銀火の追跡
申し訳ありません、遅くなりました。
前回までのあらすじ
『人間とは何か』
『《擬食者》より真っ黒な生き物』
謎かけを合言葉とした一条と雛魅は、雛魅の《黒刃》探しと、《変位種》の追跡を開始した。
一条達は拠点を出ると、昨日《変位種》を撃退した場所まで行き、そこから痕跡を辿り始めた。
《変位種》は、全長三メートル近くある巨体で、重量も相当なはずだ。
その体で車以上の速度で移動するのだから、痕跡が残る。辿るのは容易だった。
厄介なのが体の耐久性の違いだ。
高層ビルから平気で飛び降りることができる《変位種》と違い、一条達が高層ビルから飛び降りなどしたあかつきには、地面の染みになってしまう。また、《変位種》の爪ならビルの壁面をやすやすと登ることもできる。
《変位種》が高層ビルから飛び降りたり、よじ登っていた場合、一条達はビルの中を登り降りしなければならない。
これが思った以上に体力を削る。
ビルの中を行くとなると、道のりが増え、死角が多い通路では《擬食者》の接近に警戒が必要だ。
《偽抗者》も体力は無尽蔵ではない。身体能力が高い為、『人間』とは地力に大きな差があるが、休まず歩き続ければ疲れる。
雛魅の歩調が乱れ始めた。
「ペースが落ちてるぞ」
「・・・ごめん」
先を進む一条が、階段の踊り場で止まる。
明朝からは歩きっぱなしだった。それでも表情一つ変えない一条とは違い、雛魅の疲労の色は濃い。
交戦は避けているものの、慣れない《第二都市》の移動は、精神的にも堪えるだろう。
「・・・そろそろ休憩にする」
「大丈夫。まだ進めるから気にしなくてもいいよ」
「休憩だ。疲れるのは仕方ない」
一条は他人に合わせることに慣れていない。進行速度を遅くしている雛魅が居ることすらもどかしいはずだ。
「潰れてもらっても困る」
「ありがとう・・・」
相変わらず一言多い。
お礼を言った雛魅も微妙な顔で微笑んでいるが、彼が気にする様子はない。
「気を張り続けてるからだ。《擬食者》が近づけば俺が気付く」
一条は《黒刃》を留めているベルトを手際よく外すと、階段に座って休憩に入る。
「無用心過ぎない?」
「周囲に俺達以外の気配はない」
「それってわかるものなの?」
言いつつも、雛魅も《黒刃》を外してから数段上に座る。
そのままの意味で疑惑の視線が降り注ぐ。
「お前も一人で暮らしてみればわかる」
たった一人で《第二都市》で生きる。それには、どれだけ気配の隠し方と探り方を身につける必要があるのか。
一条は雛魅の方を見ることなく答えると、ベストからナリッシュメイトと携帯水を取り出し、食事を始めた。
ここに来るまでの間、一度も《擬食者》と交戦していない。何よりの証拠なのだろうが、雛魅はまだ信じ切れていないようだ。
とにかく今は食事だ。嫌なことはさっさと済ませるに限る。
彼女も一条に倣い、うんざりする食事を始めた。
一本目の最後の一欠片を水で流し込む頃には、一条は既に食べ終えていた。
(本当に人か怪しいわね・・・)
失礼極まりないことを思考していると、一条がその視線に気づいた。
「なんだ・・・?」
「ううん、何でもないっ」
慌ててナリッシュメイトを口にし、悶絶する。
いつもどおり一条の呆れた視線が突き刺さったが、それを気にする余裕もなく水で流し込んだ。
食べ終わると気まずい沈黙が流れる。
やはり、先に耐えきれなくなったのは雛魅だった。
「一条君は、『ラストイヴ』の前は何をしてたの?」
「・・・面白い話じゃない」
「ごめん。訊いていいことじゃなかったね・・・」
昔のことを訊くことは、傷を抉る行為だと思い至ったようだ。
