黒銀の剣舞
前回の話が急展開
今回の話も急展開
お付き合いのほどよろしくお願いしますm(_ _)m
前回のあらすじ
目の前に現れた雛魅が《優位種》だと看破した一条は、拷問で情報を聞き出そうとするが、《優位種》が仕組んでいた『事故』で、拷問を断念せざるをえなかった。
情報の聞き出しを断念した一条は、雛魅と合流する。雛魅は仲間が死んだ可能性から絶望しつつも生存の可能性を見出し、一条に決別を持ちかけるが、彼の口からその希望を潰すような真実を告げられた。
一条は、怒りと悲しみと絶望で半狂乱になった雛魅を落ち着かせ、立ち直らせた。
「ごめん、一条君。少しでも可能性が残ってるなら、私はそれに賭けたい」
「好きにしろ・・・」
早朝、夜が明ける頃。
仲間を捜す旨を改めて切り出した雛魅を、一条はぶっきらぼうな言葉で見送った。
大切な者を助けたい気持ちは嫌という程分かる。それがどんなに僅かな可能性でも、諦められない気持ちも。
昨日はあれだけ騒いだというのに、《擬食者》どころか生物の気配一つ近寄って来なかった。
腹立たしいことに、この決別は《神位種》もしくは《優位種》の計算のうちというわけだ。近づかないようにでもしていたのだろう。
「何が採点係だ。次会ったら絶対に殺す」
《神位種》の居場所を知らないなら用無しだ。裏で動かれると邪魔なので殺しておくべきだろう。
物騒なことを呟いた一条が居るのは、住宅街の迷路のように入り組んだ区域だ。
この区域は広く、最寄りの道順でも路地に従って歩いたのでは。抜け出すのにかなり時間がかかる。迷うことも想定すればさらに数倍の時間だ。
建物の上を移動できる一条にとっては関係のない話ではあるが。
彼の物騒な呟きを言及してきそうな大剣使いの少女はもう居ない。 雛魅と別れてから数時間は経過し、夜はとっくに明けている。
面倒が減って清々したものの、一条は心にわずかなわだかまりがある気がした。その感情を理解する前に思考を戻した。
(《優位種》の前に《変位種》か。どうやって誘導したものか・・・)
この区域に誘い込む。
雑多な障害物が溢れかえるこの場所なら、攻撃をかいくぐるのも楽になるだろう。
路地裏が狭すぎて《変位種》が降りて来ないのではと思うかもしれないが、あの化け物は建物など無視して突っ込んで来るだろう。
問題は、神出鬼没の《変位種》をどうやって誘い込むかだ。
直線での追いかけっこで勝てる相手ではない。本気で逃げて、《変位種》が見失ったら殺気で場所を教える。
これが思いつく最善手ではあるが、追いかけ続けてくれるか疑問であるし、この区域に留まらせるのも一苦労だろう。
問題は山積みである。
清々しい程に晴れ渡る空を見上げ、一条は忌々しく吐き捨てた。
「あぁ、面倒くさい・・・」
それでも彼は怪物殺しの最善手を考え続ける。
*
雛魅はまず、《第二都市》調査の作戦で予定されていた着地点へ向かった。
《擬食者》の奇襲によって緊急脱出を行ったものの、当初から決められていた降下開始とはほとんど差はなかった。
着地点周辺から、黒田達が着地時に使用したパラシュートなどの残骸を探し出し、着地後の彼らの行動を予想する。
逸れた雛魅と合流する為に、中央ビルへと向かったはずだ。
黒田達が通ったであろう道を推測し、痕跡がないか確かめながら中央ビルへ向かう。
偶然か、黒田達の着地点から中央ビルの間に、雛魅達調査部隊が乗って来た飛行機の墜落現場があった。
さらに偶然か、その現場を避けて通ったであろう黒田達の進路に、雛魅が《変位種》に襲撃された場所が重なっていた。
雛魅はその場所を高層ビルの一室から見下ろしていた。遠目からもわかるくらい破壊痕が滅多に刻まれている。
一条と雛魅が殺し合い、
雛魅が《変位種》に殺されかけ、
一条が怪物と戦った場所だ。
