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銀色の双眸  作者: 熢火
第一章-Real Name. 〜《第二都市》編〜
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銀墨の堕在

前回のあらすじ

雛魅(ひなみ)を助けに来た一条は、《擬食者》の群れを相手に善戦してみせる。

剣嵐と共に一条の意識は加速し、時間の流れが緩慢になった。脳が焼き切れるような痛みが随時続き、体が関節からもげて飛んでいきそうだ。


視界や気配などの感覚で敵の位置を、放した際の力や方向で宙を舞う《黒刃》の位置と落下地点を、ーーーーー他の諸々の要素と共に把握し、敵の動きを予測しつつ次の動きを決める。

そんな処理速度と動作速度を発揮すれば、体の悲鳴は当然だった。


億劫だ。面倒くさい。

敵数はあと二十体程だろう。 殲滅には一分とかからないだろうが、一条にとっては何倍にも感じるはずだ。

早く終わってほしいと、一条は戦い続けながらも無意識にそう思った。


その願望は、思いもよらない形で叶えられる。


「っ」


悪寒が彼の全身を駆け巡った。

殺気だ。この場に居る《優位種》を含めた《擬食者》のものではない。


一条は反射的に跳んだ。傷を負うのも気にせず周囲を飛び交う《黒刃》の層を突き破って、中央ビル側の空中へ回避行動をとる。

直後、一条が戦っていた《擬食者》の群の中心に砲弾が突っ込んだ。地面を砕く音と、肉がすり潰れる音が重なる。


一条は、体感速度が戻った目で『砲弾』の正体確かめながら群の外に着地し、口に咥えていた《黒刃》を放すと悪態を吐いた。


「タイミング悪過ぎだろ・・・」


思考を戦闘から逃走へ切り替えた一条の呟きに反応するように、『砲弾』は静かに戦闘体勢に入った。

近づかれるまで気付けなかった原因が、自分の第六感のせいとしか考えられないような殺気が撒き散らされる。


《変位種》だった。

だが、体が以前より大きく、姿も変わっていた。左腕がもう一本生えており、顔の左半分の甲皮に無数の亀裂が入り、そこから幾つもの銀色の眼球が覗いている。狂暴性を表すように、全身の甲皮も刺々しくなっており、触手の数も増えている。

《変位種 中位》。

討伐記録や出現数も《優位種 上位》より少ない怪物。全く嬉しくない稀有な存在。


「この短期間にどんだけ捕食すればそうなる・・・」


最初に戦った時は《下位》。二度目は《下位》と《中位》の間。そして三度目となる今回は《中位》。

早すぎる。


ここまで『変位』するのに、《平位種》数百体分の《銀血》では足りない。

《擬食者》が他の地域に比べ集まりやすい《第二都市》中の《擬食者》ーーーーー数体の《優位種》を含めるーーーーーを捕食してやっとだろう。


(『捕食』じゃないなら、あいつの仕業か)


『変位』させられるだけの《銀血》の保有量に、《変位種(天敵)》に《銀血》を与えるなどという正気の沙汰とは思えないことをする《擬食者》。

そんな存在は《神位種》以外に居ない。


ヘリを落として一条を中央ビルまで来させたのもおそらく奴の目論見。


(あの野郎、《変位種(こいつ)》と俺をぶつけて何がしたい・・・?)


思考する一条が逃走に入るより先に、狂獣を前にした《擬食者》達が動いた。斬り刻まれると分かっていながら殺到していた一分前とは打って変わって、一斉に逃げようとする。


《変位種》にとって、逃げようとする《擬食者》は餌でしかなかった。歪な剣のような形状をした触手で絡め取ると、次々と口に運ぶ。

戦闘でも虐殺でも殺戮でもない。そこにあったのは『食事』だった。


一条は、《変位種》の意識が《擬食者》達に向いている隙にさっさと逃げることにした。戦闘で《銀血》を消費し、残り少ない現状では絶対に勝てない。雛魅も連れて行くことも考えると、逃げ切れるのかすら怪しい。


