明け色の邂逅
遅くなりました。
*
ズドオォォォォォッッッ!!!!!!!
重力加速度によって高速になった飛行機が、高層ビルに真上から突っ込んだ。ビルの最上階だけに留まらず、五、六階分も中に食い込み、大量の粉塵を舞わせる。
一条は足を止めて、それを遠目に見た。
二、三キロほど距離があるが、墜落現場に集まって来る《擬食者》と遭遇する可能性はかなり高い。
(ここからは、屋内を移動するべきだな)
一条はそう判断すると、今居る屋上からビルの中へと入って行った。
既に元の静けさが戻っている。墜落などなかったかのようだ。
そんな中剣戟の音など響かせれば、ここに居ると主張するようなものだ。
戦闘になれば、集まり始めていた全ての《擬食者》と戦うことになりかねない。
一条は気配を探り《擬食者》を警戒しながら、ビルの真ん中の階まで降りた。あとは墜落現場の方角に向かって突き進む。
ビルは全て繋がっているわけではない。途中でビルからビルへ移動しなければならない。
ビルの間は裏路地の場合が多いが、幹線道路を挟んでいる場合もある。
だが、彼には関係ない話だ。
《銀血》で身体能力を強化すれば、問題なく跳び移れる。
問題があるとすれば、向こう側のビルの窓が開いていなければ突き破るしかないということと、跳んでいる最中が最も《擬食者》に見つかりやすいことだ。
前者については、『ラストイヴ』の余波で窓ガラスが割れているビルが多いことから問題ない。
後者については、ビルの真ん中あたりの階を移動することで、少しでも見つかりにくくする。屋上に近ければ屋上から見つかりやすく、地上に近ければ地上から見つかりやすいという単純な話だ。
音も無く走り続けると、すぐにビルの端に着いた。窓からは、すぐ隣のビルの窓が見えている。
一条は隣のビルにさっさと跳び移ると、また走り出した。
ビルの端まで行き、跳び移る。
これを何度も繰り返し、 墜落現場まであと五百メートルといった所まで来た頃、異変に気づいた。
(剣戟の音・・・、生存者か?)
遠くない場所で、硬質な物体同士をぶつけ合う音がする。
一条は、ビルの中を表通りに向かって移動した。
表通りに面していたビルの壁面は、ガラス張りだったのだろうがほとんど割れてしまっており、外の様子を見るのに障害にはならかった。
太い窓枠に片手を置き、顔だけを外に覗かせる。
墜落現場にも面している表通り。墜落現場の二、三百メートル手前で、銀光が連続で閃いていた。《黒刃》で戦っているようだ。
一条は血液を眼に集中させる感覚で、《銀血》を眼に集め、視力を強化する。
瞳孔が縦に裂け、眼が銀色に染まると同時に、《黒刃》の使用者を視認する。
十数体の《擬食者》を相手に、大剣を持った生存者と思しき黒尽くめがたった一人で戦っていた。
《擬食者》達は、『連携』の『れ』の字もない動きで生存者に襲いかかるが、大剣とは思えない剣速の攻撃によって、持っている《黒刃》ごと斬られたり、吹っ飛ばされたりする。
荒々しい戦い方だ。回避できない速度で、防御できない威力で、相手を蹴散らしている。
(好機だな)
あれだけ荒々しい戦い方をすれば、戦闘音と殺気で注目を集める。
逆に一条自身は気配を隠せ、《優位種》が居るなら不意を突きやすくなるだろう。
だが、戦闘の影響で《擬食者》が増えることも考え、早く動いた方がいい。
(《優位種》が居るとすれば、戦いになってる付近のビルか・・・)
一条は視力の強化を止めると、思考しながら再びビルの中を走り出した。
進むにつれ、剣戟の音が大きくなっていく。
時折車道に放置されている車や、ビルに何かがぶち当たり、破壊音を響かせる。
その『何か』は、十中八九《擬食者》だろう。
「どんな戦い方してんだよ・・・」
一条は呆れたように呟く。
直後に、バキィィンッ!!ともう一度破壊音が響く。
戦闘に加わっていない《擬食者》が、ビルの中に潜んでいてもおかしくない。
一条は見つからないように、気配と足音を消している。
だが、剣戟の音と破壊音が鳴り止まない中、足音を消す必要性に疑問を持ち始めてしまうのであった。
一条は足音を消すのを止める前に、生存者が戦闘をしている場所の最寄りのビルに着くことができた。戦闘音が今まで以上の音量で聞こえてくる。
