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銀色の双眸  作者: 熢火
第一章-Real Name. 〜《第二都市》編〜
13/18

血色の真実

やっと投稿できました...



前回のあらすじ

一条は、さらに強くなった《変位種》を一人で倒すことは不可能と判断し、辛くも逃げ果せた。逃げた一条のもとに雛魅が現れるが、偽物であると看破する。

一方、雛魅も自身のもとに現れた黒田達を偽物であると看破した。

ごろりと少女の生首が線路の上に転がり、鮮血が撒き散らされる。暗闇に包まれた地下鉄内に血の臭いが漂った。


一条は、距離を置くことで血を避けた。


「どう、して・・・?」


新しく作り治された雛魅の口から、戸惑いと疑問に満ちた言葉が吐き出される。


「どうして女じゃないと(・・・・・・)分かった・・・」


断頭しても意識が残っている。ということは《擬食者》だ。


一つ、と一条は発動した《黒刃》を油断なく構えながら、雛魅に擬態した《擬食者》を見下ろした。


「どこから聞いたか知らないが、なぞかけの答えが違う」

「なに・・・?」

「二つ」


さらに戸惑いの声をあげた《擬食者》を無視して、切断した見知った少女の頭部を、結われた髪を掴んで持ち上げた。


「あいつがつけてるヘアゴムは、俺がやった男物だ。緩衝スーツごとどこかの女から奪ったみたいだが、仇になったな」

「・・・お前は他人に興味が無いと思っていたが。女にやったヘアゴム(プレゼント)がそんなに気になったか?」


雛魅の声で全く違う口調で話されると違和感がある。


一条は挑発を聞くと、雛魅の容姿をした頭部を背後に放り投げた。

グチャッ、と生々しい音がした。


「本当にそう思ってるなら、的外れもいいところだ」

「所詮は実験動物か・・・」

「『神』から聞いたのか。まあ、否定はしない」


事実だから。

それを認めた上で、救う為に生きている。


くつくつと、雛魅の姿をした《擬食者》は笑った。


「どうだった?体を刻まーーーーー」


ヌルッ、と一条の足の裏に生暖かい感触が生じた。躊躇なく踏み込んだのは血溜まりーーーーー剣の間合いだから。


雛魅の顔に縦一線が刻まれる。


「ッあああァァァ!!!???」

「擬態したまま研究施設にでも行けばわかる」


《擬食者》には痛覚がないが、擬態すれば話は別だ。慣れない痛みにのたうちまわる雛魅に擬態した《擬食者》が、それを表している。


「や、やめて、一条君・・・!」

命乞いで(それで)俺が躊躇すると思ってるのか?」

「ッ」


《擬食者》は取り落としていた《黒刃》を掴むと振り回した。


一条は容易くそれを弾くと、返す刀で《黒刃》を持つ腕を、次に喉笛を斬り裂いた。

くぐもった悲鳴が上がった。


「仕切り直し、いや、尋問(続き)を始めるか」





一条は、順次生え変わる手足を切り落としながら質問した。


「『神』はどこで何してる」


痛みに耐え切れなかったのか、質問の対象は擬態をやめ、元の《擬食者》の姿に戻っている。

服が体型に合っておらず、今にも張り裂けそうだ。


「ヤメテオケ。オ前ジャ勝テナイ」

「助言をありがとう。だが欲しいのは助言じゃなく質問の答えだ。答えないと殺すぞ」


一条は切り落とした腕を蹴り飛ばすと、眼前に《黒刃》を突き付ける。


「殺セバイイ」

「恐怖心が見えてるぞ。知能があるのも考えものだな。無駄に死に対する恐怖が芽生える」


この《擬食者》は、雛魅と出会う直前に戦っていた《優位種》だ。感でしかないがたぶん間違いない。


「怖ガルコトハ悪イコトジャナイ。恐怖ガアルカラ勇気ガアリ、ソレニ伴ッテ力ガ備ワル。俺ヨリ強イオ前ニモ恐怖ガアルハズダ」

「だろうな・・・」


今度は反対側の腕と片脚を切り落す。

四肢を何度か切り落とし、断頭も一回行っている。そろそろ《銀血》が枯渇してもおかしくない。


「研究者共は操り人形にしたかったみたいだが、結局機械のようにはならなかった。トラウマだってある」

