が来るのに時間がかかるという考えがあってのことだったのだろう。


「なんで《擬食者》は君に気づかなかったの?」

「獲物に夢中だったんだろ」

「だからって、普通は気づかれるよ・・・」

「知るか」


一条はぶっきらぼうに言うと、さっさと歩き出す。


そばに居てくれた。その事実に自然と心が温かくなるのを感じながら、雛魅は慌ててその背中を追った。





一条が拠点の一つにしていたのは、高層ビル内にあるオフィスの一室で、あまり広いとは言えないその部屋は、大量のデスクが置かれているせいでより狭く感じる。小さいとはいえ、一定間隔で設けられたデスクパネルにも一因があるかもしれない。

オフィスには出入り口が三つあるだけで窓はなかった。そういう場所を選んだのだろう。


窓が無い部屋は暗い。だが、夜目がきく《偽抗者》の二人には関係なかった。

時間感覚が狂うという問題も、部屋にある時計は夕方という現在の時間帯を正確に指していることから大丈夫そうだ。


《擬食者》に遭遇することなくここまで来れたことが幸いし、日が沈む前に拠点につくことができた。


一条はオフィスに着くと、部屋の安全も確認せず、まずはボロボロの服を着替えることにした。一々確認せずとも気配がないことから安全だと判断したのだろう。

デスクの大きい引き出しからバックを引っ張り出し、中から予備の服を取り出した。腰と、たすきのように肩に着けていた、《黒刃》の留め具が付いたベルトを外して、軍用ベストを脱ぎ、Tシャツも脱ごうとする。


「ここで着替えるの!?」

「見ればわかるだろ」


誰得であろうか?


