陽色の真名
前回のあらすじ
致命傷を受け、死ぬ寸前だったはずの一条が立ち上がった。
『凛音』と名乗り、『私』と称する一条?は《変位種》を一方的に瀕死の状態まで追い詰めた。瀕死になった《変位種》の意識が、食われたはずの《優位種》に支配され、対話ができるようになる。
凛音と入れ替わるように意識を取り戻した一条は、《優位種》から『神』からの伝言として《第一都市》に行くように言われる。
斬り落とされた触手と、それに伴ってできた墨色の血痕。
《変位種》を圧倒した証が見て取れるのは、ビルの外も変わらなかった。
一条はそれらを一瞥するとそれ以上の関心を示すことなく、雛魅の気配がする方に足を向けた。
気配がはっきりしているが、彼女は重傷のはずだ。状態が気になる。
だが、それは杞憂だった。
雛魅は自力で立っており、重傷だったはずの傷も問題ないようだった。
あまりの健在っぷりに、偽物ではと疑う一条。
だが、それもすぐに杞憂だと気づくことになる。
「無事だったか」
「一条君、だよね?」
「何寝ぼけたこと言ってーーーーー」
どんっ、と雛魅がいきなり抱きついて来た。
一歩後退することで踏み止まった一条の胸に顔を押し付け、嗚咽を漏らし始める。
「生きてた・・・。いきてたっ・・・!」
(うわっ、本物だよ・・・)
一条は凄く面倒くさそうな顔をして、速攻引き剥がしにかかった。
互いの無事を喜ぶ感動のシーンなどありはしない。
一条も一条だが、雛魅も雛魅だ。《銀血》が回復しているのか、馬鹿力が戻っている為、相手を鯖折りにしかねない。
「離れろ、クソガキ」
「クソガキ!?いつにも増して口悪くない!?」
「うるせえ。お前が一人で逃げてればな・・・・・」
少しの間常態化しつつある口論が続いた。
落ち着くと、離れた雛魅は改めて礼を言った。
「ありがとう、助けてくれて・・・」
「・・・俺の方こそ見捨てないでくれてありがとう」
「それって皮肉!?無駄死にだったとでも言いたいの!?」
「よく分かってるな。現状は結果論でしかないだろ・・・」
「うぅ・・・」
一条は、何も言い返せずに上目遣いに睨んでくる少女の体へと視線を下げた。
「お前の傷も治ったのか・・・」
「・・・覚えてないの・・・?」
「何を?」
「・・・一条君って二重人格だったりする?」
「は?」
二人は互いに怪訝そうな顔をする。
「俺はお前を庇った後から記憶がない」
「・・・あの後、すぐに起き上がったんだよ?」
何があったのか説明を受ける。
翼と左腕を生やして生き返り、雛魅の傷を治して、《変位種》を一瞬で中央ビルの中に吹っ飛ばすまで。
一条は、驚き、思案、怪訝、そしてまた驚きと、僅かながらも表情をころころ変えながら説明を聞き、聞き終えると心の中で名前を呼んだ。
(リン・・・)
冷静な頭中は残響すら許さず、呼び声をただの記憶の瓦礫に放り込んだ。
何も反応はない。
だが、確証を持つことができた。
(やっぱり俺の中か・・・)
表層に出てきた理由は分からない。
ある種の死を迎えたからか、あるいは・・・。
「大丈夫?」
ああ、と一条は短く返しながら思考を現状へ向けた。
「これからどうするかだがーーーーー」
「そのことなんだけど・・・」
雛魅は墜落したヘリの方を見て言った。
⌘
雛魅の要望で、墜落したヘリのパイロットの葬いをした。
遺体を放置しておくと、《擬食者》や獣に食い荒らされる可能性がある。
それならと、潰れた機体から遺体を引きずり出し、葬場まで運んで火葬した。骨は納骨専用のロッカーに納めた。
年単位で使われていなかったはずの葬場。
使用記録には、つい先日、十人近くの火葬が行われた記録が残っていた。
雛魅は、先日空きが埋まった七人分の納骨専用のロッカーを前に、沈痛な顔をしながらも気丈を装った。
「薄々気づいてたから大丈夫・・・」
「・・・悪かった・・・」
「なんで一条君が謝るの・・・?」
一条は陰鬱な雛魅の目を見て答えた。
「俺がお前を巻き込んだ。仲間が死んだのもそのせいだ」
《優位種》は一条ではなく雛魅を殺そうとしていた。そして、彼女を殺す為に黒田達を殺した。
一条を『神髄』に届かせる為に雛魅を殺す必要があったのかもしれない。
だが、彼女は強い。だから、仲間から殺しにかかった。
「ううん、一条君は悪くないよ・・・」
雛魅は弱々しく首を振った。
「君を責めるのは筋違いだよ・・・。それに、君が私を助けてくれたことに、変わりはないから・・・」
「・・・そうか」
「行こ・・・」
「日向」
一条は踵を返した雛魅を呼び止め、ポケットから取り出した物を渡す。