生まれ育った《第二都市》が滅んだ。つまり、家族や友人が少なからず死んだということに他ならない。
「知ってどうする。どうせあと四日で決別する関係だ」
「されど四日、でしょ?命を預け合うんだから、その考えは良くないよ」
「命を預け合うね。どの口が言うんだ?」
「うっ・・・」
「それに詮索していいかは別問題だ。踏み込むな」
「・・・」
突き放すような言葉。そう言われたら引き下がる他ない。
しばらくすると、一条は立ち上がり、《黒刃》を留め具に固定した。
「休憩は終わりだ。行くぞ」
この後も何度か休憩を挟みながら《変位種》の痕跡を追い続けたが、《変位種》も雛魅の大剣も見つかることはなかった。
「見つからないね・・・」
「聞いた方が早いかもな」
「聞くって・・・、《擬食者》に?」
「四肢を斬り落としてからになるけどな」
世間一般ではそれを拷問、尋問と言う。痛覚が無い《擬食者》に対し、拷問が成り立つかは謎だが。
「正直に話すとは思えないけど・・・」
「いや、案外素直に教えてくれる」
「え!?」
「・・・何で人は嘘を吐くと思う?」
驚きの声を上げた雛魅に、唐突な質問をする。
「色々あるんじゃない?相手を傷つけない為とか、利害とか、言い訳とか、見栄とか」
一番最初に『相手を傷つけない為』とくるか。彼女らしいといえば彼女らしい。
「《擬食者》がそれらを目的とするか?」
「・・・しないね」
思いやり、利害、言い訳、見栄、それらは全て、喧嘩と同じように、相手が居ないと成り立たない。
つまり、群れることがない《擬食者》には縁の無い話である。
だから《擬食者》が嘘を吐くことはない。というより、嘘を吐くことを知らない、の方が正しいのかもしれない。まあ知能が高い《優位種》などは、どうかわからない。
「聞くにしても、奇襲で無力化してからだ。もし戦いになったら、日向、お前が前だ」
「一条君は?」
「遊撃」
二度目の囮役の押し付け。彼の隠密能力を鑑みれば、最良の選択なのだろうが、どこか納得いかない様子の雛魅。
役割に関しては言っても無駄だろうからと、せめて釘を刺しておくことにした。
「サボらないでね?」
「ああ」
言質はとった。サボったら問答無用で殴ると、雛魅は心に決めるのであった。
実際問題、彼女に本気で殴られ、首がちぎれ飛ぶならまだマシだろう。頭を粉砕されかねない。
「とにかく今日の追跡はここまでだ。やり方は明日から変える」
時刻は夕方。
雛魅の疲労は、短時間の休憩では解消できない程蓄積されている。
「拠点に戻るの?」
「いちいち戻ってられるか。食料と水はまだある。朝まで適当な場所で休むぞ」
それを聞いた雛魅は顔を引き攣らせた。
「ここ、オフィス街だよ?昨日は昼間にシャワーを浴びたからいいけど、今日は?」
「体は何日かに一回拭けば十分だろ」
「一条君、ずっと《第二都市》に居たんだよね?」
「だから何だ」
「お風呂はさすがに無理でも、安全にシャワーを浴びる場所とか確保してないの?」
「してない」
雛魅は信じられないものを見る目で一条を見た。
「じゃあ今日シャワーは?」
「今日どころか、俺との行動中はシャワーは浴びさせない」
「何で!?」
「水音で《擬食者》に見つかる可能性がある。それに見張りとか色々面倒くさい」
二つの理由。前者と後者の割合は、一対九ぐらいだろう。
確実に面倒くさがっている。
「じゃあせめて体を拭くのは?」
「拭く物なんて持ってない」
彼女の表情が絶望に染まる。
たかが一日体を洗わなくても死ぬわけではないのに、大袈裟だ。
「何日に一回体を拭いてるの?」
