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銀色の双眸  作者: 熢火
第一章-Real Name. 〜《第二都市》編〜
4/18

紫電の祝花

暑い日々が続きます・・・。



《第二都市》が滅んだ日は、その日が丁度クリスマスイヴだったという安直な理由から、一般的に『ラストイヴ』と呼ばれている。

そんな『ラストイヴ』から二年以上経った今も、《第二都市》が調査されたことは一度もなく、上空からの偵察が何度か行われただけだ。


《第二都市》は、日本最大の研究所の規模を誇っていた街で、その内容や技術力も他の都市より群を抜いていたことは周知の事実だ。

研究所を漁れば、研究者だけでなく都市の上層部なら喉から手が出るほど欲しいデータが出てくるだろう。

だというのに、大々的に《第二都市》の調査に乗り出せなかったのは、面倒な大人の事情というやつだ。


《神位種》や多数の《擬食者》を警戒しているというのもあったかもしれない。

だが、『日本』と同じ国の名前を名乗っているものの、互いに『近くにある国』という認識を持っている残った四つの都市が、足並みを揃えて調査するという発想が出るはずがなかった。

どこの都市も《第二都市》の技術を独占したがり、互いに牽制し合う膠着(こうちゃく)状態であった。


残ったどこかの都市がその膠着状態を破り、独断で調査に乗り出さなかったのにも理由はある。

調査に乗り出せば他の都市を確実に敵に回すことになることと、欲しいデータがどこにあるのか、データは問題なく取り出せるのかなど一切不明であること。つまりハイリスクなのに対し、成功率がかなり低いことが大きな理由だろう。


だが、それを理解してなお、膠着した状態を壊すかのように、《第一都市》の上層部が極秘に《第二都市》の調査命令を出した。


調査部隊に選抜されたのは八人。

《擬食者》が跋扈する《第二都市》で、問題なく活動できると判断された彼らの中には、一人の少女も同行していた。


少女の装備は、肌に密着するような緩衝素材で作られた目元以外の頭部を覆う黒い覆面マスクと、首に下げられたゴーグル、マスクと同じ素材で作られた黒いスーツで全身を覆い、その上に黒い軍用ベスト着ている。

マスクで顔は見えないが、マスクに収まらないほど長い茶髪をポニーテールにしていることと、座っていてもわかる高くない身長と細身の体格が彼女が少女であることを示していた。

そんな少女が居るのは、上空五千メートル弱を飛ぶ電動式の飛行機の中だ。


ジェットで推進力を得ているわけではない為、飛行音はかなり静かだった。目的地がそう遠くない位置に来たことから、速度を時速九百キロまで減速しているのも要因ではある。

最高速度に達すれば、マッハ三は出るであろう飛行機は、元々大人数の移動を想定していないのか機体が小さく、座席も片側五席の計十席かない。


その座席に、少女を含めた八人の黒ずくめ達が四対四で座っている。少女が座っているのは、右側の前から二番目の席だ。

全員少女と同じような格好をしている為、詳しい年齢はわからないが、目元の皺のなさと姿勢からその全員から若い印象を受けると共に、違和感を覚える。

全員特殊部隊のような姿をしているというのに、あまりにも装備の防御力が低すぎるのだ。


全身を覆う肌に密着する黒いスーツは、顔を覆っているマスクと同じ素材で作られており、緩衝スーツとして体を衝撃から守る役割をするが銃弾までは防げない。クロスボウの矢を貫通させないぐらいが精一杯だろう。軍用ベストも物をすぐに取り出す為に着けているのであり、防弾効果はない。

さらに、持っている銃火器は腰のホルスターに入っているハンドガンが一丁だけで、他の武器は各々違う種類の《黒刃(・・)》だ。

八人全員が《偽抗者》であることを表している。


少女も身の丈を超える不釣り合いな片刃の大剣型の《黒刃》を、床に切っ先を着けて抱くように持っていた。


銃弾までは防げないが、軽くて動きやすく衝撃から体を守ることができる緩衝スーツを着込み、近接戦闘用の《黒刃》を携帯したその装備は、銃火器を多用する『人間』相手には不向きだが、《擬食者》を相手にするなら話は別だ。

《擬食者》は、銃など《黒刃》以外の武器はほとんど使わないことと、《黒刃》での攻撃の前では防弾チョッキなど重いだけで飾り以下であることから、軽量で別の要因からの負傷を大幅に減らせる緩衝スーツは最適である。