「サッキハ実験動物ト言ッタガ、ヤハリ人間性ガ少ナカラズ残ッテイルナ。コレデ神髄ニ辿リ着クノカ疑問ーーーーーイヤ、残ッテイルカラコソカ」


いきなり何を言い出すかと思えば。


「真髄?何の話だ」

「『神』ニツイテノ話ダ」


クックックッ、と《優位種》は笑い、教えてやる、と続けた。


「ドコニ居ルカハ俺モ知ラナイ。シテイルノハ、オ前ヲ使ッタ何カデ、オ前ノ到着点ハソノ神髄ダ。マダホド遠イラシイガナ。俺ハ『採点係』ニ過ギナイ」

「何・・・?」


半分も理解できない。というより、こいつもほとんど知らないのではないのだろうか。


一条は問いただそうとすると、《優位種》は笑みを深めた。


不合格ダ(・・・・)、一条 拓海」


音がした。高速で何かが移動する音だ。

だが、かなり静かだ。《変位種》ではない。


一条と《優位種》が居る場所も含め、地下鉄(・・・)が、遠くから照らされる。


地下鉄なのだから、そこには当然車両がある。

磁力を利用した浮遊する高速車両。時速数百キロで進むリニアモーターカー。約二年前に使われたきりだった車両が、再び闇に包まれた地下鉄を照らしながら疾駆する。


自動運転である為、電源を入れて時間設定を変えておいたのだろう。そうすれば、勝手に動き出す。

会話は時間稼ぎだ。

さらに、照らされた車両が通る軌道の一部があらかじめ破壊されていた。

どこまでも予定通りというわけだ。


「お前ッ・・・!」

「逃ゲナクテイイノカ?」


《擬食者》の甲皮はダイヤモンドより硬い。時速数百キロで進むリニアモーターカーが目の前で事故を起こし、巻き込まれても無事で済むだろう。

だが、一条はそうはいかない。 一瞬で肉塊になってしまう。


彼はすぐに換気口であると同時に非常口となっている通路の入り口を見つけると、走り出そうとしたが、《優位種》を殺すか迷った。

迷ったのは一瞬で、すぐに殺すのは諦め踵を返した。《銀血》はまだ枯渇しないだろうし、《黒刃》を刺しっぱなしにしても、これから起こる事故で抜ける可能性が高い。


「持ッテイケ。役ニ立ツゾ」


いつの間にか五体満足に戻った《優位種》は立ち上がり、何かを放り投げる。擬態時につけていたヘアゴムだった。


「くそっ・・・!」


一条は舌打ちしながらそれを受け取ると、通路へと駆け込み、何度も折れ曲がる階段を踊り場ごとに跳び(駆け)登った。


それを見送り、一人その場に残った《優位種》は笑う。数日前と同じように。


「仕切リ直シダ」


地下鉄に新たな破壊が撒き散らされた。





これは罰なのではないだろうか、と雛魅は戦いながら漠然と思った。勝手な行動をした彼女自身に対する。

思っても手を止めない。


彼女は冷徹に、無我夢中で大剣を振るった。斬り裂かれた『偽物』の体からは、鮮血が舞い、臓腑が溢れた。

嫌気がさすほど完全再現された声で絶叫される。

嫌気がさすほど完全再現された顔で怒りや悲しみを表してくる。

偽物だと理解していても、仲間の姿をした相手を斬り、叫びを聞いて、怒りや悲しみに満ちた視線を向けられるのは気が狂いそうだった。

何度叫びを聞いただろうか。

何度怒りや悲しみの視線を浴びただろうか。


気がつくと、黒田の姿をした《擬食者》が片腕を失った状態で跪いていた。腕の傷口は塞がっているが、《銀血》が枯渇したのかそれ以上再生は進まない。


雛魅は彼を見下ろした。


「・・・『本物』はどうなったの?」

「目の前に居るだろ」

「ふざけないで!頭を破壊したのに意識が戻った。《偽抗者》なら失神したまま。それに、」


戦闘中に首を刎ね、頭部を破壊したが、意識が戻ったことは確認済みだ。

そして、それを容易にできたという事実。

つまり、


「『本物』はもっと強い」


相手の六人全員が実戦において精鋭と認められたAランカー。雛魅がいくらSランカーとはいえ、あまりにも部が悪い。連携を取れるならば尚更だ。


だが、『偽物』は六人全員で、真正面から斬りかかった。作戦、戦術、連携。どれも稚拙もしくはなきに等しい、物量で正面から押し切るという、数の利を活かした単純明快な戦法。

