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銀色の双眸  作者: 熢火
第一章-Real Name. 〜《第二都市》編〜
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狂墨の触刃

やっと投稿できました


前回までのあらすじ

一条と雛魅が出会って三日が経った。様々な思惑が動く中、二人はやっと雛魅の大剣を取り戻す。あとは《変位種》討伐のみ。

《変位種》の追跡は全く成果を見せなかった。目標は移動を続けているらしく、追跡だけでは遭遇できる確率はかなり低いかもしれない。

そもそも移動速度の差だけを考えても追いつけるとは思えない。だからと言って、不規則な《変位種》の行動パターンを予測し、先回りするのは困難だ。結局は追跡するしかない。

それはそうと、今日は大剣を回収できただけでも良しとしよう。


一条達が休息に選んだ場所は、住宅街にある建物の一室だ。その階と一つ上の階が居住フロアで、他の階はレストランやら事務所やらが入っている。


雛魅が寝たのを確認した後、一条も眠りについた。彼女は疲れていたらしく、すぐ寝てくれたので、一条もすぐに眠ることができた。

見張りをしていないと、何かしら文句を言われる。必要ないと、何度言っても聞き分けてくれないのだから困りものだ。


今も雛魅の寝息が聞こえている。今まで寝ていたが、面倒なご説教はないようだ。


一条は音もなく立ち上がると、外していたベルトと《黒刃》を身に着けた。ソファで大剣を抱き枕にして眠る雛魅を一瞥すると、1Kの狭い部屋を後にし、玄関へ向かう。


《黒刃》は発動させていなければ、刃引きされた剣と同レベルの切れ味しか持たない。

いつ戦闘が起きるのか分からない状況では、手放して寝るよりは抱き枕にしておいた方が安心できるのだろう。


少し強引に自分を納得させた一条は、ドアの音を極力殺して外へ出た。


時刻は日付変更直前。

今夜は快晴だ。空には美しく星が輝き、昼間の暑さが嘘のように涼しく、虫の鳴き声が聞こえてくる。


夜空を見上げると、素直に綺麗だと思えた。

都市が滅んだからこそ、美しい夜空が眺められる。星に興味があるわけではないが、そんな皮肉が自然と頭に浮かぶ。


耳を澄ませると、鳴き声に混じって階下から足音が聞こえる。《擬食者》が近くを徘徊しているのだ。


一条は夜空から視線を外し、両腰の《黒刃》を外すと、ドアが何枚も並ぶ外廊下を音もなく歩き出した。その姿はまるで、夜の街を歩く殺人鬼だ。


心地よい初夏の夜には似つかわしくない、流血を伴う殺し合いが始まった。





夜が明け部屋が少し明るくなったことで、雛魅は目を覚ました。


(また・・・)