「渡し忘れてた」
波山の髪留めだった。
雛魅はそれをそっと受け取り、胸の前で優しく握り締めた。
「・・・ありがとう」
遺品となってしまったそれが、死んだという事実をより強調した。
気丈の仮面が剥がれ、涙が少女の頬を伝う。
「形見だろうが、仲間の《黒刃》の回収は諦めろ」
「・・・うん・・・」
黒田達の《黒刃》の質は中々の物だった。《擬食者》が持って行ってしまっただろう。
彼女の心中では後悔や罪悪感、悲しみや怒りが渦巻いているはずだ。
理解しているが、一条にはこういう時どうすればいいのか分からなかった。
「・・・外に居る」
うずくまるようにしてその場にしゃがみ込んだ少女だけが葬場に残った。
⌘
数時間が経過して、夕刻が迫る頃に雛魅は出て来た。
待っていた一条は特に何も言わず、目を泣き腫らした彼女を連れて拠点へ向かった。
移動している間は無言の時間が続いた。
いつもと違い、無言を破ったのは一条の方だった。
拠点に到着して開口一番、《第一都市》に行くことを伝えた。
驚いた顔をする雛魅に理由を説明すると、彼女は《第一都市》に救援要請する際に、一条の保護も求めると言ってくれた。
数秒後、肝心の救援を要請する為の通信機器が無いことにも気がついた。
《第二都市》の調査作戦は極秘である為、作戦本部との通信は専用の端末で行われることになっていたが、これが全て壊れてしまった。
端末は腕時計型で、雛魅のは一条との戦いで腕を斬り落とされた際に破損し、殺された黒田達のは言うまでもない。
「予備の端末は?」
「精鋭部隊だったから、壊滅して端末も全て破損するなんて想定してなかったの・・・」
「他の通信手段」
「本部は敵対勢力とかの介入を恐れてるから、仮に救援要請できても信じてもらえないよ・・・」
「通信が途絶したんだぞ。偵察機は来ないのか?」
「送迎用の航空機が二機も堕とされたから、警戒して無人機すら送って来ないと思う・・・」
「分かった。つまり、見捨てられたんだな?」
「言わないでっ!」
仮に偵察機が送られるとしてもかなり先らしい。そして偵察機の後は、完全武装した討伐隊が来てもおかしくないとのことだ。
その場合、雛魅はともかく、《擬食者》ではないと証明できない一条はその場で殺処分されかねない。
「《第二都市》に残っても仕方ないな・・・」
「どうするの?」
「お前は待ってればそのうち助けが来るだろ。俺は自力で《第一都市》に向かう」
「嘘でしょ!?直線距離でも四百キロ近いんだよ!」
「確かに遠いから面倒くさいな・・・」
「問題そこなの・・・?」
歩いて一ヶ月ってところか、と一条はツッコミを無視して、必要になりそうな物を頭の中でリストアップしていく。
車は使えない。百年近く放置された『外』に、車が走れる道が残っているはずがない。
航空機は『ラストイヴ』の際に数体の《優位種》の指揮の下、逃走防止として徹底的に破壊された。
(食料と水に衣類、予備の《黒刃》も持って行くとすると、他の拠点から調達する必要があるな・・・)
億劫そうな表情をしつつ、今居る拠点にある物資を確認し始めようとし、身につけている装備品がボロボロであることを思い出した。
(どんな頻度だよ・・・)
五日間の内に三回も装備品を交換している。
《第一都市》への移動中にこの頻度での交換は勘弁してほしい。着く頃には全裸になりかねない。
一条は自分で呆れながら、代わりの装備が入ったリュックから衣類を無造作に取り出した。
入れた覚えがないが、衣類と共に出て来た髪留めが床に落ちた。
一条は怪訝そうにしたが、記憶を辿る程のことでもないと判断して、それを拾い上げようとした。
「私も一緒に行く」
雛魅が告げた言葉に、髪留めに伸びた手が止まる。
その時の彼の表情は、
「何ですごく嫌そうな顔するの!?」
ついて来てほしくないのだろうか、嫌悪感丸出しだった。
「無理に危険を冒す必要無いだろ・・・」
髪留めを拾い上げる。
「『外』は簡単に食料は手に入らないし、雨風凌げる寝床も少ない」
その点、《第二都市》に居れば、食料と寝床には困らない。《擬食者》は多いが。
「一条君、仮に《第一都市》に着いても、どうやって中に入るつもりなの?」
「・・・どうにかする」
「絶対考えてなかったでしょ!?近づくだけで消し炭にされるよ!?」
「お前が居れば大丈夫って言いたいのか・・・?」
「君だけで行くよりはマシだと思うよ?」
雛魅は胸を張って自分の有用性を誇示する。ボロボロになった衣服的に色々と危ない。
「見捨てられた分際でか?」
「うぅっ・・・」
一条は嘆息した。