「手に負えない・・・」

「一条 拓海ッ!!」


一条が身を翻すと、背中に自分の名前が叩きつけられた。首だけで振り返ると、触手を斬り飛ばし辛くも生き残っている《優位種》と目が合った。


気配から分かっていたが、二十体程まで減らされた生き残りは全滅しかけていた。《優位種》もすぐに食い殺されるだろう。


一条は無視して走り出そうとするが、《優位種》の目は、助けを求める類のものではないことに気がついた。

思わず足を止め、耳を貸した。


「神ハーーーーー」


だが、《優位種》が何かを言い切る前に、泣き別れした頭部と胴体が仲良く口の中に放り込まれた。


二年間追い求めた《神位種》の情報源が消えた。最期に何を言おうとしたのかは分からない。

《優位種》を尋問した時、《神位種》の目的や居場所を知らないと言っていた。自分のことを『採点係』と評し、一条のことを『不合格』と判断を下した。


(他に教えることがあったが、俺は教えるに値しなかった・・・?)


今さらの考えだ。


「《変位種》を殺せば『合格』になるのか・・・?」


皮肉げに呟いてみたが、あながち間違っていないような気がした。

二度目の戦いは勿論のこと、《変位種》の乱入には作為的なものを感じる。だから《変位種》を正面から殺せ、とでも言うのか。


ふざけんな、と吐き捨てた一条を、《変位種》が最後に残った餌として狙いを定めた。ギョロリ、と複数の目が彼を捉える。


一条は《変位種》に向き直りつつ思考を切り替え、手元にある《黒刃》を確認した。


(瞬発力と走力では敵わないか・・・)


逃げても即追いつかれる。スタングレネードで隙を作ってから逃げた方が確実だ。

《黒刃》は直剣三本、直刀一本、短剣型(ナイフ)二本だ。通用するかどうかは別として、手数としては十分だろう。


《優位種》の言葉が気になるが、聞けなかったのだから諦めるしかない。


《変位種》はニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべながら、触手で周りに落ちている死体すらも漁り始めた。

骸を口に運び、触手の先を血溜まりに着け血を吸い上げる。《銀血》を集めているのだろう。


《銀血》は《擬食者》や《偽抗者》にとって戦いに必須であり、保有量そのものが戦闘力に直結することもあるが、今はまともに戦うつもりはない。好きに吸い上げさせる。

それで少しでも隙を作ってくれたなら儲けものだ。


一条はスタングレネードが入っている軍用ベストのポケットに、静かに直刀を持った右手を近づける。

そして、スタングレネードを持とうと手をポケットに入れると同時ーーーーー。

《擬食者》の頭部が眼前に迫った。


「ッ!?」


《変位種》が触手で絡め取っていたものを投げつけたと理解する前に、左手の直剣で頭部を両断し、右手でスタングレネードのレバーを握りながら引っ張り出した。


《変位種》の触手が一本だけ消える。


ほぼ同時に、一条の右手の感覚が消えた。触手が右腕を千切り飛ばしていた。


遅れて空気が張り裂けるような音が響く。

ふざけて作られた悪趣味なおもちゃのように右腕が転がり、手から離れた直刀が広場の階段に突き刺さる。


一条の視界の隅では、スタングレネードが触手に巻き潰され不発に終わった。


「速ぃーーーーー」


グシャッ、と一条の体が潰れかけた。持っていた直剣が全てその場に取り残される。


スタングレネードに気を取られた隙が、《変位種》の接近を許した。

振るわれた剛腕で左半身を叩き潰され、そのまま広場に放置された車に激突するまで吹っ飛ばされた。失神しなかったのは運が良かったからか。


一条は 《銀血》を機動力を保つ為に必要な部分へ意識的に回し、驚異的な回復力を弾き出した。最低限傷を治すとすぐに動こうとする。


《変位種》はそれよりも早かった。

早急な対処を嘲笑うかのように、接近し、触手で両脚を膝から切断される。


「うヤや、しエッ、りね、ルマしアヒャヌガハハは」

「チィッ」


一条は、意味不明の奇声をあげる《変位種》に舌打ちしながら、太腿と軍用ベストに残っていた短剣型の《黒刃》を発動して投擲した。

体の痛みなど関係無しで、狙いは正確。眼球を抉る軌道。


《変位種》はそれを弾いた。柄と峰を的確に弾くことで、傷すら受けない。


「この化け物ッ・・・!」


短剣(ナイフ)で気を逸らし、ありったけの殺気を放った。

そこから一気に気配を消し、残っている最後のスタングレネードを併用して離脱しようとするが、腹を触手で貫かれ阻止された。


「ぐっ!?」


(こいつ、《銀血》を・・・!)