吹き上がる風によって運ばれた酷く濃い血臭は、本来なら阻まれたであろう窓枠の中を素通りし、雛魅の嗅覚を襲撃した。
彼女は眉を顰めながら、最悪な出会いを思い出した。
突然現れ《擬食者》を殺したかと思えば、腹の探り合いを始め、殺しにかかってきたかと思えば、とどめはささず身を呈して守ってくれた。
思い出せば、考えれば考える程無茶苦茶だ。
そんな彼とは決別した。
たぶん、もう会うことはない。
皮肉と嫌味から逃れられた清々しさと、不思議と込み上げてくる寂しさを追い払いながら、雛魅は思考を戻した。
(黒田さん達がここを通ったなら、下に降りて確かめたいけど・・・)
道路には、血臭に誘われて来た《擬食者》達が集まっていた。両手足の指の本数では明らかに足りない数だ。
確認は諦めるしかない。
この数を相手にしながら痕跡を捜すのは難しく、戦闘音で他の《擬食者》をさらに呼び寄せかねない。
先に進もうと、雛魅は踵を返し、中央ビルへ向かった。
中央ビルへ近づけば近づくほど、《擬食者》の数は目に見えて減っていった。中央ビルを中心に一定の距離まで放射状に伸びる道路を歩いていても、《擬食者》は現れず、着く頃には、《擬食者》の気配は完全になくなっていた。
雛魅は中央ビルの足元に広がる広場を見渡す。
暴動やテロの対策として、広場は攻めにくく守りやすい構造をしているのと同時に、街の中心部として相応しい程度に見た目を保っていたのだろう。今は見る影もない。
雛魅が広場の状態を無視して、黒田達の痕跡を探し始めようとした時、唸り声が聞こえた。
「グルゥゥゥ・・・」
「ッ!」
乗り捨てられた車の陰から、銀眼がこちらを覗いていた。
雛魅は大剣型の《黒刃》に手をかけたが、抜きはしなかった。
《擬食者》はなぜか襲って来なかった。それどころか何かをすることもなくその場を去る。
雛魅は別の意味で眉を顰めつつも警戒は解かず、改めて痕跡を探し始めようとすると、今度は別の方向から声をかけられた。
「雛魅だな」
自分と瓜二つの声。
ゾクリ、と背筋があわ立った。
今度こそ大剣を抜剣し、発動する。
なぜ名前を知っているのかという疑問と、擬態した《擬食者》であるという確信からくる敵意。
それらが混ざった視線を、自分の声だが男勝りな話し方をする相手に向けた。
鏡を見ているようだった。
だが、そこに立っていたのは。
「何でほとんど裸なのッ!?」
「衣類まで再現できないからだ」
アホ毛が印象的な少女が、黒いボロ布を身にまとい、中央ビルを背に堂々と立っていた。武器は右手に直剣型の《黒刃》一本。
雛魅と瓜二つの顔であっけらかんと言い放つ彼女と雛魅の間には、十段にも満たない緩い階段がある。
少し見上げる形となった雛魅は自分の顔が茹で上がる気がした。
「ふ、ふざけないでッ!!」
「ふざけてはいなーーーーー、待て、擬態はやめる。だから攻撃するな」
殺気を膨らませ、発動した大剣を振りかぶった雛魅を前に、《擬食者》は慌てて擬態をやめた。
銀光が裸の少女を包み、一体の《擬食者》が現れる。
だが、雛魅は殺気を抑えない。
「質問に答えて。どこで私の名前を知って、どうやって私の姿に擬態したの?」
黒田に擬態した《擬食者》も雛魅の名前を知っていた。目の前の《擬食者》が、仲間達に擬態した《擬食者》に関わっていると考えるのが妥当だろう。
雛魅に擬態した《擬食者》が現れたという話も一条から聞いていた。
「名前ハ教エラレタ。擬態ニハ、オ前ノ切断サレタ両手ヲ使ッタ」
「一条君・・・!」
まさかこいつが黒田達を倒したのではないだろうか。
もしそうなら、雛魅は原因の一端である一条を許すことはできない。
「俺ハ、オ前ノ仲間ニ手ヲ出シテイナイ。オ前ニ擬態シタノモ俺ダケダ」
尚更、目の前の《擬食者》を殺す必要性が出てきた。
擬態されたなら、他の誰かが被害にあう可能性もある。殺すなら今だ。