「何でお前がそこまでする・・・?」
「ええっと・・・」
雛魅は言いずらそうに目を逸らした。
君に助けられたからと、前と同じことを言えばいいのだろうが、必死だったあの時とは違い、改めて面と向かって言うのは恥ずかしい。
雛魅は少しの間ばつが悪そうにしていたが、何か思いついたようにハッとした。
名案だとでも言いたげに悪戯っぽく笑う。
「私は君と違って優しいから」
「・・・」
いつも言われている皮肉と嫌味の仕返し。
一条は一拍してからもう一度ため息を吐きつつ、明後日の方向を向いた。
「(本当に優し過ぎる・・・)」
雛魅には何と言ったか聞き取れなかったが、呟いた彼の横顔は笑っているように見えた。
死の淵から蘇った際に見せた凍てつく微笑みとは違う、年齢相応の少年らしい笑み。
言っとくが、と一条は黙ってしまった雛魅に、いつも通りの殺人鬼のような視線を向け、髪を襟足で縛った。
「荷物がかさばらないように、食料はナリッシュメイトしか持たないからな?」
「え!?」
やはりついて来てほしくないようだ。
持って行く食料について揉めながら、必要な物を揃えるのに四日かけ、出発の日になる。
⌘
時刻は早朝、夜明け直前だ。
白み始めた空が、押し迫る一日の始まりを実感させる。
中・遠距離兵器を大量に備えた厚さが約十メートル、高さ約三十メートルはある『都市』の外壁は、近づくと圧迫感があるが、一条と雛魅が立つ場所は違う。
備えられた兵器の誘爆で、出入り用の門を含めた至る所が壊れ、《擬食者》達の侵入を許したことが分かる。
見るも無残と言うのが相応しい。
「これで最後?」
「ああ」
そんな場所に《擬食者》の死体が加わると、無残さがより一層増す。
『ラストイヴ』で《神位種》が破壊した外壁部は、《擬食者》達の主な侵入経路になっている。
一条達は手際よく殲滅すると、それぞれの得物を戻して外壁を潜り抜けた。
草原が広がっていた。
外壁から十キロ程先の金剛山地ーーーーー大阪府と奈良県の境に位置していた山ーーーーーまでは、高くても腰ほどの高さしかない野草が群生しており見渡しがいい。
背の高い木が一本も無い。近づいた《擬食者》達を兵器で討伐もしくは撃退した影響だろう。
山の頂上から太陽が今にも顔を出しそうだ。
邪魔物が無い影に満たされた草原に、風が自由気ままに吹き抜ける。
雛魅は風で顔にかかった髪を戻しながら言った。
「気持ちいいね」
「ああ」
一条は適当に同意しながら彼女の横顔を見た。
「そういえば、名前聞いてなかったな?」
「え?」
「日向 友火って偽名だろ」
「なっ、き、気づいてたの!?」
「気づかれてないと思ってたのか・・・」
呆れた一条に、雛魅は弁明した。
「だ、だって言及しなかったじゃない・・・」
「すれば正直に教えたのか?」
「教えないね・・・」
あの時は利害だけで、信用など無かった。だが今は違う。
雛魅は苦笑してから表情を改め、手を差し出した。
信用も、信頼もある。
だから今度は、嘘偽りなく名乗れる。
「雛魅 明日火です。これからもよろしくね」
一条が無言で手を取る。
信じているという証を、山の上へ昇った太陽が照らした。
*
研究所の地下に存在する施設。そこも同じく研究所であるが、非合法な実験を行う為の場所だ。
『ラストイヴ』の影響か、完全な証拠隠滅もされないまま放置されてしまっていた。
自動で電気を賄う現代の特性で、人が居なくなってもライフラインが生きている《第二都市》の中にあるそこも例に漏れず、電気が通っている。
照明は落とされているが電気が通っていることを証明するように、無数にある機材のランプや液晶、ホログラムなどが室内を薄く照らしている一室。
そこには、大の大人が入って余りある大きさのカプセルがあった。
液体で満たされた円柱状のその中には、一人の少年が浮かんで居た。
少年の年齢は高校生くらいで、黒髪は生まれてからずっと伸ばしていると言われても納得できる程に長い。鍛えているかのように無駄のない体には、電極が繋がれていた。
一つの機材のホログラムに映し出されている呼吸や脈拍のデータから、生きていることがうかがえる。
また、別の機材の液晶にはこう書かれていた。
『Clone Hunter : Serial Number-81/Original Hunter:3rd Generation-Takumi Ichijo』
読んでくださってありがとうございますm(_ _)m
やっと1章が完結しました。
剣王の方もさっさと1章完結させたいです笑
Twitterにて予定変更のお知らせ&友人M氏のイラスト公開中!