勢いよく飛び起きる。


今日も見張りを交代していない。見張りになっていない。

何度注意しても、自分の索敵能力に絶対の自信があるのか、一条は見張りをサボる。


それを知っていて、今日は起こす、という約束をすると寝てしまう自分の神経の太さに、雛魅は軽く嫌悪感を覚えた。


「一条君、見張りはーーーーー」


雛魅は一条を視界に捉えると、言葉を詰まらせた。


壁を背に床に座った彼の体には、新たに墨色の返り血が付いていた。


「何だ・・・?」

「・・・《擬食者》が来たの?」

「下の階を歩いてた」


一条は欠伸をすると、立ち上がる。


近づかれれば、寝息を聞かれるかもしれない。殺すなら気づかれる前に、だ。


「寝てて気づいたの?」

「俺の言葉は念仏で、お前の耳は馬か?」


敵の接近に気づけている節はあった。

交戦を避けて街を移動中、不意に足を止めることがあった。それが《擬食者》を避けていると推測するのは容易だが、信じるまではいかない。

敵の位置は一条にしか分からないのだから、雛魅が正確に真偽の判断をすることはできない。


「君の言葉は皮肉で、私の耳は人の耳だよ・・・。それより、何で起こしてくれなかったの?」

「お前が居ても邪魔なだけだ」


存在を気づかれずに奇襲を行う場合、雛魅が手伝えることは何もない。一条のように気配を完全に隠せないこともあり、その場に居るだけで邪魔になってしまう。


「戻って来るまでに準備しとけ」

「どこ行くの?」

「外だ。三体居る」


言うと、彼は装備したばかりの背中の《黒刃》を抜いて発動させ、雛魅に投擲するように振りかぶった。


「な、何するの!?」

「来るぞ。伏せろ」


一条は返事を待たず投擲する。

殺す気だろうか?


雛魅は咄嗟にソファから転がり落ちた。髪を解いて寝ていた為、空中に取り残された髪の一部が切られた。


同時に、部屋とバルコニーを隔てる大窓を突き破って、《擬食者》が飛び込んで来た。


車輪のように縦回転した《黒刃》は、襲撃者の右肩を深々と斬り裂いた。勢いは衰えない。そのまま外へ飛んで行き、丁度バルコニーの手摺に着地したもう一体の《擬食者》の頭部に突き刺さった。