そんな彼女の決断を阻むように、《擬食者》は言った。
「仲間ガドウナッタノカ教エテヤロウ」
「ッ!?」
雛魅は、今すぐ相手を斬り殺そうとする衝動を押し殺し、努めて冷静な口調で訊いた。
「どうしてあなたが知ってるの?」
「末路ヲ見タ。ソレダケダ・・・」
「・・・末路?」
一瞬、心拍が不自然に乱れた。
目の前の《擬食者》は『末路』と言った。不吉な言い回しだ。
雛魅の脳裏に、最悪で残酷な現実が浮かぶ。
「まさ、か・・・」
「アア、死体ハコノ場所二運ビ込マレタ。モットモ、他ノ個体ニ擬態サレルノヲ防グ為、死体ハ処分サレタガナ」
「っ・・・!!」
落ち着け、落ち着け、と雛魅は自分に言い聞かせる。信用に値しない話だ。
「・・・証拠も無いのに、信じると思ってるの・・・?」
「証拠ハ全テ見タハズダ」
仲間に擬態した《擬食者》。奪われた装備品。
「だからって、死んだとは限らない・・・!」
「諦メガ悪イナ」
当たり前だ。簡単に諦められるはずがない。
その心を見透かしたように、《擬食者》は目を細めた。
「全員死ンダ。オ前ガ認メナクテモ、死ンダ事実ハ変ワラナイ」
「黙って・・・」
雛魅が怒気と殺気を撒き散らす。
《擬食者》は怯むことなかった。
「オ前ノ仲間ヲ殺シテ、コノ状況ヲ作リ上ゲタ黒幕ガイル。オ前ノ名前モソノ黒幕カラ聞イタ」
「黒幕?」
「サテ、質問ニハ答エ終ワッタ」
僅かに怒気と殺気を弱めた雛魅に、《擬食者》は短い沈黙の後、質疑応答に終止符を打った。
雛魅の殺気がまた膨らんだ。
「ふざけないで・・・」
「ソレヲ知ッテドウスル。知ッテモ、仲間ハ帰ッテコナイゾ」
《擬食者》は自らも含め嘲笑う。
「オ前ヤ一条ガ思ッテイル以上ニ、踊ル手ノヒラハ広イ。マア俺モソノ上デ踊ル駒ニ過ギナイガ」
一条の名があがったことに、雛魅は驚いた顔をした。
その間隙を利用し、彼女の言及を防ぐように目的を告げた。
「俺ノ目下ノ目的ハ、オ前ヲ殺スコトダ。上手クイッテイナイノガ現状ダガナ」
「何、言ってーーーーー」
「アノ方モ痺レヲ切ラシタ。任セルト言ッテオキナガラ・・・。マッタク、短気デ困ル」
やれやれ、と《擬食者》は雛魅から視線を外し、ビル群に囲まれた狭い空を見上げた。
雛魅も《擬食者》に警戒心を割いたまま同じように上を向き、警戒どころではなくなった。
「!?」
黒煙で軌跡を描きながら落下する物体。
少しずつはっきりと見えてくるそれは、雛魅達調査部隊を回収する為に向かって来ていたはずの大型ヘリ。
《偽抗者》である雛魅の目には、赤く染められたコックピットが映されていた。
「・・・いや・・・、何で・・・」
生々しい。届くはずもない血臭が漂っている気がする。
まただ。また、
「何で、殺すの・・・」
仲間が殺された。
ヘリより先に、輝きを失った大剣の切っ先が地に落ちる。
その音につられるように、《擬食者》の視線が雛魅を見下ろす。
「オ前ヲ殺ス為ダ」
「私を、殺す為?」
何だそれ。
黒田達を殺したのも、ヘリに乗っていた操縦士を殺したのも、雛魅を殺す為ーーーーー心を折る為だと言うのか。つまり、黒田達が死んだのは、標的となった雛魅に原因がある、と。
雛魅は、心の底から絶叫した。
中央ビルの正面入り口の前に落ちたヘリが、その叫びを押し潰す。
悲しみと怒りは誰の耳にも届かない。
黒煙を吐き出しながら荒々しく揺れる送り火を背に、《擬食者》は《黒刃》を発動させた。
雛魅を殺す為と言ったが、それは目下の目的であり、通過点に過ぎない。本当の目的は、
「死ヌトコロヲ見セテカラ、仕切リ直シトイコウ」
*
銀髪の青年は歪んだ笑みを浮かべていた。
天を穿つように建つ、一際高いビルのさらに上を飛翔しながら笑う。
黒煙が自分が飛ぶ高度を越え、届くことのない太陽を目指してさらに上るのを確認してから地上を睥睨した。
中央ビルの足元ではない。墓標のように並ぶビルのその先。