それでも、『本物』ならもっと苦戦したはずだ。

今は使い慣れた《擬食者》としての体ではなく、擬態して他人の体を使っている。身体操作が慣れない為、動きに無駄が多かったのも楽に倒せた要因だろう。


だからこそ疑問が残る。


「どうやって擬態したの・・・?」


七人中六人が捕食され、装備を奪われた。黒田達がこの程度の相手に負けるとは思えない。《擬食者》達が擬態していなかったとしてもだ。


装備品の状態もいい。無駄のない倒され方をしている。

つまり、黒田(精鋭)達を無駄に傷つけず倒すことができる、別の《擬食者》がいるのではないだろうか。


雛魅の問いかけに黒田は俯いた。視線が前髪の奥から雛魅を射抜く。


「擬態、擬態か・・・。そうやって偽物と決めつけるのか?」


怒り、憎しみ、そして悲しみ。

様々な負の感情が混ざり合った声と視線。


なぜそんな目ができる。

その目はまるで、人間のそれではないか。


「あなた達は《擬食者(偽物)》よッ」


もういい。耐えられない。

大剣を振りかぶる。


この《擬食者》を生かしておくだけで、黒田の尊厳が踏みにじられていく。


「雛魅ッ、私も殺すのかッ!?」

「え・・・?」


雛魅は咄嗟に、大剣を振り下ろそうとした手を止めた。

なぜ、名前を知っている。


何も不思議なことではない。黒田達が拷問を受け、情報を吐いた可能性もある。

だが、雛魅の思考は別の可能性を見出してしまった。


「黒田、さん・・・!?」


同時に、『偽物』の口角がつり上がった。そばに落ちていた《黒刃》を拾い上げると、刺突を繰り出す。


しまった、と雛魅が思考の誤りを理解した時には、銀色の切っ先は眼前まで迫っていた。


「あーーーーー」

「死ねッ!!」


避けられない。雛魅と『偽物』が同じように確信する。

呆気なく迎えられる終幕。


それを確信しない例外は、その場に居なかったーーーーー今やって来たもう一人。


「殺すな」


ガギィンッ、と硬質な音と共に終幕に水を差す。


突き出した《黒刃》は弾き上げられ、返す刀で腕を切断された。


「ぐあぁぁぁッ」


雛魅と『偽物』の間に割って入ったのは、ボロボロな装備で身を包んだ銀髪の少年。

《銀血》が枯渇寸前なのか、両腕を失ったまま痛みに叫ぶ『偽物』を尻目に、一条は雛魅に《黒刃》を向けた。


「『人間とは何か』」

「ぎ、『《擬食者》より真っ黒な生き物。でもーーーーー』」

「それ以上言わなくていい。で、こいつは?お前と似たような格好だが・・・」


《黒刃》を下げ雛魅の答えを途中で遮ると、顎で『偽物』を指す。


雛魅も大剣を下ろすと、目を逸らして答えた。


「《第二都市》の調査の抜擢された調査部隊の隊長ーーーーーに擬態した《擬食者》・・・」

「周りの死体もか?」

「・・・うん。全部擬態した《擬食者》・・・」


一条は改めて周りを見渡した。


死体の傷口が途中まで再生しているのを鑑みると、適当な攻撃とは言い難いが、適切なダメージを与えられている。

適当な攻撃とは言い難いのは、無駄に血肉を散乱させているからだ。血肉が散乱すればその分臭いも強烈になり、《擬食者》を呼び寄せる。


一条がさっさと《擬食者》を殺して移動するべきだと判断していると、雛魅が一歩前に踏み出した。


「一条君、退いて・・・」

「お前・・・」

「その『偽物』を殺すから、退いて・・・」


もう一歩踏み出す。

左眼が銀色に輝く雛魅の目は濁っていた。


《黒刃》を発動させた彼女に対して、一条は皮肉げだった。


「良い判断をしてるな」

「ッ、これ以上、みんなを貶められたくないのッ!退いてッ!!」

「俺を避ければいい」

「ッ!!」


キッ、と雛魅は彼を睨みつける。嫌味ったらしいのもいい加減にしてほしい。退かそうと、一条に手を伸ばすと、銀閃が彼女の頬を掠めた。

紅い雫が伝う。

一条が《黒刃》で刺突を繰り出したことを理解したのとほぼ同時に、殺気を向けられた。


「ッ」


怯んで思わず数歩後退し、何かにつまずいて尻餅をついた。

侮蔑を含んだ冷ややかな表情を見上げる形になる。


「何するーーーーー」


怒りをぶつけようとし、手が生暖かい物体に触れたことで中止した。


「ッ!!??」

「頭を冷やせ」



痛みも相まって、雛魅の精神状態が一気に氷点下まで下がる。周りと自分の状態をやっと理解した。


辺りは原形をとどめていない『偽物』の肉塊が散乱していた。

切断された胴体から内臓がぶち撒けられ、割れた頭蓋から脳漿が飛び散っている。

路上に散らばる死体と、頭から浴びた返り血。


これを全部自分がやったのか?