一体はそのまま地上に落下するが、もう一体残っている。


反撃の機会は与えられない。一条は既に間合いだ。

右手の直刀で、体勢を崩した相手の首を斬り飛ばし、左手で逆手に持った直剣を心臓に突き刺す。


このままでは頭が生え変わり、失血死する前に《黒刃》を抜かれてしまう。

それを防ぐ為、ナイフ型の《黒刃》を脊髄に突き刺した。


「いきなり投げないでよッ、危ないでしょ!!殺す気なの!?」

「文句なら《擬食者》に言え」

「せめて私が避けてから投げてよ!髪が・・・」


雛魅の長い髪は、五分の一程切れてしまった。


「首じゃなくて良かったな」


一条は相手の《黒刃》を拾い上げる。


「さっさと準備を整えろ。一旦移動するぞ」


音を立てすぎた。もう一体の《擬食者》もこちらに気づいているだろう。


朝から騒がしい日だ。

明日でこんな日々も終わると信じ、雛魅はうんざりした表情で準備を始めた。





「朝の《擬食者》にも気配で気づいたの・・・?」


一条と雛魅は《変位種》を追って歓楽街へ来ていた。

雛魅は大剣を取り戻したことで不安要素が減ったのか、重量は増したはずなのに足取りは軽い。


《黒刃》の重さは、同サイズの鉄製の剣とほとんど変わらないことから、大剣の重量は二百キロ弱だろうか。

一トン近くある車を片手で振り回す怪力の持ち主にとっては、重く感じないのかもしれない。


ちなみに大剣は本物で、小細工も何もされていなかった。何度か戦闘をこなし、雛魅と大剣の調子を確かめたが、全く問題無いらしい。


本当に何も問題無いのか怪しいところだが、一条は元の状態を知らないので、雛魅が問題無いと言えば否定のしようがない。念の為、直剣型の《黒刃》を一本渡しておいた。


「そんなところだ。それより」


二人の頭上には、きらびやかに夜の街を照らしていたであろう派手な看板が並ぶ。荒んだ歓楽街の白昼の光景は、ヤクザやチンピラ達が入り浸っていそうだ。


過去にそうしていた連中は《擬食者》に捕食され、残った遺体は虫や動物に処理されただろう。今の姿は骨だ。

現に、一条達が歩く歩道には、いたるところに人の骨が落ちている。


慣れとは怖い。二年以上この光景を見続けた一条はともかく、数日前に来たばかりの雛魅すら何も感じなくなりつつある。

死んだばかりで血肉が付いていれば、話はまた変わってくるのかもしれないが。


「地下に入ったか・・・」

「地下鉄だね」


一条と雛魅の目の前には、地下へ向かう階段があった。

破壊痕と墨色の血が付いた何かが引きずられた跡はその先へ続いていた。


十メートル先は暗闇で、《偽抗者》である二人の眼でも、外との明暗差で下がどうなっているかはわからない。電気は死んでいるようだ。

地下への入り口は、永延と底がない闇のようだ。


「怖いとか言うなよ・・・?」

「言わないよ。一条君こそ大丈夫なの?」

「俺が一番怖いと思うのは人間だ」


自嘲するように皮肉を言うと階段を降りだす。生き物の気配は無い。安全だ。

雛魅も後を追った。


「それって、どういう意味?」

「そのままの意味だ」

「一条君、まさか対人恐怖症?」

「違う。お前と普通に話してるだろ」


普通かどうかは置いておいて、話せてはいる。


通路に入った為、二人の声は木霊し始め、周囲は暗くなっていく。


「どこが怖いの?」

「・・・残虐性」


人間が怖いなどと言うんじゃなかったと、一条は後悔する。

少し考えれば、彼女が踏み込んでくるのは分かったはずだ。


明暗差がなくなり、下まで見通せるようになった。《偽抗者》の目は、明るさに対する順応性も『人間』より優れている。墨色の血がずっと線を残しているのがはっきり視認できた。

殺した《擬食者》を引きずったのだろう。《変位種》の痕跡には困らなそうだ。


「私は怖くないの?」


一条は表情に笑みを浮かべることはせず、雛魅の疑問を鼻で笑った。


「お前みたいに、陽の当たる道を歩いてきた奴の残虐性なんてたかが知れてる」


一条の人間に対する見解は、『《擬食者》より真っ黒な生き物』だ。

一種の恐怖すら覚える程に、それを身体に刻み込まれてきた。


「本当の残虐性を見たことがあるのか?」

「そんなのわからないよ・・・」


でも、と雛魅は足を止めた。

一条は先に階段を降り終わる。


「陽の当たる道だけを歩いてきたわけじゃない。決めつけないで・・・」


一条は雛魅を見上げた。

明るい外を背にしている為、彼女の表情はよく見えない。


前にも同じことを言ったが、そのときも反発していた。

軽率な言葉だったと、一条は遅れて気づく。


《偽抗者》の生まれ方は大きく分けて三つある。

親が《偽抗者》でその能力を継いだ者。《擬食者》の因子を組み込んで作られたデザイナーチャイルド。そして、人間に擬態した《擬食者》との間に生まれる《第一世代》。

デザイナーチャイルドの親権は研究者や政府が持つ。《第一世代》は一生監禁でもおかしくない。

生まれた境遇がその二つに場合は、研究対象や戦闘兵器として扱われたという話もある。

雛魅の強さを鑑みれば、親が居ようと研究対象や戦闘兵器として扱われても何ら不思議ではない。


一条自身、それを嫌という程思い知らされた。

ここは謝るべきか、と彼は判断した。


ガラララガシャンッ!!