狼煙は上がった。あとは眺めるだけでいい。
「ここまで膳立てしてやったんだ。さっさと来い」
中央ビルは、建て物の上からなら大抵確認することができる。それより高く上がる黒煙は言わずもがなだ。
「多少は強くなったみたいだが、そんなもの変化の内に入らない。真髄を理解して神髄に辿り着け。じゃないと」
青年は歪んだ笑みを一層深めた。
「『なり損ない』にすら届かないぞ」
*
住宅街。
一条は屋上の日陰で座り込み頭を捻っていた。
《変位種》を誘導するいい案が浮かばない。全ての意識が思案に向いていないのも原因だ。
ちらちらと少女の記憶が頭を掠める。
一条は苛立たしげに吐き棄てた。
「何だってんだ一体・・・」
ろくな人間関係を築いてこなかったが為に、理解できない。
人との関わりを持ってこなかったことを、今以上に悔いたことはなかった。
(決別したことを後悔してる?助けたいとでも思ってるのか?)
たった一人の友人を救えないくせに笑わせるな、と一条が自嘲した時だった。
爆音が耳に入る。《偽抗者》であることと、街が静寂だから聞き取ることができた。
彼は腰を上げると日陰から出た。
霞の先で、中央ビル付近から黒煙が立ち上っていた。
雛魅も中央ビルへ向かっていたことを思い出し、一瞬で《神位種》が絡んでいるという推測まで思考を突飛させる。
彼女が狙われているのかもしれない。
「日向・・・」
《第二都市》に放り出しておいて心配することか、と皮肉げにもう一度自嘲すると中央ビルに向かって走り出した。
もしそれを装った罠であっても、それはそれで構わない。
現在《第二都市》で最も脅威になるのが《神位種》で、次に《変位種》だ。
罠だとすれば、《変位種》を一条と戦わせようとする可能性が高い。あの黒煙も《変位種》を呼び寄せる為と考えられる。
だとすれば捜す手間が省ける。
「罠の方が都合がいいな」
言い訳のような皮肉は、本心から出たものなのか、彼自身にも分からなかった。
*
ヘリの墜落した音と黒煙を合図にしたかのように、《擬食者》の大群が中央ビルの広場に集まり始めていた。数は百を超えている。
中央ビルまでの道中、《擬食者》を見かけなかったのは、中央ビル近辺に身を潜めていたからか。
雛魅と彼女の目の前の《擬食者》を囲むように集まるだけで、一定以上近づいて来ないのは、目の前の《擬食者》が《優位種》だからだろう。
襲って来ないなら強行突破で逃げることができるかもしれない。だが、雛魅は逃げようとしない。それどころか、膝をつき戦意すら見せない。
黒田達調査部隊のメンバー。調査部隊の送迎を行っていた航空機の操縦士。
みんな死んだ。殺された。
いや、違う。
「私が殺した・・・」
《神位種》に目をつけられたから。
仲間が死ぬ原因を作り出しておいて、生きようとは思えなかった。
そして、もう何もかも投げ出したくなった。諦めたくなった。
「もう嫌・・・、何で、なんでこんな・・・」
「戦ウ気ハナイノカ?」
「・・・」
返答は得られない。
《優位種》はそれを肯定と受け取った。
「手間ガ省ケテ助カルガ、アイツハソウハイカナイダロウナ」
明後日の方向を向いて目を細めた。ヘリを落とした意図はわかっている。
《優位種》は階段を下り始めた。雛魅との距離をゆっくりと縮める。
「死ナナイ程度ニ弱ラセルカ」
雛魅は動かない。
近寄ってくる敵すら見ずに、呆然と俯向くだけだ。
「ごめん、一条君。助けてもらったけど、無駄になりそう・・・」
一条に助けてもらってから何を残せた。彼には何も返せず、黒田達は死に、あまつさえ犠牲者を増やすばかり。
近づいていた足音が目の前で止まる。
「お願いだから、助けには来ないで」
皮肉屋で面倒くさがり屋の彼ではあるが、助けに来る姿は簡単に想像できてしまう。なんだかんだ言って優しいのだ。