つまり、仲間の姿形をした相手をーーーーー。

心の負荷が一瞬で許容量を超え、その場で嘔吐した。ナリッシュメイトと水しか口にしていなかった為、すぐに胃が空になり、苦々しい胃液のみが逆流してくる。


一条は雛魅を一瞥すると、『偽物』に向き直り、代わりに《黒刃》を発動させた。


「や、やめろッ・・・」


両腕を失った黒田は立ち上がることもできず、いきなり日の下に引きずり出されたミミズのように無様に這い蹲り暴れるだけだ。

血肉が散乱する路上で、命乞いは何よりも無意味な行為だった。助けを求めることもそれに等しい。


「ひ、雛魅ッ、助けーーーーー」


言い切る前に、代行者によって『偽物』の首と胴体は切り離された。

陽炎が揺れる熱せられた路上に血が追加で流れる。


その光景を涙で歪んだ視界で見届けると、雛魅の意識はブラックアウトした。





冷水で満たされた浴槽。

その中に服を着たまま投げ込まれたことで、雛魅は意識を取り戻した。空気を求め浴槽から顔を出す。

水を吸い込んでしまい、むせながら浴槽の縁に上半身を預けた。


シャワールームの入り口に一条が立っていることに気づいたのは、呼吸が少し落ち着いた頃、彼の方から声をかけてきたからだった。


「血を洗い流せ。また移動するぞ」


シャワールームの床に大剣が置いてある。意識を失った雛魅諸共担いで来たらしい。


血まみれの雛魅を担いでいた一条にも血が付いている。どうするつもりなのだろうか。


「一条君は・・・?」

「隣の部屋を使う。さっさと洗え。血臭を辿られたりすれば見つかる」


雛魅は、命令し終えたとばかりにシャワールームを後にしようとする一条を、咄嗟に呼び止めた。


「待って、一条君っ」

「何だ・・・」

「あの《擬食者》は、どうなったの・・・?」


黒田に擬態した《擬食者》のことを指しているのだろう。


一条は、名前も知らない人物に擬態した《擬食者》の末路を、迷うことなく言い切った。


「殺した」


雛魅は自分が作り上げた惨状と、仲間が死んだ可能性が高い現状を思い出し、胸の中に鉛が沈む気がした。


「・・・ありがとう」


なんとか吐き出したお礼の言葉は、重く、薄汚く、ドロドロの複雑な感情がこもっていた。


それを聞いても、一条は変わらず皮肉気だった。


「殺して礼を言われる日が来るとはな・・・」

「どういう意味?」

「《擬食者》にも命があって、ペットとか家畜より考える頭があるってことだ」


皮肉気に答えた一条の声は、どこか悲痛さを帯びている気がしたのは、きっと雛魅の心が弱っていたからだ。





歓楽街にある建物で、シャワールームが内蔵されている店は風俗店などで、一条達が血を洗い流すのに使った場所もそういった店だった。


場所が場所であるが、一条に選り好みする気はさらさらなく、死体が転がって廃業している店で、本来の店の目的まで意識を持っていくのは意外と難しい。

よくわからない根性でエロい姿の死体を晒したかもしれない従業員も今やほとんど骨のみだ。


そんな風俗店で血を洗い流した一条達は最寄りの拠点まで移動し、一条は装備を整えた。最寄りと言っても数キロ移動し、場所も歓楽街ではなく住宅街だ。


「日向」

「どうしたの・・・?」

「分断された後、すぐに擬態した《擬食者》達が来たのか?」

「うん、そうだけど・・・」


雛魅が戦っていた場所は、分断された地下鉄の入り口からそう離れていない場所だった。そこから導いた答えだ。


(その場で《擬食者》だと看破したってとこか・・・)