残り少なかった《銀血》が触手を通じて奪われ、傷の回復が止まった。

双眸が元に戻る。身体強化が損なわれ、酷い倦怠感と共に体の重量が増す。


打つ手がない。《黒刃》は全て使い切り、回復が止まったことで血が流れる一方となり、意識が遠退く。


「くそっ・・・」


(死ぬのか?嘘、だろ?まだ、死ねない・・・、のに・・・)


一条の触手を引き抜こうとする抵抗も虚しく、暗くなる視界の大半を奇声をあげる《変位種》が占めていた。

隅で誰かが動く。


(何やってんだ・・・)


「ハアァァァッ!!」


雛魅が《変位種》に斬りかかった。





勝てない。

勝てるはずがない。

《銀血》の残量以前に、戦いにすらならないことは一条が一方的に封殺されたことから分かっているはずだ。


それでも雛魅は退かなかった。一条から渡されていた《黒刃》を発動し、《変位種》に背後から斬りかかった。


「イゲないあリャよじ」


《変位種》は一条がもう動けないと判断したのか、腹から触手を引き抜くと、雛魅に数本の触手を向けて遊び始めた。段々と触手の速度を上げ、彼女が追い詰めらて行くのを見て楽しむ。


一条には、雛魅の行動が理解できなかった。

勝てないのに。

助けられないのに。

逃げることもできたのに。

なぜ挑んだ。


(逃げろよ・・・)


慣れない武器で、縦横無尽に動く触手の対処は厳しいのか、攻撃が雛魅の体を何度も掠める。


(無駄死にだろ・・・)


《銀血》が底をついたのか、傷が治らず動きも悪い。隻眼でもなくなっている。それでも彼女の瞳からは闘志が消えない。


(何で、そこまで・・・)


一条は風穴が空いた腹に力を入れ、声を絞り出した。


「逃げ、ろ・・・!」

「君を置いて行けないッ!!」


餓鬼みたいなことを言うなと一条は怒鳴りたかったが、口からは言葉ではなく、声にならない空気と血が吐き出された。


(悪い、リン・・・。必ず救うって決めたのに、できそうにない・・・)


朦朧とする意識を疑問と後悔ばかりが覆い尽くしていく。そうしているうちにまた意識が途切れそうになるが、それを雛魅の声が繋ぎ止めた。


「死なないでッ!」


叫んだ彼女の腹を触手が貫いた。

ごぽっ、と口から大量の血が溢れ、手から《黒刃》が滑り落ちた。


ケタケタと《変位種》は笑い、一条を見下ろした。

先に胃に入れられることを理解しても、一条にはどうすこともできなかった。このままではどのみち死ぬ。

《変位種》は一条に手を伸ばし、


「・・・?」


クンッ、と体が後方に引っ張られた。


《変位種》が振り向いた先では、雛魅が腹を貫いている触手を掴んで行かせまいとしていた。残りの血が流れることも構わず、歯を食い縛っている。


《変位種》は煩わしそうに雛魅を貫いている触手を振るうと、彼女は抜き飛ばされ一条の前に転がった。一条の血に加え、雛魅の血がその場に血溜まりを作る。


「・・・なん、で、そこまで・・・」


答えは期待していない。それでも一条は問わずにはいられなかった。


自分に助けて貰える価値があるとは思えなかったから。生きていて良いか悪いか問われれば、間違いなく後者でありながら、諦められないことがあるから(手段)にしがみついている、友人(過去)に拘る生ける屍。


だが、予想に反して、雛魅は残る力で体を起こしながら答えた。


「・・・君に、生きて欲しい、から」


触手が振り上げられる。


だが、それでも尚、雛魅は一条と《変位種》を隔てるように膝立ちで立ち塞がった。


自分が殺されれば、次は一条だろう。

それでも奇跡が起きるなら。

その時間だけでも稼げるなら。

少女は腹部の激痛をねじ伏せると言い切った。


「私は、命を助けてくれた君の命を助ける為に命を張れるっ!!」


(・・・そ、うか・・・)


理解が及んだ。

合理ではない。勝算があるわけでもない。

無謀だろうが無駄死にだろうが、助けたいと思ったから命を張る。


「じャマ、あみゃ」


《変位種》の触手が袈裟斬りの軌道で振り下ろされる。


一条の目に映る光景が、少女に向かって刃が振り下ろされる記憶の中の光景と重なった。同時に、記憶の中の自分の姿にも。


このままだと彼女は死ぬ。

それでもいいのか?