墜落音も含めこれだけ音を響かせれば、付近の《擬食者》があらかた集まって来るのは目に見えている。最悪、三桁に及ぶ《擬食者》が集まるかもしれない。
(急ぐか・・・)
思考とは裏腹に、歩みを止めた。
そのまま目を閉じて視覚を遮断し、聞こえる剣戟の音と破壊音も無視する。
行うのは、第六感の拡張。
薄く、広く、拡張していく。
すぐ外は敵意と殺気で満ちていたが、拡張するとそれらが少し薄く感じ、代わりに、その先のビルの中の気配まで感知できた。
居たのは、戦いを傍観していると思われる一体《擬食者》。
(・・・みつけた)
一条は心の中で呟きながら、戦闘が行われている表通りに面した部屋まで行く。
部屋は会議室のようで、教室ぐらいの広さはある。
その部屋から、向かいのビルを見た。
一条の階より三階下ーーーーー十一階の窓際から、表通りを見下ろしている《擬食者》が居た。
姿形は他の《擬食者》と変わらないが、上から静かに観戦する様は、どこか理知的な印象を受ける。
(《優位種》か?)
確信は持てなかったが、付近で戦いを傍観している《擬食者》はその一体だけだ。
それに、《優位種》かどうかは戦えば分かる。
一条は奇襲することを決めた。今居る位置から相手を奇襲するのはなんら問題ない。
表通りは片側二車線道路。十分跳び移れる距離で、しかも相手は階下に居る。
だが、《擬食者》が居る部屋の窓は割れていなかった。
窓を割れば、奇襲が失敗する可能性が上がる。だからと言って、回り込むだけ時間の無駄だ。
戦闘音に釣られ、今も《擬食者》は集まり続けている。戦っている最中に乱入されたくはない。
「どうせ接近したら視界に入るか」
一条はそこまで悩むことなく、真正面から奇襲することを決める。
部屋にある机などを退けながら、窓からできるだけ離れる。
両腰の《黒刃》を抜刀し、発動させないまま姿勢を低くした。
障害物は、向かいのビルの窓ガラス一枚。
一条は脚力を強化するのと同時に走り出す。ブーツの底が床と擦れて音を立てた。
一瞬にして会議室を駆け抜け、窓枠に膝を曲げながら右足をかける。
解放。
窓枠と壁の一部を歪めながら跳び、明るくなり始めたビルの外に身を晒した。
下から剣戟の音が聞こえてくる。
戦っている《擬食者》と生存者は、空中に居る彼に気づくことはなかった。
主な理由は、彼の気配が希薄だったことと、超速の跳躍を行っていたからだ。
緩やかな放物線を描いた跳躍ではない。着地点が跳んだ場所より低いことも利用し、砲弾のような速度で向かいのビルへ突っ込む。
体を捻って窓を蹴破る直前、《黒刃》を発動し、全身に《銀血》を行きわたらせる。
《黒刃》の全てを呑み込むような漆黒の刃と、《銀血》の影響で黒色の双眸が銀色に輝いた。
蹴破る。
音は小さくなかった。少なくとも一条と目の前の《擬食者》はそう感じたはずだ。
だが、ほぼ同時に鳴った階下から盛大な破壊音に、窓を蹴破った音は掻き消される。
外の《擬食者》達には、窓が割れる音など聞こえなかっただろう。
(邪魔される要因が少なくなったな)
内心ほくそ笑むと同時に、空中で右手の直刀型の《黒刃》を振るう。
ギョロッ、と凄まじい反応速度で、《擬食者》の眼は既に一条を捕捉していた。
ガキィィィンッ!!と硬質な音が響く。
銀光の粒が散ったことで、薄暗い部屋の中で両者を照らした。
《擬食者》は、勢いの乗った上段からの一撃を、持っていた両刃の直剣型の《黒刃》で防いでいた。
一条はそのまま上段の一撃で相手の《黒刃》を抑えると、残った左手の直剣で刺突を繰り出した。
狙ったのは急所の心臓。
だが、彼の刺突は相手のもう片方の手で逸らされる。《黒刃》を傾け攻撃を流しつつ半身になった《擬食者》の脇を、勢いのまま通り過ぎた。
発動した《黒刃》は、同じく発動した《黒刃》以外の全ての物質を斬ることができるが、正確には刃でだけだ。刺突をしている最中に、《黒刃》の腹などを叩かれれば攻撃は容易く逸れてしまう。
奇襲され、交差は一瞬で一秒にも満たなかったというのに、そんな判断をして実行に移せるのは《優位種》くらいだろう。
空中で足場がない一条は、足が着くまで体が泳ぎ、少し距離が開いた。
(今のを躱せるなら間違いない・・・!)