一条はリビングで《黒刃》の留め具がついたベルトを巻いていると、質問を返された。


「一条君の方は?」

「地下鉄に《変位種》が現れた」

「だ、大丈夫だったの・・・?」

「治る体は健在だ」


装備は交換が必要なレベルまでボロボロにされたが、今さっき交換した。


「《変位種》は『変位』が進んでる。今は《変位種 下位》と《中位》の間ってところか。頭を切り離しても問題なく動きやがった」

「それって倒せるの・・・?」

「正面からじゃまず無理だ。搦手で少しずつ弱らせてから叩くしかないだろうな」

「一条君、そのことなんだけど・・・」


部屋の入り口付近に立っていた雛魅は言いにくそうに切り出す。言葉とは別に、彼女の瞳には強い意志が宿っていた。


「私は、このまま仲間(みんな)を放っておけない」

「・・・それはつまり、生きてるかわからない仲間を捜しに行くってことか?」


一条はただでさえ鋭い眼光をさらに細める。


「俺との『約束』はどうするつもりだ?」

「ごめんなさい、勝手なのはわかってるっ。でも仲間が生き残ってるかもしれないの・・・」


説得?無理だ。

一条が首を横に振っても、雛魅は無理にでも行くだろう。

仮に無理矢理《変位種》討伐に同行させても、逃走を疑ったままではロクに協力などできやしない。


「調査部隊のメンバーは、私を抜いて七人。擬態されていたのは六人だけった・・・!お願い、捜しに行かせて!最悪、仲間を助けて迎えのヘリに乗せたあと、残って《変位種》を倒すのを手伝ってもいいからッ!だから今はッ・・・!!」


信じる?根拠などない。

それに残りの一人は・・・。


ここで彼女を引き留めることができなければ、《変位種》討伐に協力させるのは不可能と考えていい。だが《変位種》を倒すように誘導するにも、そうさせられるだけの材料がない。

一条にはもう、雛魅の助力を得ることはできない状態だった。こうなることは、分断された時点で決まっていたのかもしれない


だったら、と彼はズボンのポケットに手を突っ込んだ。


「《変位種》から逃げた後、お前に擬態した《擬食者》が来た」

「どういう意味・・・?」


一条は怪訝そうにする雛魅を無視して、何かを取り出すと彼女に放った。


「装備はほとんど同じ、誰から奪ったんだろうな」


七人中六人が装備を奪って雛魅の前に現れた。

残る一人分の装備は、雛魅が知る由もなく一条の前に。


残る一人は生きている?

違う。

知らないだけだった。


雛魅は、放られた物を受け取って目を見開いた。血がついた、女物のヘアゴムはウェドーーーーー波山の物だった。


「そいつがつけてたものだ」

「あ、ああ・・・」

「お前の仲間、全員死んでるんじゃないか?」


一条は自分の手で、彼女の心の支柱をへし折った。






「あああぁぁぁァァァッ!!!!!」


半狂乱に陥った雛魅が大剣で一条に斬りかかる。

しかし、感情任せに繰り出される攻撃ほど防ぎやすいものはない。


一条は横薙ぎの一撃を、床を這うようにして紙一重で躱すと、反撃で雛魅の両手を斬りつけた。柄から手が離れる。


大剣は惰性で吹っ飛び、部屋の壁に突き刺さった。


「いッつゥ!!??」


一条は無手になった雛魅に、容赦なく回し蹴りを放つ。


雛魅は両腕を交差しながら、自ら背後に跳んだ。

ほぼ同時に回し蹴りが直撃する。

ズダァンッッッ!!!!と大砲のような一撃を受けた彼女は、ダイニングを通り越しキッチンに突っ込んだ。

食器や食材が床に散らばる。


派手に吹っ飛んだのは、自分から跳んだからだ。緩衝スーツを着ているとはいえ、あれが直撃したら腕の骨折だけでは済まない。だったら衝撃に抗わず吹っ飛ばされ、受け身をとった方が無難だ。