だが、突如一条と雛魅を隔てるようにシャッターが降りてきた。


「「!?」」


誰も制御装置には触っていなければ、近くに気配は無い。遠隔操作だ。

つまり、電気は死んでいない。地下の照明が消えているのは、誰かがスイッチを切っていたからだろう。


その予想は当たった。

照明がつけられ、その場を照らす。


一条は眩しさに目を細めながら照明を見上げ、気づいた。

シャッターが格納される天井付近に、怪しい物体が設置されている。無骨な形をしたそれは監視カメラなどでは決してない。


「日向ッ、全力で上に走れ!!」


シャッターの向こう側に聞こえたかは分からない。

一条は《銀血》で脚力を強化すると、全力で走り出した。

改札を無視して通り越し、ホームへと続くエスカレーターに転がり込む。


直後、爆音が地下に反響した。





「はめられた・・・」


エスカレーターに腰を下ろし、そのまま下に着くのを待つ一条。


まさか爆弾を仕掛けてくるとは。


爆心地では崩壊の音が今も続いている。階段は潰れ入り口は完全に閉ざされていることだろう。

巻き込まれれば死んでいただろう。《偽抗者》といえ、瓦礫に潰されては傷の再生が阻害され、そのまま死に至る。


どうやら雛魅は無事だったようだ。地上付近から気配がする。


「《変位種》を追って、ここへ来ることは予想済み。目的は俺達を分断することか・・・」



戻って瓦礫を撤去するという選択はない。


爆弾の役割は二つ。二人を完全に分断することと、場所を教えること。

前者の理由が殺す為でないことは、照明で爆弾の存在を教えたからだ。

そして後者の結果か、猛スピードでこの駅に近づいて来る殺気がある。


「今までの準備が無駄になったな・・・」


その殺気は前に感じたことがある。他の《擬食者》とは違う強い殺気。


エスカレーターが下に着く。

座っていた段が沈む前に一条は立ち上がり、《黒刃》を両手に握った。


ギャリギャリギャリッ!!と不快な音を立て強引に速度を殺し、《変位種》が線路から現れた。

結局一対一。面倒な戦いになりそうだ。


一条は気配を完全に消し、柱の後ろに身を隠した。正面から挑もうとはせず、まずは不意を突く。


脳さえ切り離せれば、再生するまでの間動きを止められる。その間に脳の再生を邪魔し続けることができれば、手っ取り早く殺すことができるだろう。


《変位種》の生命力と再生能力は圧倒的だ。この前戦った時は、脳に《黒刃》を突き刺しても動き続けた。狙うなら断頭だ。

だが、頭や首を斬り落としたくとも、持ち前の身体能力の高さで避けられ、完全に切り離すまでいかない。せいぜい三分の二を切り裂くに留まる。


そして獣のように直感が異常に優れている。雛魅には通じた殺気の強弱を利用した戦闘中の不意打ちも避けてみせた。

必殺の不意打ちが成り立つとすれば、気づいていないうちだけだろう。


《変位種》は獲物を探すように辺りをキョロキョロと見渡した。獲物が見当たらないとみるや、ホームに上がる。


一条は《黒刃》発動させると、左手の小指を斬り落とした。鮮血と共に小指が床に落ちる。


《変位種》が血の臭いに反応して、彼の隠れる柱を睨んだ。


五感が優れ過ぎているというのも考えものだな、と一条は内心皮肉りながら、生え変わった小指を柱に擦り付け、できるだけ血を落とす。

これで準備(フェイク)完了。全身を《銀血》で強化し、瞳孔が縦に裂けた銀色の瞳で機会を伺う。

一条は、殺気がゆっくり近づいて来ても落ち着いていた。幾度となく修羅場は潜り抜けて来ている。この程度では緊張しない。


《変位種》は、その時を待つ一条が隠れる柱に手を着き、裏側を覗き込んだ。

そこに、一条の姿はない。


これが、『その時(絶好の機会)』だ。

一条は、《変位種》の頭上を取るように柱に着地。 銀色の刃を振り下ろした。


「ッ!?」

「ガアァッ!!!!」


そこへ、《変位種》の柱に着いていたのとは逆の手ーーーーー左手による握り潰す一撃が襲う。


気づかれた!?

一条は、咄嗟に振るっていた《黒刃》を離し、左右の手をスイッチ。直刀を左手で、直剣を右手で、腕を交差させながらそれぞれ逆手に持ち、迫る左手を斬り崩す。


だが、左腕は止まらない。そのまま振り抜かれる。


一条は柱を蹴って左腕の上へ。真下を通り抜けた左腕に、左手に持った直刀を機能を停止してからぶつけた。 ガアァンッ、と硬質な音と共にぶつかった《黒刃》を支点に、彼は体を捻ることで一回転しつつ左腕の下に潜り込んだ。