(・・・嫌、だ)


混濁する意識の中で、一条は確かに拒絶する。

もう失いたくない。


鉛が詰め込まれたような身体を動かそうとすると、さらに血が流れた。

意識はあと数秒ともたないだろう。

それでも手を伸ばそうとした。


動け、体。

動け。動け。動け、動け、動け動け動け動け動け動けーーーーー。


(俺は日向を助けたいッ!!)


手が雛魅の肩を掴んだ。そのまま彼女を引き退け、入れ代わるように触手の一撃を受けた。


触手は、二の腕の中程から彼の左腕を斬り落とし、胸の中心まで達した。

歪な刃が傷痕をなぞる。


「一条君ッ!!」


雛魅が背後で叫んだが、名前を呼ばれたと理解する前に、一条の意識は暗転した。





少年は寄り道した。

自分なら助けられると(おご)り。

だが結果はどうだ。《変位種》には手も足も出なかった。万全の状態でも結果は変わらなかっただろう。


少年は失敗した。

何も変わっていなかった。敵を殺すことはできても、命を投げ出さなくては少女一人も救えない。


だが、


「それでいい」


地上では、少年が少女を庇い致命傷を負ったところだった。


青年は気にすることなく、相も変わらない歪んだ笑みを浮かべたまま、一人唄うように続ける。


「届かないなら手を伸ばせ」

「変わっていないなら変われ」

「生きて欲しいなら願え」

「救いたいなら望め」

「ーーーーーその先に神髄がある」





雛魅は痛みも忘れ、自分の代わりに致命傷を受けた一条を呆然と見ていた。


おびただしい量の血が流れ、血溜まりを大きくした。

触手を引き抜かれ、支えを失った体が倒れる。


彼が倒れた生々しい音でやっと我に帰った。


「ああぁ、あああっ・・!」


側に寄り、血が噴き出る傷口を押さえるが、生暖かい鮮血は彼女の手の隙間を通り抜ける。


一条の体は冷たくなるばかりで、体温が流れ出て行くようだ。


「い、嫌っ、いやぁッ!!」


雛魅は(現実)を否定するように悲鳴をあげるが、流血の勢いはすぐに弱まり、一条は完全に沈黙した。


「一、じょうくん・・・」


名前を呼んでも、返事は返ってこない。

《変位種》の嘲笑のような奇声だけが、その場を支配した。


《変位種》が腕を振り上げる。

死が近づく。


だが、雛魅は逃げようとせず、絞り出すように言葉を紡いだ。


「どうなってもいいの・・・」


絶望する暇があるなら、自棄になる暇があるなら、願い続ける。

死をもたらす怪物に一瞥すらくれることなく、一条を見つめただひたすらに。


「私はどうなってもいいから」


自分の命はどうでもいい。

だから、


「誰でもいいから」


願いを叶えてくれるなら、神様でも悪魔でも構わない。

だから、


「彼を、・・・助けてっ」


少年の命を救って欲しい。


《変位種》の剛腕が振り下ろされた。


奇跡などありはしない。





「今あるのは必然だけだ」


青年の目下で、銀光と共に《変位種》の剛腕が斬り飛ばされた。


彼の歪んだ笑みが歓喜の笑みに変わった。





あの時と同じように、助けたいと心の底から望み。

あの時と同じように、誰かの代わりに死を迎え。

あの時と同じように、蘇る(・・)




少年はあの時と違い、誰も失わない。

一条覚醒。ここは改稿前と変わらずです



読んでくださってありがとうございますm(__)m

次話は27日(日)更新予定です。


Twitterにて更新予定の変更などのお知らせ&友人M氏のイラスト公開中

@Hohka_noroshibi

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