「季節による。冬だったら二週間に一回拭くか拭かなーーーーー」
「ふ、不潔!信じられない!!」
冬とはいえ、二週間はさすがに不潔だ。
《第二都市》で生活の質を求めるのは間違いかもしれないが、生活の質を疑いたくなる。
「不潔でいる方が安全だろ」
皮肉で一蹴された。
結局、この日はシャワーどころか体を拭くこともできず、寝心地の悪い椅子の上で寝ることになった。
*
夜。中央ビルの足元に広がる広場。
雑草が生え放題の状態になった花壇、乗り捨てられた車、戦闘の影響で破壊痕がいくつも残るタイルが敷き詰められた地面。
そして、その上に転がるいくつかの白骨死体と、明らかに死後経過時間が違う生々しい死体。まだ残る街頭に、青白い肌と赤黒い血が照らされている新しい死体の数は七つ。
それを前にして、歪んだ笑みを浮かべる銀髪の青年は言った。
「ただの《偽抗者》じゃ相手にならなかった」
彼の後方には、七体の《擬食者》。
そのうちの一体が、青年の言葉を聞きつつ命令した。
「擬態シロ。装備品モ奪エ」
イントネーションが乱れた日本語。つまり、この場にいる《擬食者》はある程度の知能があるということだ。
命令を受けた《擬食者》達が死体に近づく。
「俺が表に出るとつまらない・・・」
「・・・貴方ハ強スギル」
「そうだな。・・・戦ってみてどうだった?」
青年は首だけで振り返り、歪んだ笑みを話し相手の《擬食者》に向ける。
「確カニ強イ。デスガ、貴方ノ足元ニハ及バナイカト・・・」
「神髄には程遠いか・・・」
「・・・『神髄』デスカ?」
クックックッ、と嬉しそうに笑いを漏らすだけで、青年は答えることはなかった。いや、むしろ答えだ。
彼の喜び。それはーーーーー。
「お前は『これ』に擬態しろ」
青年は、命令を出していた《擬食者》の思考を打ち切るように、手首から切断された両手を投げ渡した。
「やり方は任せる。合格ラインに達していたら、《第一都市》に行くように伝えろ」
「・・・『コレ』ニ関シテモ擬態対策ガサレテルカト」
《擬食者》の言葉に、青年は歪んだ笑みを一層深めた。
「一条 拓海、お前のことだ。どうせ『人間は《擬食者》より真っ黒』とかって皮肉を合言葉にしてるんだろ?自虐もいいところだ」
六体の《擬食者》が捕食を終え、擬態する。
六つの銀光があたりを照らしたが、獣どころか《擬食者》すら寄って来る気配はない。
青年は前を向き、六つの銀光を視界に収め、歪んだ嘲笑を浮かべた。
「殺戮者、お前がその象徴だろうが」
*
アパートやマンションといった住宅、スーパーやコンビニといった店、果ては交番や駅といった公共施設まで。ありとあらゆる建物を組み合わせて高層化した建物が、雑多に並ぶ住宅街。
高層ビルや高層マンションが規則的に連立するオフィス街や高級住宅街とは違い、ここの住宅街は表通りを外れると、迷路のような通りが通行人を惑わす。
建築の際に、建物自体に一般用の通りも付け加えたらしく、元々の地形に則った道などほとんど残っていない。
《擬食者》が歩いていたのは、そんな裏路地のひとつだ。
迷ったわけではない。そもそも、建物の最上階へと出てしまえば、自分の居場所はだいたい把握できる。
《擬食者》は薄暗い裏路地の角を曲がる。
建物は雑多で日当たりには良し悪しがる。この場所は悪い方だ。周りの建物によって、初夏だというのを疑いたくなるような陽射しが防がれている。
《擬食者》は無警戒だ。一方的な脅威は《変位種》だけなのだから、警戒するだけ無駄というものだ。
誰が思おうか。曲がった先に、《黒刃》を振りかぶって待ち構えている少年がいるなど。