首は狙えないが、がら空きの胴体が迫る。

右手の直剣で、心臓を狙った裏拳気味の刺突。


「なっ!?」


《黒刃》が、深く刺さらない。

筋肉で《黒刃》の腹を押さえられた。肥大化した筋肉を持つ《変位種》だからできる芸当だ。

前はこんな荒技は使ってこなかった。


驚いた獲物を見て、ニタァ、と《変位種》が笑った。

眼光が百八十度の軌跡を描く。


一条は突き刺した《黒刃》を離し、それを蹴って足元に逃げた。

それが幸いし、体を半回転させることで振るわれた右手の爪が、ズボンの裾に引っかかるに留まる。

吹っ飛ばされるも、空中で体勢を直し柱に着地した。


「奇襲は失敗。胴体の筋肉は《黒刃》も止める(通さない)・・・」


柱が半分程砕かれたのを尻目に、追撃の拳を床へ逃げる。足を一歩半の差の位置で着地させ、着地と同時に膝を曲げた。

同時進行で《黒刃》を持ち替える。逆手に持っていた直刀を離すと左手は背中の《黒刃》へ、右手で離した直刀を握り、振りかぶった状態に移行する。

ズザァッ!!と靴底を削りながら、クラウチングスタートの要領で、《変位種》の足元を駆け抜けた。

すぐさま《黒刃》を床に突き立て、機能を停止させてアンカー代わりに反転、両脚を切断され倒れた敵の背後を取った。


「結局長期戦か」


ブンッ!!と脚を失っても上半の捻りだけで行われた回転と、剛腕の薙ぎ払い。


一条はスライディングでこれを避け、懐に潜り込む。胴体は狙えない。だったら、生え変わった脚を狙う。

スライディングと同時に、両脚に携えていたナイフ型の《黒刃》を抜き、発動させ、《変位種》の両膝にねじ込んだ。これで動きが阻害されるはずだ。

そのまま股を潜り抜け、先程砕かれた柱を駆け上がる。


《変位種》は膝の楔など無いかのようにまた反転。今度こそ柱を破砕した。


一条は、今度は天井へ逃げた。頭上を取る。


ホームの天井は低い。《変位種》の巨体なら彼まで攻撃が届く。

案の定、《変位種》はもう片方の手で攻撃してきた。


一条は身を捻りながら天井を蹴り、これを紙一重で躱し、頭部を狙った。





目の前の地下鉄の入り口から、崩壊音と粉塵が吐き出されている。

中に入るのは得策ではないだろう。崩落に巻き込まれるかもしれないし、爆音で《擬食者》が寄って来る。


「長居はできない・・・」


爆破した目的は何だろう、と走り出した雛魅は思考を巡らせる。


真っ先に思いつくのは殺害。次に分断。

殺害ではないはずだ。シャッターを降ろして照明をつける意味がわからない。照明で天井に設置された爆弾に気づいたようなものだ。

十中八九分断が目的だろう。

ならば、二人を分断した後どうなるか。

考えるまでもない。二人のどちらかが、あるいは二人のどちらも狙われる。生かしておいて何をするのかまでは不明だが。


「早く一条君と合流しないと・・・」


彼のことだ。生きているだろう。


逸れてしまった際の合流地点は、その日の出発地としてあるが、狙われている中一カ所に留まるのは賢明ではない。一条の元へ向かうのが良いだろう。

上手く合流できるだろうか。

もし来れたとしても、一条が逆方向に進んでいる可能性もある。それに、同じように駅に爆弾が仕掛けられている可能性も否定できない。


可能性の話をしたらきりが、とにかく駅はだめだ。分断を狙った相手が、雛魅が別の駅から地下に入ることを予想しないはずがない。

入るなら、駅より少しでも予想されにくい場所。例えば、換気口とか。

あまり変わらない気がしなくもないが、駅から入るよりは安全だろう。


「あれ?」


ふと思い、足を止める。

思考が、一条と分断されたこの状況を別の意味に捉える。危機ではなく好機に。


「この状況なら、逃げられるんじゃ・・・」





グラッ、と《変位種》の体が脱力して揺れる。それも一瞬のこと。《変位種》は倒れることはなく、力強く床に踏み止まり、後方に着地した一条を振り返った。