《優位種》が剣を振りかぶる気配がした。
ゆっくりと顔を上げ、敵の姿を視界に捉えたが、酷くぼやけて見えた。すぐに、涙を流していることに気がついた。
「死に損ないの為に、命を張らないで・・・ 」
これは一条を誘い出す為の罠だ。《擬食者》の数は今も増え続けている。この数は流石の彼でも手に負えないだろう。
雛魅が死んでいれば、一条も《擬食者》の群れに突っ込むような真似はしないはずだ。
《優位種》はまだ殺す気はないようだが、弱らせると言った。《銀血》が残り少なくなったら自害すればそれで済む。
覚悟を決めた雛魅に向けて、《黒刃》が振り下ろされる。
瞬間。
走馬灯だろうか。
雛魅の脳裏に記憶が過ぎった。
だが、それは走馬灯にしてはあまりにも少なく、つい最近のことだった。
『生きてるからなんだ?そんなことはあるべき大前提の手段だろ』
希望を潰され、癇癪を起こした子供のように当たり散らした雛魅に、一条はさも当然のことのように冷ややかに言った。
そしてもう一つーーーーー。
「ッ!!」
雛魅は咄嗟に横に転がった。《黒刃》が空を切るのをぼやけた視界の隅に捉えながら、軍用ベストのポーチに手を突っ込んだ。
『もし、全員死んでたらどうする?』
『・・・そんなの、わからないよ』
追撃が来る前に、ポーチから何かを引っ張り出す。
彼女の手に握られていたのは、レバーがついた缶のような物体。
レバーごと缶を握っていた。
『・・・仮に全員死んでたとしても、投げ出すなよ』
『どういう意味?』
スタングレネード。
手から離れた非殺傷兵器は、空中で本体と安全装置が別れる。
『自分で考えろ』
《優位種》はもう一度目を細めた。
閃光と爆音が容赦なく意識を塗り潰す。
*
一条は中央ビルを目指して、建物の屋上から屋上へ移動を繰り返していたところ、運悪く《擬食者》に見つかった。
距離は数十メートルあるが、一条の進行を阻む位置に《擬食者》は居る。
面倒くさいとばかりに一条がとった対応は、ベルトから《黒刃》を外しただけで、移動速度は変えない。このままだと数秒後に接触する。
そう、このままなら。
爆音が響いた。
中央ビルの方からだ。
一条は意識を《擬食者》から中央ビルへ変えると、わずかに目を見開いた。
(スタングレネード・・・?)
一人の少女の顔が浮かぶ。
それを消すかのように、わずかに見開いた目をそれ以上に細める。
瞳孔が裂け、
虹彩が銀色に染まり、
双眸は鋭さを増した。
空気が弾けると同時に、一条は《擬食者》の認識から外れた。
*
むくり、と《擬食者》は血溜まりに倒れていた体を起こした。
いつから自分はこうしていたのだろう。
銀髪の少年を捕捉したはずだが、彼の姿はどこにも見当たらない。
血溜まりに落ちていた《黒刃》を拾い上げ、立ち上がり辺りを見渡すと、《擬食者》の頭部が転がっていた。
自分の頭部であると理解するのに数秒、少年に認識できない程の速度で断頭されたと理解するのにさらに数秒要した。
頭に血がのぼるのを自覚した。たかが人間に遅れをとるとは屈辱だ。
少年が爆音を聞いてから動きを変えたことを思い出し、彼の行き先にあたりをつけ後を追おうと血溜まりから歩み出た。
《擬食者》が進めたのはそこまで。
背筋を駆け抜けた悪寒に足を止める。
よだれが滴るのを連想させるような唸り声と共に、凄まじい殺気が背後に出現した。
「!?」
振り返ろうとし、上半身が消失した。
食われたと理解する時間は残されていなかった。
*
「これは?」
「見ればわかるだろ、スタングレネードだ」
「・・・これでどうしろっていうの・・・」
「危なくなったら使え。一度だけ助けに行ってやる」
「助けてくれるって、いいの・・・?」
「まあ俺が聞こえる場所に居て、なおかつ着く前に、音と光に寄ってきた《擬食者》に殺されてなければの話だからな」
「・・・」