確信と共に気を引き締め直す。数ヶ月ぶりの強者だ。
「オ前、誰ダ?」
いきなり問われた。
この場に居るのは《優位種》と一条だけ。
「さあな」
一条は碌に答えず、開いた距離を潰し肉薄すると、二本の《黒刃》を駆使して攻める。連撃を叩き込む。
ガンッガンッギンッガンッギンッギンッガンッガンッ!!!!
手数は単純計算で二倍だ。
《優位種》はなんとか防いでいるが、銀濁色の甲皮に傷が付いては《銀血》で修復されていく。
均衡がなんとか保たれているといった状況は、すぐに崩れた。
一条の攻撃が相手の《黒刃》を弾き、その隙に《黒刃》を持っていない方の左腕を斬り飛ばした。
ドロッと墨色の血が溢れ出す。
一条は攻撃直後で、すぐに《黒刃》で追撃するのは不可能。だが、《優位種》もそれは同じこと。
だから、《優位種》は肉弾戦に一瞬で切り替えた。
「グルアァ!!!!」
「・・・」
獲物の肉を一度に多く喰いちぎることができる、捕食者として申し分ないぐらいに大きく開かれた口と、ズラリと並んだ鋭い歯が、一条の喉笛に迫った。
一条も棒立ちのまま首をくれてやるつもりは毛頭ない。
上体を床との平行を通り越すぐらい反らし、代わりに足を跳ね上げる。
回避と同時に放たれた蹴りは、《優位種》の顎に直撃し、開いていた口を閉じさせ、脳を少なからず揺さぶった。
一条は爪先の鈍痛がすぐ消えるのを感じつつ、足を上げた勢いと上体を反らした勢いで、そのまま一回転して体勢を直す。
対して《優位種》は、脳を揺さぶられた影響か、《黒刃》を持った手で頭を押さえ、ふらつきながら数歩後退していた。
彼はそれを好機と見て追撃を試みる。
距離を詰め、もう一歩で相手を間合いに捉えるーーーーーその一歩前、悪寒を感じた。
「ッ!?」
「死ネッ!!」
言葉の意味を理解する前に、右足での踏み込みを咄嗟に斜め前へずらし、上体を右に反らす。
同時に《優位種》はいきなり踏み込み、そのまま《黒刃》を右から左へ振るっていた。
上体を反らす前に一条の胸があった位置を、直剣で流した銀色の刃が通過する。
間一髪だった。もし攻撃を上方に流さなければ、頭の一部を削ぎ落とされていただろう。
逆に、不意打ちを避けられた《優位種》は隙だらけとなった。
ふらつく演技まではよかったが、相手が悪かった。まさか攻撃直前の殺気の増幅で罠だと気づかれるとは、夢にも思わなかっただろう。
そして、その隙を見逃さず放たれたカウンターを避けることは叶わない。
斬られたのは、《黒刃》を持った右腕で、攻撃の為に振るっている最中だったそれは、惰性で血を撒き散らしながら宙を舞う。
一条はその右腕の末路を一瞥することもなく、直刀の返す刀で、相手の両脚を切断した。
脚を失った《優位種》は、そのまま尻餅をつくように床に倒れると、腹を足で踏みつけられ固定される。
一条は冷たい目でそれを見下ろし、相手の胸に左手の《黒刃》を躊躇なく突き刺した。
両刃の《黒刃》は、鍔によって進行が妨げられるまで突き刺さり、《優位種》を床に縫い止めた。
湧き水のように溢れてくる墨色の血が、《優位種》を中心に血溜りを形成していく。
一条は床に縫い止めた《優位種》から足をどかすと、肘まで再生していた左腕を肩から斬り落とそうとする。
「オ前、一条 拓海ダナ」
だが、唐突な《優位種》の言葉に手を止めた。
一条の表情に、驚愕の色が混ざる。
「なんで、俺の名前を知ってる・・・?」
手を止めて、思わずといった感じで問いかけた。