《擬食者》は角曲がった瞬間、その場に崩れ落ちた。遅れて、四肢を斬り落とされたことと、自分を見下ろす一条に気づく。
「誰ダ?」
「・・・《変位種》と大剣型の《黒刃》、知ってることがあれば教えろ」
「・・・《変位種》ハコノ付近ニイタミタイダ。デモ獲物を求メテドコカヘ行ッタ。大剣ハ知ラナイ」
「お前は『神』について何か知ってるか?」
「・・・知ラナイ」
それを聞いた一条は、《擬食者》の《黒刃》を拾い上げると、それを躊躇なく額に突き刺した。
「外れだ。次のを捜すぞ」
そう言うと、後方で待機していた雛魅が歩み寄って来た。
「これ、私いらずじゃない・・・」
日付が変わり、雛魅の大剣型の《黒刃》と《変位種》探しは、二日目に突入していた。
《変位種》の痕跡を辿りつつ、見かけた《擬食者》に尋問している。この《擬食者》の他にも何度か奇襲と尋問を繰り返していた。
彼女の気持ちもわかる。一条の奇襲が失敗することは一度も無かった。気づかれる前に四肢を斬り落としてしまう。
彼に頼めば、護衛に囲まれた要人すら、正面から気づかれずに殺せるのではないだろうか。面倒くさがってやらないだろうが。
「・・・そうでもない」
「どこが?」
無言で上を指す。
雛魅が上を見上げると、《擬食者》が絶賛落下中だった。
様々な建物を組み合わせて建てられた建物の形は歪だ。身を隠すこともできれば、足場も多い。
一条の索敵能力で事前に気づくことができるが、このように上を取られることもしばしある。
「出番だ。しっかり働け」
「ッ、一条君もサボらないでよ!?」
雛魅は一条と場所を交代し、建物から降りてきた《擬食者》を迎え撃つ。
後ろに退がった一条の気配がすぐに消えた。逃亡を疑いたくなる。
雛魅は疑いを振り払い、相手の上段からの振り下ろしを、真っ向から弾き返す。
「うわっ、まじかよ・・・」
バキィィィンッ、《黒刃》同士がぶつかる硬質な音が一条の引き気味の呟きをかき消す。
鍔迫り合いにはならない。《擬食者》は吹っ飛ばされ、曲がり角の壁に叩きつけられた。
「脆すぎッ!」
雛魅が振るった《黒刃》は、接触した部分から折れていた。落下の勢いが乗った一撃ごと相手を吹っ飛ばしたのだから当然だ。
《黒刃》には『質』がある。質が高いほど頑強で、より多くの《銀血》に耐えることができる。
強い《擬食者》程、質の高い《黒刃》を持っており、雛魅の《黒刃》は《平位種》から奪った物だ。質は平均に近く、脆いわけではない。脆い脆い言う彼女の扱いが荒いから折れるのだ。
苛立たし気に折れた《黒刃》を投げ捨てると、背中に携えていたもう一本に手を伸ばす。
「力任せに使うからだ」
呆れた声。雛魅が《黒刃》を抜くより速く、風が横吹き抜ける。
先ほど倒した《擬食者》の頭を、地面ごと貫いている《黒刃》。
一条は彼女の横を通り過ぎると、それを足場に空中の《擬食者》に向かって跳躍。二本の《黒刃》を《擬食者》の両肩に突き刺し、壁に張り付けにした。
「戦い方が荒い」
雛魅は、今持っている《黒刃》より数倍の質量はある大剣での戦い方をしている。荒く無駄が増えるのは当然だった。
批判された彼女は、墨汁をぶちまけたような地面を指した。
「一条君の戦い方はスマートだけど、血を撒き散らすの何とかならないの?」
近くに居て、返り血の巻き添えをくらいかけたこともある。
「無臭だ。気にする理由はない」
「乾き始めるとベタベタになるの!」
「だったら防具服でも着てろ?重くなるだろうが、お前の馬鹿力なら問題ないだろ」
ビキッ、と雛魅の額に青筋が浮かぶ。