墨汁を頭からかぶったように真っ黒な顔には、額に再生途中の十字傷が刻まれていた。脳まで届いていた十字傷が、一瞬の脱力を誘発させたが浅い。痕を残さず完治する。

額で白刃取りならぬ《黒刃》取りをされなかっただけでもマシか。


一条は、《変位種》の肩周りを見た。


「かなり捕食したな」


隙間から甲皮を押し退けて生える数本の触手。

色は肉体同様墨色、形状は歪な剣のようで、まるで《黒刃》だ。


一撃を躱して頭部を狙った一条に、触手が殺到した。《黒刃》で斬り飛ばしカウンターを叩き込んだが、触手の対処のせいで攻撃が浅くなった。

さらに、一本防ぎ損ねた触手に脇腹を抉られた。傷は治ったが軍用ベストと服が破れている。


「その能力()、『変位』が進んだか・・・」


《変位種》は、《擬食者》が《銀血》を短期間の内に大量摂取した結果生まれる個体だ。共食いを繰り返せば《下位》が《中位》に、《中位》が《上位》に『変位』する。

一条と相対する《変位種》は、《下位》と《中位》の間といったところか。


《下位》の状態でさえギリギリの戦いだった。自由自在に動く触手が加われば、勝っていた手数と小回りすら劣る。

だが、《変位種》が体を向けてきたのに合わせ、一条は身を沈め、攻勢の構えを取る。そんな彼の表情は変わらない。


そして、思ったことをそのまま口にした。


「・・・めんどくさい(・・・・・・)


ズガッ!!と一条を狙って振るわれた腕が床を砕くと、ほぼ同時に切断された。


「まず一本」


ガガガガガッ!!

破壊音と血が撒き散らされる音が連続する。

触手による連続する刺突は、床や柱に穴を穿つだけで本命にはかすりもせず、穴を穿つごとに数を減らしていった。


触手は腕より厄介だ。伸縮する為、手足と違って斬っても間合いが狭くなることはなく、殺傷能力を大きく損なわせることもできない。


「ガアァァァッ!!」


触手が通用しないことにしびれを切らしたのか、《変位種》は触手と片腕が治りきる前に一条に肉薄した。残ったもう片方の腕を振るう。


一条は逃げずに紙一重まで引き寄せ、避けつつも、丸太のように太い腕を切断した。


「二本目」


惰性で吹っ飛んだ腕には目もくれず、続いて左手の直剣を投擲し、迫っていた触手を数本切断する。ナイフ以外の《黒刃》は、右手の直刀一本となってしまったが構わない。

左手を軍用ベストの中に突っ込みながら、《変位種》に向かって跳んだ。


残った触手が殺到する。


一条は、右手の《黒刃》を大きく振るうことで大半を斬り飛ばし、残った触手は無視した(・・・・)

残った二本の触手に、腹を貫かれ、片足を斬り落とされた。痛いが、彼が動きを鈍らせることはない。


(両腕を奪って触手も使いきらせた。残った攻撃手段はーーーーー)


左手を軍用ベストから引き抜き、固めていた拳を《変位種》の顔面に叩きつけた。

《変位種》はそれを嘲笑うかのように口を大きく開き、迫った腕を食いちぎる。


「その左腕くれてやる」


腕の痛みが襲う前に、一条の背中に強い衝撃。背骨が砕け、肋骨が皮膚を突き破った。

腹を貫いていた触手を振り抜かれ、柱に叩きつけられたことをすぐに理解した。

痛みよりも呼吸が辛い。肋骨は肺にも刺さったのか、咳に血が混じっている。

痛みに疎い為、《変位種》がゆっくり近づいて来るのも冷静に理解できた。一条は、なんとか起き上がろうと膝立ちの体勢になり、近づいて来た《変位種》を見上げた。

その表情に焦りの色はない。全て計算通りだ。


「・・・めんどくさい。だからーーーーー」


食らった左腕を嚥下(えんげ)したのか、《変位種》の喉が僅かに膨らんだ。


「!?」


《変位種》が足を止める。


膨らみが喉を通過しない。

呑み込んだ腕が詰まったわけではない。膨張が続いている。


「さっさと死ね」


バジュンッッッ!!!!