「面倒くさがり屋の俺が最速で助けに行ってやるんだ、ありがたく思え」
雛魅は走馬灯のように過ぎった記憶を改めて掘り返した。最後のセリフなど真顔で言われた。
助ける気があるのかないのか、と呆れ半分に思考した彼女は、大剣を引きずりながら《優位種》から距離をとっていた。
目は庇ったが三半規管が狂って足元がおぼつかない。耳鳴りも酷い。
間近で影響を向けた《優位種》もろくに動けないはずだが、周りの《擬食者》は違う。今襲われたら抵抗する暇もなく殺される。
襲って来ないのが幸いだ。
「やっぱり助ける気ないよね・・・。自業自得だけど、こうなるって予想してたんじゃ・・・」
少しは《優位種》との距離はとることができた。
雛魅は疑心をくすぶらせつつも足を止めると、大剣を支えに相手に向き直った。
「死ヌノガ怖クナッタカ?」
唐突に質問された。
《銀血》のおかげで聴覚の復帰が早い。耳鳴りは続いているが、問題なく聞き取れた。
《優位種》の視線も再び雛魅を捉えている。
「仲間ヲ殺シテオイテ、自分一人ハ生キヨウトスルノカ」
「・・・さっきまでは、どうでもよくなってた」
仲間達が自分のせいで殺され、死んだ方がマシだと思った。
「けれど、投げ出すなって言われたの」
つまり、死のうとするなと。
間に合う範囲に居れば、一度だけ助けるとも言われた。
「だから、もう少し足掻いてみる」
雛魅は体をふらつかせながらも、支えにしていた大剣を持ち上げ正眼に構えた。
《優位種》は、甲高い雑音が混じる霞んだ世界でそれを見届けると、深く息を吐いた。
「マダ踊ルカ」
「これも《神位種》の思惑通りなの?」
「サアナ・・・」
《優位種》は雛魅の質問を適当にあしらうと、《黒刃》を彼女に向けた。
「オ前ヲ殺セルダケノ数ヲ集メタ。踊リタケレバ存分ニ踊レ」
「・・・」
《優位種》は、無言で戦闘態勢に入った雛魅に目を見開き、殺意で満たした一言を告げる。
「殺セ」
百を超える黒い刃が銀色に輝き、《擬食者》が一斉に動き出した。仲間など無視して我先にと雛魅に殺到する。
包囲網が縮まり、《擬食者》が分厚い壁となり、もはや強行突破も不可能。近づけば斬り刻まれるような物量。
雛魅の一撃は防げないほど重く、躱せないほど広範囲で速い。とはいえ、攻撃と攻撃の合間は僅かでも隙ができてしまう。
Sランカー、世界序列百位以内といえど、この物量差ではいずれ押し切られるだろう。それでも雛魅は涙を振り切って、瞳に闘志をみせた。
全身を血液と共に巡る《銀血》が応える。
左眼の瞳孔が裂け、銀色の隻眼へと変じる。
《偽抗者》の象徴。
その隻眼と巨剣。
鬼の金棒のように暴力や破壊を助長するような、身の丈を超える《黒刃》が発動された。
同時に、地面が砕けた。
「ツゥッ!!!!」
「!?!?」
剣の間合いに現れた雛魅に《擬食者》が目を見開く。そして防御する暇もなく上段から両断された。《擬食者》は密集して走っていた為、一体だけでなくその背後の数体も巻き込まれる。
《擬食者》を斬り伏せたことによって生まれた空間。
雛魅はそこへ踏み込み、踏み込んだ右足を軸足に、一転してから横薙ぎを放つ。
「ハアァァァァッ!!!!」
密集しているのだから避けられない。なんとか防御しようとした《擬食者》もいたが、構えた《黒刃》はへし折られ、墨色の血液をぶちまける。
上半身と下半身を別けたが、死んではいない。いずれ復活するだろうが、とどめを刺している余裕はない。
雛魅はそんなことお構いなしに、倒した《擬食者》を足場にさらに踏み込んだ。
振り下ろしと横薙ぎ。常人ではほとんど二択になってしまう大剣の攻撃手段。
それを嘲笑う剛腕。
上段、切り上げ、横薙ぎ、袈裟斬り、逆袈裟斬り。強いては突きで二、三体の《擬食者》を串刺しにしたかと思えば、大剣を振るって遠心力で抜き飛ばす。