不味い食事や、シャワーを浴びれないこと、《第二都市》に身を置いているなどのストレスからだろうか。
いつも以上に早くキレた。
「一条君、喧嘩売ってる?」
「売ってない」
恐ろしい笑みを浮かべている。
それを前にしても、全く動じない一条は流石と言うべきか。
「その皮肉、何とかならないの?」
「ならないな。お前の馬鹿力と同じーーーーー」
ミシミシ、と《擬食者》を壁に縫い止めている《黒刃》が嫌な音を立てる。
《擬食者》は足の裏で壁を押し、拘束から抜け出そうとしていた。
「「・・・」」
今から殺す相手に仲裁されたような微妙な空気になった。
一条と雛魅は言い合いを中止し、尋問を始めることにした。
だが結局、有力な情報を手に入れることもできず、今日も太陽が真上を過ぎた。
それと同時に初夏は終わりを告げた。正午を過ぎると太陽は調子に乗ってさらに気温を上げた。日陰で座って休憩しているが蒸し暑い。
雛魅が額から流れる汗を拭った。
「なんでいきなりこんなに気温が上がるの!?まだ五月よ!梅雨入りもしてないんだよ!?」
「暑いだけだろ・・・」
そう言うものの、袖を捲り上げた一条の怠そうな態度には、一層拍車がかかっていた。
「全然平気じゃないみたいだけど・・・」
「・・・二年前の方が酷かった」
指摘されるも、彼は記憶と現在を比較し、どちらがマシなのか結論を出す。
「『ラストイヴ』後、初めての夏は腐乱死体だらけだった。ハエとウジが大量発生、腐敗臭が街中にーーーーー」
「それ以上言わなくていいよ・・・」
雛魅の体中に鳥肌が立った。アホ毛がジグザクになり、彼女の心境を表している。
想像したのだろうが、それの斜め上を行っていた事実を知らないだけでも幸せだ。
「汗が気持ち悪いよ・・・」
肌と密着する緩衝スーツの間に滲む汗が不快だ。
梅雨入りしていないとはいえ、湿度はかなり高い。これでシャワーを浴びれないことを考えると、不満が爆破しそうだった。
雛魅は襟元を引っ張り、風を送り込もうとする。
白い肌と美しい鎖骨が、対面に座る一条の目にとまる。だが、彼は特に何も思わないようで、いつも通り面倒くさそうな表情を変えずにいた。
「何見てるの?」
上手く風を送り込めないようで、彼女は苛立ちを募らせているようだ。
「脱いだらどうだ?」
「何言ってるの!?変態!!」
「?」
下心も悪意もなく言えるのは流石と言うべきか。そういった感情に疎いのも、ろくな育ち方をしていない弊害だ。
やはりと言うか案の定と言うか、一条は理解できないのか納得いかない表情をした。数秒後に考えに食い違いがあることに気づき、真顔で言った。
「・・・お前、自分の体がそんなに魅力的だと思ってるのか?」
拳が飛んできた。
「っぶねぇ!?」
怒らせて殺気が増幅したとはいえ、まさか殴りかかってくるとは思わなかったのか、一条は初撃を避けたが体勢を崩した。
「貧相で悪かったわね!?」
「誰もそんなこと言ってねえよ!」
似たような意味であることに気づかないのは、流石と言うべきか。
追撃がくる。
一条はなんとか転がって避けつつ、足払いで雛魅の体勢を崩した。
このまま転ばせたら火に油だ。
判断すると一瞬で体勢を直し、転びそうになった雛魅を横から支えた。打算的な考えさえなければ、素晴らしいジェントルマンになれただろう。
「っ!?」
雛魅の顔が羞恥で紅に染まる。
追加でもう一つ、ジェントルマンになれない原因ができた。彼女を支える一条の腕に女性特有の柔らかい感触があった。
怒りを鎮める為、彼は自分なりにフォローした。
「貧相ではないな」
「ッ!?!?」
涙ぐんだ雛魅の平手が、今度こそ一条の顔面を捉えた。