さらに、《擬食者》の甲皮をいとも簡単に斬り裂いて傷を負わせることができる《黒刃》を装備すれば、《擬食者》と戦うのにこれ以上の装備はないかもしれない。

《擬食者》が跋扈している《第二都市》で活動するならば、そんな装備でもおかしくない。

だが、対《擬食者》を想定して作られた装備品で身を固めたとしても、無敵になれるわけではないのだ。交戦した結果死者が出ても不思議ではない。


それらを理解している八人の顔には、当たり前と言える緊張の色があった。

そして、その緊張をさらに高めるように、マスクの下で耳に装着していた小型の無線機から声が発せられた。


『こちら操縦室。あと十分で《第二都市》上空に入る』

「こちら黒田。了解した」


黒田と名乗り、操縦士からの通信に応答した男は、少女の前、最前列の席に座っている長身の男だった。

黒田は立ち上がると、後ろに座る隊員達の方へ振り向く。その身長は、一九〇センチほどもあり、手には長剣型の《黒刃》が持たれている。


「聴いた通りだ」


全員マスクの下に小型の無線機を着けている為、操縦士と黒田の声は聞こえていた。

彼は周りの面々を見渡しながら続けた。


「確認するぞ。今作戦の目的は、《第二都市》にある研究所の調査だ。《第二都市》上空に入ったらパラシュートで降下し、着陸後即移動を開始する。《擬食者》との交戦、銃の使用、単独行動は避けろ」


黒田の言葉を全員静聴している。


「作戦中は本名ではなくコードネームで呼べ。不用意に個人情報も明かすな」


現在人類が生き残れている理由は、 《擬食者》の人間に擬態することができる能力に、記憶を引き継げないと言う欠点があったからだ。

《擬食者》が居ない『安全地帯』が築かれたのは、もう何十年も前の話で、その築いた『安全地帯』に入れる者の『選別』も、擬態の欠点を利用したことは容易に想像がつく。


本人か《擬食者》かを判別するのは、名前などの些細なことでもできなくはない。

その判断材料が、《擬食者》に漏れるのを防止しようとするのは自明の理である。


「隊長である私のコードネームはトールだ。再確認の意味も込めて点呼をとる」


黒田ーーーーートールは、隊員の名前とコードネームを一人ずつ確認していく。


「副隊長、波山 (めい)。コードネーム、ウェド」

「はい」

雛魅(ひなみ) 明日火(あすか)。コードネーム、ストラ」

「はい」


雛魅と呼ばれ返事をしたのは、大剣を持った少女だ。

その前に呼ばれた波山も女ではあるが、コードネームがウェドであることから、性別は考慮されていないようだ。


黒田は雛魅の返事を聴くと、次々と隊員の名前とコードネームを呼んでいく。十人にも満たない全員を呼ぶのに、そう時間はかからなかった。


「何か質問はあるか?」


黒田が、離れてしまった際の合流地点や、何時間後に帰還用のヘリが来るかなどの確認を終えると、最後に質問がないか訊く。


それに対し、全員が無言で否定を表した。


その無言瞬間を狙ったかのようなタイミングで、もう一度通信が入った。


『こちら操縦室。あと五分で《第二都市》上空に入る。降下の準備に入れ』

「こちら黒田。了解、降下準備に入る」


黒田は先ほどと同じような返答をすると、首にかけてあったゴーグルを着用する。


「行くぞ。全員、ゴーグルを着用しろ」


その指示で、全員が立ち上がりながら首に下げていたゴーグルを着ける。

彼らの背には、パラシュートが収納されているリュックが背負われている。


雛魅の大剣ように、腰に固定することができない《黒刃》は、パラシュートのリュックを背負っている関係上、降下中は手に持っているしかないが、誰もそれを危険視することがないのは、その場に居る八人全員が《偽抗者》だからだろう。