漆黒の舞踏者が巨剣を振るうと、墨の花が銀色の軌跡を映やすようにいくつも咲いた。
⌘
《優位種》は群がる《擬食者》達から離れ、高みの見物を決め込んでいたが、顔が引き攣るのを抑えられなかった。
物量差は大剣の高速連撃でねじ伏せられた。攻撃後の隙は大剣だとは思えないほど短小で、それを狙える猛者はいない。
雛魅の強さは予想以上だ。十分が経過する頃には、既に半分の《擬食者》が殺されていた。
だが、限界も訪れつつある。
敵の不死力が高い為、一撃では殺せない。上半身と下半身を別けようが、痛覚がないのだから上半身だけで襲って来る。
それが厄介だ。《擬食者》を斬り伏せれば斬り伏せるほど、足元からの攻撃が増えた。
雛魅の手が回らなくなり始め、攻撃がかすり始めた。
痛みで僅かに動きが鈍り、さらに攻撃を受ける悪循環。形勢の逆転はあっという間だった。
斬り伏せた《擬食者》に足を切られ、動きが止まったところを背後から斬られた。
「ァッ!!??」
内臓まで達する深さで背中の肉が割れ、脊椎を神経もろとも斬られた。声にならない悲鳴が上がる。
体の一部が動かなくなった雛魅に《擬食者》が殺到した。
《黒刃》で全身を貫かれ、黒い針山が完成する。
「あァッ・・・!っあアアアアァぁぁぁッ!?!?!?!?」
どこを刺されたのかわからない。
全身が激痛で包まれ、意識を掻き乱す。
「止メロ」
遥か遠くから声が聞こえた。
体が一瞬の浮遊感を得て地面に倒れる。
《擬食者》達が《黒刃》を放置して離れたと理解するのに、かなり時間を要した。
流れ出た紅い鮮血が墨汁に混ざる。血と共に体温も流れ出ていく気がした。
このままでは失血死は免れないとはいえ、体のいたるところを《黒刃》が貫いており、身動きが取れない。自力で剣を抜くことすらも。
(ここまで、かな・・・)
そう思った雛魅の視界に、《擬食者》の足が入り込んだ。《優位種》であることは容易に予想できた。
殺すなら早く殺して欲しい。痛みで意識が朦朧としているのか鮮明なのかすら曖昧になっている。
「無様ダナ。一条ガ来ルマデモツカ見モノダ」
殺さないのか。
一条が間に合ったとしても、動けない雛魅を庇ったままではろくに戦えないだろう。
死んだ方がいい、と雛魅は迷わずに思考した。これ以上、自分のせいで仲間が死ぬのは嫌だ。
口は動かせる。舌を噛んで自害しようと、彼女は口を開き、
ピシッ、とその場が凍った。
《擬食者》達は竦み上がったように、一斉に同じ方向を凝視する。
雛魅は首だけを動かし、《擬食者》達の見ている方向を視界に収めると、舌を噛もうと開いた口で言葉を紡いだ。
「・・・もう、タイミングが悪いよ・・・。死にたくなくなるじゃない・・・」
希望を持ってしまった。
何度も助けられたから、助けてくれると信じてしまう。
存在、気配、覇気。
そのどれもが薄く、薄弱で希薄。
銀髪に相反するかのように、全身の装備を黒で統一し、
薄い存在感を否定して強さを示すかのように、唯一眼光は鋭く、
殺気だけでその場を黙らせた少年、一条 拓海がそこに居た。
「来タカ、一条 拓海・・・」
《優位種》は殺気で怯んだことを誤魔化すように喉を鳴らすと、《黒刃》を発動させる。
一条が包囲網に近づくと、それに合わせて道が開かれた。
死体が大量に転がる輪の中に入ると、開かれていた道は獲物に食らいつく口のように閉じられる。
「サテ、仕切リ直シトイコウ」
「採点係、お前はついでだ」
「何?」
《優位種》の呟きを無視して、墨色の広場に足を踏み入れた一条は、一人の少女を見据えた。
「助けに来たぞ」
読んでくださってありがとうございますm(_ _)m
次は剣王の執筆。できるだけ早く更新できるように頑張ります。
Twitterにて更新の予告や予定変更をお知らせしております。そして友人M氏によるイラスト公開中!
@Hohka_noroshibi