《優位種》は、驚愕した彼の顔を面白そうに見上げた。今も墨色の血溜まりが大きくなり続けているというのに、焦りなど微塵も感じさせずに続ける。
「今、『神』ヲ捜シテイル」
「!?」
疑問には答えず続けられた言葉に、一条はさらに驚き、動揺する。
(こいつは、『神』を知ってる)
敵を前にしているというのに、感覚がぐらりと揺れる気がする。
《優位種》はそれに気づいているのか、追い打ちをかけるように、嗤った。
「救エナカッタ役タタズ」
「っ」
二年以上追い求めていたものへの道標が見つかり、驚愕し、動揺していた。
《優位種》の、再生しきる直前の左腕から意識が完全に逸れた。
そして、彼の最大の負い目。
知るはずもない相手の口から聞き、さらなる動揺と、一瞬こみ上げた憤怒。
見せたのは、完全な隙だった。
それを狙ったかのように、《優位種》は治りきった左手で、自分の胸を床もろとも貫いている《黒刃》の柄を掴む。
抜くのではなく、発動させ、躊躇なく自分の胸と床を斬り裂きながら振るった。
「ッ!?」
床と《優位種》の体をバターより柔らかく斬り、脚を狙って振るわれたそれを、一条は咄嗟にバックステップで躱す。
自由を取り戻した《優位種》は、一条が入って来た窓から転がるように身を投げた。
「逃がすかッ」
吐き捨てながら一条も窓から飛び出し、後を追う。
空は白み、夜明け直前だった。
明るい空とは違い、連立する高層ビルによって光が遮られている街中は、時間が遅れているかのように薄暗い。
それも相まって、下で戦っている生存者と《擬食者》が振るう《黒刃》の銀光が一層浮き上がっている。
そんな戦いの場に、一直線に自由落下していく《優位種》。
対して一条は、窓枠や壁面を蹴って加速することによって、《優位種》に迫る。
だが、加速した分だけ落下の衝撃が強まるのは当然だ。
元々彼の体は《擬食者》より脆い。
飛び降りて無傷で済むのは六階程度が限界。倍近い高さの十一階から、しかも窓枠や壁面を蹴って加速している状態で地面に叩きつけられれば、無傷では済むはずがない。
死ぬことはなくとも、良くて短い間の行動不能、最悪失神する。
どんな外傷でも治す《銀血》でも意識の回復はできないし、《擬食者》達の前で失神などすれば、命をくれてやるようなものだ。
それでも一条は、速度を落とそうとしない。
《優位種》との距離も縮まり、地面に着く前に追いつく速度差だった。
そんな追いつこうとする彼を見て、《優位種》は自由落下に身体を委ねながら嗤っていた。金剛より硬い甲皮に覆われている顔を、器用に嘲笑一色に染めている。
一条は、その神経を逆撫でるような笑みを前にしても動きを変えない。
同じ失態は繰り返さないとばかりに、感情を押し殺して突っ込んで行く。
彼の視界に捉えられた相手の体には、《銀血》で完治した元通りの手脚がある。
だが、だからどうした。
「もう一度斬り落とせばいい」
残った距離を潰しにかかる。
残り三メートル。
二メートル。
間合。
同時、《優位種》の嘲笑が深まった。
同時、一条は体を捻り、右手の《黒刃》をビルに向かって、左手で背中から外し発動させた《黒刃》を《優位種》に向かって、それぞれ防御体勢で構えた。
直後、ビルの窓際で待ち伏せていた《擬食者》が、目の前を通過しようとした彼に向かって《黒刃》を振るった。
十分の一秒にも満たない時間の経過後、《黒刃》同士がぶつかる硬質な二つの音が重なって響き、一条は吹っ飛ばされる。