そもそも武器として《黒刃》を選び、しかも重量が鉄とほとんど変わらないというのに、少女が大剣を得物にしている時点で『普通』ではない。


『こちら操縦室。《第二都市》上空に入った。これより作戦をーーーーー』


飛行機の後部にあるハッチの前に全員が一列に並び、数分が経った頃に通信が入った。


この通信が終われば操縦士はハッチを開け、先頭の黒田から最後の雛魅まで全員が夜空に身を投げるはずだったが、いきなり操縦士は口を噤んだ。

八人全員が怪訝そうに眉をひそめる中、操縦士は焦燥に駆られるように次の言葉を捲し立てた。


『み、未確認飛行物体急接ーーーーー』


だが、その言葉は最後まで紡がれることなく、航空機の前方が爆砕した音にかき消される。


ちぎれた導線などから迸る紫電が、作戦の失敗を祝す花のように咲いた。

黒く広大な夜空に対し、ささやかに咲き誇る花は、咲く過程と枯れる過程を視認するのを許さず、開花と枯死の結果のみを一瞬だけ見せる。


黒田の判断は迅速だった。一瞬で安定性を失った機内で、体のバランスが崩れる前に壁に設置されているハッチの開閉ボタンを押し、手動で開ける。


ハッチは、夜空の暗闇に八人を呑み込もうとする怪物の口のように開いた。

気圧の変化が、機内の空気をかき乱す。


一番最初に、ハッチの最も近くに居た黒田の体が夜空に消えた。だが、無線は生きている。


「全員脱出しろ!!」


黒田の声は、激しい気流の中でも無線機に届いた。


そして、誰ひとりとしてパニックに陥ることなく、安定性など欠片もない機内から脱出していく。

だが、例外が一名。


最後から二番目に飛び降りるはずだった男が、悲鳴のように叫んだ。


「雛魅!なにしてる!!」


座席にしがみつくことで明かりが消えた機内に留まっていた雛魅は、つい本名で名前を呼んだ男に向かって、安心させるように笑いかけながら背を向ける。


彼女の視界の隅に映った男は、雛魅のように自分の体を機内に留める暇もなく、届くはずもない手を伸ばしながら夜の闇に消えた。


マスクで伝わらなかっただろうか、などと呑気なことを考えながら、雛魅は操縦室に向かおうとする。

落下が始まっている状況で、生きているかも分からない操縦士達を助けようとしているのだ。


だが、操縦室に向かおうと意識を前に向けた雛魅の視線の先では、扉を蹴破って一体の《擬食者》が現れた。

右手に《黒刃》を持ち、左手に操縦士二人の頭部を持っている。


雛魅は操縦士の頭部を見て表情を歪めた後、相手を睨みつけると同時に、その《擬食者》の二つの異常性に気づいた。


一つは、 今も揺れる機内で、支えがなにもない状態で立っていられる、ありえないバランス力があること。

そしてもう一つは、背中から生える、狭い機内で邪魔にならないように折りたたまれた墨色の双翼。


肉体と同じ色のそれは、あるはずもない物だ。


《擬食者》が出現してからは、陸路は勿論のこと、活動に酸素を必要としないことから海路も安全ではなくなった為、『安全地帯』である都市間を移動する際は《擬食者》が手を出せない空路を使用するのが常識だ。

目の前の相手がその常識を壊したことを、飛行中の飛行機の中に現れたことで示していた。


《第一都市》から飛びっぱなしの飛行機に乗るには、乗員に紛れ込んで最初から乗るか、飛んでくるしかない。

まず、雛魅以外の乗員は先ほど脱出した黒田達七人と二人の操縦士だが、二人の操縦士は目の前に居る《擬食者》に持たれている。それは頭部のみの状態で、死んでいるのは明らかだ。

乗員に紛れ込んだのでないなら飛んできたことになる。実際それ以外ありえないと同時に、操縦士が無線で伝えようとした最期の言葉からしてほぼ間違いないだろう。


つまり、この《擬食者》は飛べる。


どれくらいの速度で飛べるのかはわからないが、パラシュートで降下している間は無防備だ。

普通の人間より体が丈夫とはいえ、高度五千メートルから落下すればただでは済まないことは、降下にパラシュートを使用してる時点で示している。


(この《擬食者》に降下中を狙われたら不味い)


雛魅は、 せめて黒田達が着陸するまでの時間を稼ごうと、迎撃体勢をとる。

体勢を安定させる目的で座席を掴んでいる左手はそのままにし、右手のみで大剣を正眼に構えながら、《黒刃》を発動させた。


彼女の身の丈を超える大剣の刃が、全てを呑み込むような漆黒から、機内の暗闇の中で輝く銀色に変色する。

それと同時に、マスクから露出していた左目の瞳孔が縦に裂け(・・・・・・)、ゴーグルの下で銀色に光る(・・・・・)


それこそが、彼女も『異常』であることの証。

『人間』を捨て、《擬食者》に近づいた者。


しかし《擬食者》は、戦意を見せられても特に何の反応も見せない。


(相手にされてない・・・?)