思考はグチャグチャだが、体に染み付いた動作は勝手に再現されたようだ。


雛魅はすぐに立ち上がった。


「何で、どうして・・・!?」


一条は蹴りを放った場所に立ったままだった。


「その怒りは俺に対してか?」

「違う、違うよッ・・・!」

「だったら俺に当たるな。お前の仲間を殺したのは《擬食者》だろ」

「っ」


突き離すように続ける。

相手の気持ちが理解できないからか、傷つけるような言葉をぶつける。


「それに、いつまでそうしてるつもりだ?」

「うるさい・・・」

「当たり散らし立って事態は好転しない」

「黙って・・・!」

「次のことに目を向けろ」

「君に何が分かるのッ!!」


対する雛魅も、傷つける為の言葉をぶつけた。


「仲間なんて誰も居ない君にッ・・・。『ラストイヴ』で何もかも失ったくせにッ!人を利用して一人のうのうと生きようとしてるくせにッ!!君に何が分かるのォッ!!??」


一方的で、勝手な解釈だ。

一条はそれを聞いても、感情を表情には出さなかった。あながち間違ってるわけでもない。


「生きてるから何だ?」


一条はいつの間にか雛魅の目の前に居た。《黒刃》は腰に戻っている。


上等だと、雛魅も素手で応戦した。

格闘術も訓練で身につけている。腕力も鑑みれば勝てると雛魅は自負していた。


だが、彼女の攻撃は次々と流された。


「っ!?」

「そんなことは、あるべき大前提の手段(・・)だろ」


防御から攻撃への転換に無駄がない。素手での戦いに慣れている。

作った隙を逃さず、一条はカウンターを確実に叩き込んでいった。雛魅よりその一撃は軽いとはいえ、当たれば骨折しかねない程の威力だ。


「俺にはやることがある」


すぐに治るものの、痛いものは痛い。雛魅の動きは鈍り、防戦一方となっていた。

一条はここぞとばかりに攻めるが、雛魅も黙っていなかった。守りを捨て攻めに出る。渾身の右ストレート。


だが、一条はそれを掻い潜り、がら空きの顎へ掌底。


「くぁッ・・・!」


脳を揺さぶられた雛魅が膝をつく。気絶していないということは、手加減されたようだ。


「選べ。前へ進むか、泣いたままでいるか」


抜いた直刀を突きつけ、傲岸に言い放つ。


「俺が助けた命だ。後者なら俺が殺してやる」

「・・・」


雛魅は答えない。

仲間の死が相当ショックだったのか、どこか諦観を感じさせる。怒りと悲しみの残骸は、深い虚脱だ。


だが、それではだめだ。

そのままでは、守れるものも守れないし、救えるものも救えない。


「それとも、迎えに来た連中を人質にすれば、《変位種》を倒してくれるか?」

「っ!!」


雛魅は力が入らないはずの脚で、立ち上がろうとする。


一条は面倒くさそうに《黒刃》を下ろした。


「・・・そんなの絶対に許さないッ!!」


跳ね起き、一条に殴りかかった。

一条は顔面を狙ったその一撃を避けなかった。グシャッと顔面が変形する。自ら跳んだわけでもないのに、テーブルやソファをなぎ倒しながらリビングまで吹っ飛んだ。


雛魅は荒い息を吐きながらもう一度膝をついた。

全力は出せなかった。全力を出せていたら、吹っ飛ぶことも許さず拳が頭を粉砕している。

それでも手応えはあった。これでは起き上がれないだろうと、楽観した瞬間、首に圧迫感。


目の前に来た一条が、雛魅の首を掴んでいた。

そのまま持ち上げられ、壁に押し付けられた。


「ぐっ」


雛魅は一条を睨んだ。彼の顔は既に治りかけていたが、血も付着して痛々しい。


「離して」


車をも振り回す豪腕で、一条の腕を引き剥がそうとするが、指が首に食い込んだ彼の手は離れない。


「離さなきゃ折る」

「やってみろ」


ベキッゴキッ、と一条の腕が二箇所へし折られた。

いやおうなしに握力が低下し、首から手が離れる。


だが、一条は悲鳴を上げない。それどころか、眉ひとつ動かさなかった。

痛覚がないようにすら思える。まるで《擬食者》のように。


「やっぱり君は《擬食者》だね」

「俺はお前みたいに、『人間』であることに拘らない」


肯定とも否定ともつかない言葉を吐き捨てた後、覚悟を口にする。


「必ず救う。その為なら、俺は何者でも構わないし、誰でも殺す。『神』だろうが、『人間』だろうがな」


気持ちがわからないから、立ち止まっていたのを批難のではない。気持ちがわかるから、立ち止まっていたのを咎めたのだ。


「・・・君は、強いね」


理解したのか、泣きそうな声だった。

床に足をつけた雛魅は手から力を抜き、折った一条の腕を優しく包むと、嗚咽を漏らした。


一条は面倒くさそうな表情をしたが、拒絶することなく、彼女の背中に躊躇いがちに手を回そうとしてーーーーーやめた。


「強ければ、こんなことはしてない」


一条は、代わりにもならないような自嘲気味な皮肉を溢した。

読んでくださってありがとうございますm(_ _)m

次話は27日投稿予定です。


Twitterにて投稿予定の変更をお知らせしております。また、友人M氏によるイラスト公開中!

@Hohka_noroshibi

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