真下に加速していた彼を、《優位種》が迎え撃つ形で減速させ、潜んでいた《擬食者》がその瞬間横から攻撃したのだ。
壁や窓枠に足が着いていたなら確実に片方の攻撃を避けて、カウンターぐらい入れることができただろうが、タイミングが悪く、足が接地していない瞬間攻撃がきた。
一条は露骨に舌打ちした。
潜んでいた《擬食者》の攻撃は、技術など無視した力任せの攻撃だった為、ビルからかなり離れてしまっていた。
(馬鹿力で叩きやがって・・・)
内心悪態を吐きながら下を見る。
予想される着地点も最悪だ。
路上で起こっている戦いの中心、生存者が振るう大剣の暴風域だった。
巻き込まれるのはごめんだ。
退いてもらうのが望ましいが、ほとんど絶えず剣戟の音が鳴っている為、声を張り上げても聞こえない可能性が高い。
だったら本能に訴えればいい。
普段は殺気だけでなく気配も極力抑えている彼からは、想像もつかないほどの殺気を生存者に向ける。
「ッ!!??」
息を飲んだ生存者が、一瞬視界の隅でこちらを確認したのがわかった。
殺気に反応したのは生存者だけでなく、彼女を囲んでいた《擬食者》達も同じで、一条を見上げながら数瞬の間体を硬直させた。
一条を危険な相手だと判断したのか、生存者はその隙を使って包囲を脱出する。
直後、生存者が少し前まで立っていた場所に、一条は着地した。
体を捻って足から着地し、膝で衝撃を殺す。
攻撃によって減速していたこともあり、十一階から飛び降りたというのに無傷で済んだ。
だが、今居る場所は《擬食者》の群れの中心だ。
殺気を放っている為新手の敵と認識されたのか、全方位から視線と殺気を感じる。
用があるのは《優位種》だ。周囲の《擬食者》を相手にするつもりはない。
「邪魔だ」
一言呟くと、殺気と気配を極限まで抑える。
《擬食者》達は一条を視認していた。
しかし、視認できているはずなのに、スゥ、と彼の存在が酷く曖昧になる。
目が痛むほど眩しい照明で照らされた部屋が、突如真っ暗になったかのような現象。
向けていた敵意の矛先が消える。
一条は自ら作り上げたその隙を逃さず、《優位種》の着地点に向かって、最短距離を走り出す。
動きに反応した《擬食者》は二体。高速で通過しようとする彼に合わせて《黒刃》を振るうが、どちらも二撃目を放てなかった。
片側二車線道路の中央分離帯付近から《優位種》が居る歩道までを、圧倒的速度で移動する中、攻撃してきた《擬食者》には、きっちりとカウンターで致命傷を負わせていた。
斬った《擬食者》達の血が撒き散らされるより速く、一条は《優位種》の元にたどり着く。
馬鹿正直に真正面からなど攻撃しない。
歩道と車道を隔てるガードパイプを蹴り、今までの走った勢いで跳躍。《優位種》の頭上を通り過ぎ、後ろのビルの二階の壁面を蹴り、最後に街灯の支柱を蹴る。
着地したのは、《優位種》の右斜め後ろ。
靴底を歩道で削りながらの着地を踏み込みとし、二本の黒剣を叩き込んだ。
ガキィィィィィンッ!!!!
二つの銀色の軌跡と接触音と共に、《優位種》が吹っ飛ばされる。
ぎりぎりのところで防がれたが、相手の《黒刃》を中ほどからへし折っていた。
これでリーチは半分。確実に追い詰めている。
劣勢になっていく《優位種》は、空中で体勢を立て直し、歩道を削りながら着地した。
一条はそれをさらに追撃しようと走り出そうとするが、破壊音を耳にした。
自分がやったものではない。
では誰が?