雛魅が思考していると、相手は予想外の動きを見せた。

左手に持っていた操縦士二人の首を、雛魅に向けて放る。


「なっ!?」


虚を突かれた雛魅は、咄嗟の対処を躊躇した。

仲間の亡骸を切り払うことは、ほとんどの者が躊躇するだろう。ましてや、彼女は成人にも達していない少女なのだ。


《擬食者》は、その隙を狙っていたかのようにしかける。

姿が一瞬で消えたと思ったら、雛魅の右側に居た。

座席の背もたれを斜め上から踏みつけて、強引に停止した《擬食者》は、横眼で彼女を一瞥する。


バキメキバキ、と座席の背もたれに足がめり込む音で、雛魅はやっと《擬食者》の位置を特定した。


「ッ!?」


圧倒的な速度だった。操縦士の頭部に意識が向いていたとはいえ、目で追うどころか反応することすら叶わなかった。

肌と密着するスーツの間に冷たい汗が滲む。


(まずッーーーーー!!??)


考えるより先に体が動いた。

大剣の腹を《擬食者》に向け、踏ん張る。

直後、相手の折りたたまれていた左翼が展開され、至近距離で爆発が起きたような衝撃が襲った。

彼女は耐えきれず、背後にあった座席を破壊しながら壁に叩きつけられる。


「かはっ」


緩衝スーツを着ていても防ぎきれない衝撃が、肺から酸素を吐き出させる。

雛魅と共に吹っ飛ばされた操縦士の頭部が、トマトのように潰れ、壁に染みを作った。


わざとだった。

背もたれの破壊音で場所を教えたのも。

彼女が防御体勢をとってから攻撃したのも。

《黒刃》で攻撃しなかったのも。

殺そうと思えば確実に殺せていたのに、そうしなかったのだ。


《擬食者》は雛魅に興味がないのか、とどめは刺さず、開いたハッチに歩み寄った。やはり、その足取りは揺れる機内では信じられないほど安定していた。


雛魅は、壊れていない座席を支えになんとか立ち上がり、ハッチから地上を見下ろしている《擬食者》を呆然と見た。

そこには隙だらけの背中が晒されている。


だが、


(強すぎる・・・)


雛魅はその隙を突いても相手には傷一つ付けることは叶わないと思った。

手加減されたのは明白だ。


だからと言って、次も殺されないとは限らないし、殺されるのは黒田達かもしれない。

正面から戦えば勝率は零だろうが、隙を見せている今なら攻撃を当てられるかもしれない。


そんな考えが脳裏によぎるが、それを吹き飛ばすかのように、《擬食者》の体が銀光となり、姿が変わる。

《擬食者》の体が銀光になったのに対し、装備品は銀光にならずに残っていることで気づいたが、衣類を身に着けていた。

そして、銀光が収まり、擬態した『人間』の姿は、衣服のサイズが丁度いい体格の銀髪の青年。

これから飛ぶ為か、衣服を破って生えている翼はそのままだ。


《擬食者》は擬態を終えると、雛魅が攻撃することを決める前に、夜空に身を投げた。黒田達を追ったのだろうか。


(っ、黒田さん・・・!)


雛魅は《擬食者》を追う為、まず落下し続けている機内から脱出することを考え、ハッチに向かおうとする。

だが、それを阻むかのようにさらなる揺れが襲った。


「!?」


先ほどまでの落ち方が緩やかに感じられるほど、一気に落下する。


立っていることすらできなくなった雛魅の視線の先は、唯一の出口であるハッチに向いていたが、ハッチから見えた夜空に何かが舞った。

飛行機の右翼だった。

その近くには、銀色に怪しく光る《擬食者》の双眸。


彼女は呆然と落下する機内からそれを見ていた。


《第一都市》が独断で進めた第一回《第二都市》調査は、たった一体の《擬食者》によって呆気なく続行不能になった。

読んでくださってありがとうございます。


Twitterで次話の更新予定などをお知らせしています。

@Hohka_noroshibi




・《第二都市》が滅んだ日は、12月24日のクリスマスイヴだったことから『ラストイヴ』と呼ばれている。

・《第二都市》は日本一の研究機関の規模を誇っていた。《第一都市》の上層部の目的は、その内の研究内容にあると思われる。

・装備にも左右されるが、黒田達《偽抗者》の場合時速900kmの飛行機からスカイダイビングしても問題ない。

・雛魅は操縦士を助ける為に機内に残った。

・翼を持った《擬食者》は既に誰かを捕食していた。目的は不明。

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