振り返って見れば、入り口付近に立っていた雛魅の頰は少し赤くなっていた。


気絶している間に人の服を脱がせた奴が今更何を恥ずかしがっているのだろうか、と疑問に思ったが面倒だったので口には出さずTシャツを脱ぐ。

彼女が咄嗟に後ろを向いたのも気にせず、一条は服を脱いでいく。露わになった体は、引き締まった無駄のない体つきをしていた。


『人間』とは違い、傷が瞬時に治癒する《偽抗者》はその特性上筋肉はつきにくい為、筋肉達磨(だるま)になる者はそう居ない。

だが、筋肉はつきにくくとも、《擬食者》の因子を宿す肉体は、平凡な体つきで普通の人間の筋肉達磨以上に頑強だ。


「そ、そう言えば一条君」

「ん?」


雛魅の呼びかけに一条は面倒くさそうに応えつつ、予備の服を着ていく。


「君の左腕と左胸にある傷跡(・・・・・・・・・・)は何?」


彼の体には、心臓を切り裂くような軌道で、左の二の腕から左胸まで一本の傷跡が走っている。実際に負ったのなら重傷だろう。


質問に、服を着ていた手が止まった。だが、それは一時的なもので、質問に素っ気なく返すと何事もなかったかのように着替えを再開した。


「俺にもよくわからない」


《偽抗者》は負傷しても《銀血》によってすぐに治癒することもあり、普通傷跡が残ることはない。

《銀血》が枯渇している状態では傷は治癒しないものの、《銀血》が回復すれば治癒も再度始まる。

一条も《銀血》が枯渇した状態で雛魅に頭蓋骨と腕を負傷させられたが、数時間気絶している間に《銀血》も回復したのか完全に治っていた。


傷跡を残すには、傷に『異物』を入れ正常な回復を阻害し、それを長期間維持することで、それが『通常』と体に認識させる必要がある。

正常な回復は阻害されても傷口はすぐに閉じる為、痛くはない。詰める『異物』はシリコンなどでもいいくらいだ。

それをいいことに、《偽抗者》の中にはわざと自分の体に傷をつける者もいる。


「?自分でつけたの?」

「そういうことをする奴の気がしれないな」

「でも一条君も自分で腕を斬ったよね?」

「戦法だ」


肉を切らせて骨を断つ。


雛魅はその言葉を聞いて呆れた。


「もっと体は大事にしたほうがいいよ」

「頭蓋を陥没させて、腕を斬り落とした相手に言うか?」

「うっ」


痛いところを突かれた雛魅は言葉に詰まる。


会話をしているうちに、一条は着替えを終えた。ボロボロだった装備は全て新しいものに交換されていた。


着替えを終えた一条は、言葉に詰まった雛魅を尻目にその場で屈むと、予備の《黒刃》を三本取り出した。デスクの下に隠していたらしい。

《擬食者》から奪ったのか、どれも直剣型だ。


「日向」


未だに後ろを向いている少女にそのうちの一本を軽く放る。


振り返ると、それが既に至近距離に迫っており、雛魅は慌ててキャッチした。


「ちょっと、危ないでしょっ!?」

「予備だ、持っとけ」


一条は《黒刃》の留め具が付いたベルトも取り出すと、抗議を無視してそれも放った。

聞いてるの!?と再度抗議が寄せられたがそれも無視する。


「何か必要な装備はあるか?ここにあれば出すぞ」


雛魅が身につけている緩衝スーツは、戦闘の影響で所々裂けていたりしている。だが、問題なく使用できるだろう。

ブーツも大丈夫そうだ。


戦闘で失った物は軍用ベストや大剣型の《黒刃》、長い髪をまとめていた髪留めだ。

軍用ベストは、中に入っていた物の方が重要でそれらごと失った今は着ける意味がない。

《黒刃》も代わりの物を受け取った。

必要な物は、戦闘で邪魔になる長い髪をまとめる為の髪留めぐらいだ。


「髪留めはある?」

「ない、切れ」


即答で少女の髪を切る選択をする一条。最低である。

結うなどの選択はないのだろうか。


「えっ、き、切るって・・・」

「戦いで邪魔になる」

「それはわかるけど・・・で、できれば切りたくはないなぁ、なんて・・・」


誤魔化すように笑った雛魅に対し、一条は面倒くさそうにすると、自分の髪をまとめていた男物の飾り気のないヘアゴムを外し投げ渡した。


「やる」

「あ、ありがとう」


代わりに一条の後髪がそのままの状態になるが、戦いで邪魔になるほどでもないだろう。


「ただし、短くなるようにまとめろ」

「ポニーテールじゃだめなの?」

「乱戦になったとき引っ張られるぞ。今はリーチが長い大剣もない。髪に手が届く間合いまで容易に踏み込まれる」


そこまで考えたのかと、雛魅は感嘆した。


他人の髪留めを使うのもどうかと思ったが、雛魅はその好意を受け取っておくことにした。一条がつけていた飾り気のないヘアゴムで、長い茶髪を手際よくまとめる。


「・・・それと、最低限の食料は持ち歩け」


一条はそう言ってマスメイトを無理矢理押しつけた。


彼女は顔色を変えた。


「こ、これを食べるの?」

「そうだ」

「か、缶詰とかは?」

「我慢して食え」


拠点や食料がある場所も安全には程遠い。《擬食者》に見つかる危険はいつもつきまとう。


《偽抗者》とて何も口にしなければ、飢餓や脱水に直面する。拠点には戻れず、食料がある場所にも行けない状況が続けば、行き倒れになりかねない。

マスメイトは栄養を充分に摂れ、持ち運ぶにしてもかさばらない。弊害として食べる必要量が少ない為腹を満たせないが、携帯食料としては充分だろう。


「あと、言っておくことがある」

「何?」

「この《第二都市(この街)》いる間のことだ」

「長くなる?」

「生憎な」


面倒くさいことこの上ないが、この説明を省くと雛魅が死ぬ可能性も出てくるので、全て話すべきだろう。


頭の隅に留めとけ、と一条は注意してから話し出した。


「まず、《擬食者》に見つかるから大声は出すな。人が居ても信じるな。《黒刃》はーーーーー」


それから十数分かけて注意、元い命令をした。


「最後に、夜は出歩くな」

「戦いになったら《黒刃》の銀光が目立つから?」

「それもあるが、夜は野生動物が活発化する」

「野生動物?熊とか?」

「《第二都市(この街)》を囲んでる外壁はボロボロだ。《擬食者》だけじゃなく、動物も出入りしてる」


しかも、過去の野生動物だけではない。

人間の支配圏が狭まり、残された家畜やペットが野生化している。

さらに、残された家畜やペットならまだしも、残され逃げ出した動物園の大型獣などもいるのだ。


「倒せない怪獣でもいるの?」

「倒せるし、怪獣でもない」

「じゃあなんで警戒するの?」

「いちいち説明が必要なのか?中学生でももう少し頭を使うぞ」


皮肉を聞いて、雛魅は引き攣った笑みを浮かべた。


「ごめんね。中学生以下の低脳で」

「歳いくつだよ」

「十六よ!」


漏らしてはいけない個人情報を勢いに任せて口にしていることに、雛魅は気づかない。


「十六。中三か?」

「高一よ!」


漏らしてはいけない個人情報を勢いに任せて口にしていることに、雛魅は気づかない。


「まあお前の歳なんてどうでもいい」

「じゃあなんで訊いたの!?」

「・・・《黒刃》での殺傷は流血は確実だ。《擬食者》と違って動物の血には臭いがある」


閑話休題。

自分勝手に話しを戻す一条に、ここで何を言っても無駄だろう。


雛魅は彼を殴り飛ばしたい衝動に駆られたが、なんとか堪える。


「その臭いに《擬食者》が寄って来る」

「そうなの?『人間』に寄って来るっていうのは知ってるけど・・・」


『人間の姿』、『人間の臭い』、『人間の声』、『人間の気配』。《擬食者》はそれらに寄って来ると言われている。


「血の臭いだけで、人間かどうかは判断できないんだろ」


人間かどうかわからないときは、とにかく行ってみるという感じで行動をとるのかもしれない。


そして、そこまで一条が話したたところで、ぐぅ、と丁度腹の虫が鳴った。

腹の虫を鳴らした雛魅は、羞恥で顔を赤く染め硬直する。


一条はきょとんとして彼女を見ていたが、バックからマスメイトを取り出すと差し出した。先ほど渡したのは非常用に取っておけということだろう。


雛魅はゆっくりとマスメイトを受け取る。


一条は別のマスメイトを取り出すと、袋を開け躊躇なく食べ始める。


「ま、不味くないの?」

「慣れてる」


早朝に食べてから何も口にしてなかった為、流石に空腹を感じていた。

雛魅も同じはずだが、マスメイトを食べることを躊躇していた。


「食わないと体がもたないぞ」

「わかってるけど・・・」


そう言ってから数十秒が経過した。一条はとっくに食べ終わっている。


やっと踏ん切りがついたのか、雛魅はマスメイトを思い切って口にした。


「んっ!」


だが、直後、


「ぐッ!?」


訓練などで食べているはずなのだが、あまりの不味さに吐き出しそうになったところを、一条に口を押さえつけられ、逃げ道を封じられる。


(先が思いやられる・・・)


悶絶する雛魅のくぐもった悲鳴と、げんなりした一条の嘆息がその場で重なった。

読んでくださってありがとうございますm(_ _)m

次は剣王と魔術姫の方を執筆。投稿は来年になると思います。


またいつかお会いしましょう( ´ ▽ ` )ノ

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