答えはすぐに出る。
自分が《優位種》と戦っている間に、破壊音を出し続けていたのはただ一人だけだったからだ。
その答えを出すと同時に、彼は反射的に身を引いた。
《擬食者》が鼻先を掠め、そのままビルの一階に突っ込んだ。
《擬食者》が飛来したことで、身を引いたことと意識が逸れたことによるタイムロスが生じる。《擬食者》達が一条の前に立ちはだかるには十分な時間だった。
数は六体。問題なく突破できる数。
一条は鬱陶しそうに目を細める。
(どいつもこいつもーーーーー)
邪魔な連中だ、と苛立たしげに心中で吐き捨てようとした。
だが、最後まで吐き捨てられることはなかった。
《擬食者》達の間から見えた《優位種》が、身を翻し逃げ去るところだったのだ。
「は?」
ずいぶん間抜けな声が漏れた。
一条は、頭の中が真っ白になるのを自覚した。
目の前の《擬食者》達が、自分の元に殺到し始めたことで我に帰った。
「ま、待て!」
一条は、相手が振るった《黒刃》を流しながら怒鳴る。
だが、そんなことを叫んでも敵が足を止めるわけがなく、車だったら速度違反になるくらいのスピードで走り去って行く。
ただ、彼の怒声に対して返答があった。
「『血』ガ足リナイ。ソレニ邪魔ガ入ル。仕切リ直シダ」
発音が乱れた言葉を残し、あっという間に姿が小さくなる。
最後に一瞬だけ見えた《優位種》の横顔は、笑っているように見えた。
仕切り直しだ、などと言われても信じられるはずがない。
早く後を追おうとするが、《擬食者》達が邪魔だ。
一条は目の前に迫っていた《擬食者》に、直刀を叩きつけるように振るう。
硬質な音と共に止められた。
だが、ほぼ同時に放っていた刺突によって顎からうなじを貫き、それを手首だけで跳ね上げることによって顎から脳天を真っ二つに斬り裂く。
脳を破壊された相手は、膝から崩れ落ち始める。
その場所を埋めるかのように、奥からさらに《擬食者》が迫っていた。
奥からだけではない。既に左右も挟まれていた。
一条は崩れ落ちようとしていた《擬食者》を蹴り飛ばし、奥から迫っていた相手にぶつけ、時間を稼ぐ。
左右から攻撃が迫る。どちらとも上段からの大振りだ。
対処は簡単だ。
左手の直剣を逆手に持ち替えながら反転し、右からの攻撃を右手の直刀で流しつつ、身を捻って左からの攻撃を回避。逆手に持ち替えた直剣を、反転した勢いのまま相手の心臓に突き刺した。
墨色の血が剣を伝い、手を汚した。
気にせず動き続ける。
攻撃を流したことで切っ先が下を向いた直刀で、相手の足を地面に縫い止め動きを封じると、手放す。心臓に突き刺していた直剣を逆手から順手に持ち替え、空いた右手で相手の伸ばしきった状態になっていた右腕を掴む。
腰に《擬食者》を乗せ、右腕を引っ張り、左手で機能を停止した直剣ごと相手を持ち上げ、そのまま前方に投げ飛ばす。
すぐさま機能を発動させ、相手の体から引き抜くのも忘れない。
二体の《擬食者》は重なって倒れた。
下になった《擬食者》の足は直刀で縫い止められており、無理な負荷がかかったのか、鈍い音と共に足首が折れた。
一条はその足を縫い止めていた直刀型の《黒刃》を掴むと、発動させ、重なっている《擬食者》を地面ごとぶった斬る。《黒刃》は、斬る対象が二体だろうが関係なく振り抜かれた。
歩道が墨色に染められるよりも先に、随分と見通しが良くなった通りを見た。
だが、《優位種》の姿はどこにも見あたらない。
「クソッ・・・」
一条は毒吐きながら追跡を諦めると、周りの《擬食者》達の殲滅を優先する。
《平位種》と《劣位種》しか居ない群れを殲滅するのに、あまり時間はかからなかった。
無力化した何体かの《擬食者》から、逃げた《優位種》か《神位種》の情報を引き出そうとしたが、徒労に終わった。
(『仕切り直す』か・・・。今は信じる他ないか)
一条は嘆息した。
静寂が戻ったその場では、予想以上にその嘆息は大きく聞こえた。
彼はゆっくり首だけで振り返る。
その視線の先には、同じく《擬食者》を殲滅し終えた生存者の姿があった。
生存者は、警戒心と敵意を一条にぶつけながら、身の丈を超える大剣を正眼に構えた。
これから始まるのが戦いであることは、火を見るよりも明らかだ。
東の空に太陽が昇り、明け色に染まった街で、少年と少女は敵対という形で邂逅した。
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次話は来週の日曜日20時投稿です。
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