水風船が勢いよく破裂するような音と共に、《変位種》の首が胴体と離れた。墨色の血が噴水のように撒き散らされ、その場を黒く染める。

今度こそ、《変位種》の体が崩れ落ちた。





大剣は取り戻した。《変位種》の討伐が残っているが、《変位種》を野放しにしたところで、雛魅の実害はほぼゼロだ。

雛魅自身や黒田達が遭遇することがあれば話は別だが、遭遇しないと楽観視しそうになる。《第二都市》の広さや、《変位種》を追い続けて遭遇することがなかった今日までの三日間を考えれば仕方あるまい。


雛魅は自分の首に手を当てた。《変位種》に首もろとも噛みちぎられた緩衝スーツに、荒々しい噛み跡が残っている。


(一条君は私を助けてくれた・・・)


間違いなく打算あっての行動だったはずだ。

それでも、《変位種》を退け、《銀血》が枯渇した状態で気絶した少女を担いで、《擬食者》が跋扈する街を歩くのは命懸けだったはずだ。


そんな危険を冒してまで、助けてくれた少年を、


(それなのに、うら、ぎる・・・?)


一条に対する雛魅の印象は最悪に近い。大剣の回収という大きな利益を提示してもらえなければ、手を組まずそのまま中央ビルを目指していたはずだ。


気に入らないなら好きにしろと、以前はそう言っていた一条も、裏切れば今度は許しはしないだろう。大剣を回収した後に逃げたら、暗に殺すと言っていた。

だが、彼はこの場には居ない。逃げるのは簡単だ。


(でも今なら・・・)


逃げて、黒田達と合流して、それで?一条を残して《第一都市(安全地帯)》に帰還するのか。

《変位種》が出現したとなれば、作戦は中止になり、すぐに帰還用のヘリが飛んで来るだろう。

そしたら、残された一条はどうなる。《変位種》が居る《第二都市》にたった一人だ。


(一条君は、一人でも《変位種》を退けられる・・・)


彼はたった一人で《変位種》を退けた。

なら、大丈夫ではないだろうか。


(それに、一条君は自分から望んで《第二都市》に残ってる・・・)


雛魅が居なくなっても困らないのではないだろうか。


(なら、ーーーーー)


そこまで思考して、雛魅は気づいた。

人間とは、《擬食者》より真っ黒な生き物。罪悪感から逃れようと正当性を求め、自分すら欺き、助けてくれた相手を裏切ろうとしている自分は、正にそれではないか。


「・・・最低だ」


皮肉なものだ。人間の本質を皮肉った一条の言葉を、それだけだとは思わない、と否定した彼女自身が自覚するとは。

助けてくれた相手の為の行動を起こそうともせず、あまつさえ裏切ろうと考えた。


「一条君の言う通りだね・・・」


雛魅は自嘲気味に苦笑すると、迷いを振り切る。


(今は合流しよう)


分断された今、狙われているかもしれないのだ。急いだ方がいい。

道を進んでいた雛魅は、地下に繋がる換気口を探し始めた。


「ストラ」


呼ばれ、雛魅は後ろを振り返った。

そこでやっと存在に気がつく。相当考え込んでいたらしい。


「・・・隊長・・・?」

「無事だったか」


隊長ーーーーー黒田がそこに居た。

読んでくださってありがとうございますm(_ _)m

次話は5/28に予定。


Twitterにてイラスト公開と、予定変更のお知らせなどをしています。

@Hohka_noroshibi

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