⌘
雛魅の大剣が見つかったのは、休憩から一時間もしないうちだった。
移動している間、二人は仲睦まじく言い合いをしていた。
平手打ちで歯が折れたのは初めてだ。君が私の胸に触るからでしょ!?不可抗力だ。元凶なのによくそんなことが言えるね?お前、自分の胸がそんなに魅力的だと以下略。
雛魅は苛立ちを戦いになった《擬食者》にぶつけ、それをなじった一条とまた言い合いになる。口喧嘩が増えたのは、ストレスが原因か、はたまた遠慮がなくなったからか。
それを何度か繰り返した頃、倒して尋問した《擬食者》が求めていた情報をやっと持っていた。
曰く、大剣は数キロ先にある住宅の屋上に落ちていたとのこと。
情報をもとに、その住宅が見える所まで来た二人の間に険悪な空気はない。
今は大剣の方が重要で、それが落ちているという屋上の状況が芳しくないからだ。
「何であんなに群がってるんだろ・・・」
「扱える奴の到着でも待ってるのかもな」
十体近くの《擬食者》達の群れが屋上に居座っていた。大剣を守るように外を向いている。
罠ではない。他に気配はないし、わざわざ見えるところで待っていたのでは罠にはならない。
「『扱える奴』って《優位種》?」
「《神位種》かもな」
(違うだろうけどな)
言ってから、内心で即否定する。
《神位種》が、わざわざ大剣型の《黒刃》を欲しがるとは思えない。
《擬食者》達の目的も大剣ではない気がする。
居場所がわからないなら別だが、大剣を《優位種》に渡すなら、報告してから到着を待つより、届けた方が早い。
「大剣を見張ることで意味があること、か・・・」
「また《神位種》のこと考えてる?」
「いや、あの《擬食者》達の目的についてだ」
「大剣を見張っていて、ほぼ確実に起きるのはーーーーー」
「ーーーーーお前が現れることだろ」
「やっぱり罠じゃない?」
途中で引き継いだ一条の言葉を聴いて、雛魅は警戒心を露わにする。
「回収を諦めるとか言わないよね?」
「死にそうになったら本末転倒だけどな」
《変位種》討伐のリスクを抑える為に、万全の態勢を整えようとしているのに、その万全の態勢を整える為に、敵の罠に突っ込む。
一見矛盾してるようだが、筋は通っている。
要は、ハイリスクの《変位種》討伐か、罠を張った十体近くの《擬食者》のどちらか、というだけの話。
「作戦は?」
たかが十体。《優位種》が混ざっている可能性もあるとはいえ、《変位種》討伐を大剣無しでやるよりは安全だ。
雛魅の問いかけに一条はさらっと答えた。
「お前が囮、俺が遊撃だ」
「・・・」
その場から一歩も動かないという雛魅を動かす為、まじめに作戦が立てられた。
内容はこうだ。
大剣がある建物の最上階まで行き、一条は外へ出て周りから、雛魅はそのまま屋上の入り口から攻める。
初めの奇襲は一条が担当する。気づかれる前に出来るだけ多くの《擬食者》を倒し、気づかれたら雛魅が突撃。彼女が《擬食者》達の意識を引きつけたら、一条が遊撃に回る。
《優位種》が居た場合、一条が担当することになっている。まずありえないだろうが、《優位種》が複数体居ても、雛魅が雑魚を蹴散らすまでの時間稼ぎぐらいはできる。
屋上はそこまで広くない為、乱戦が予想されるが、連携などとれない《平位種》と《劣位種》だけならむしろ好都合だ。互いに邪魔し合ってくれる。
他にも様々な状況を想定して作戦を立てており、抜かりはない、はずだった。
「何だそれ・・・」
呆然と呟いた一条の足元には、動かなくなった《擬食者》。
動かないのは、頭に《黒刃》を刺され、脳の再生が阻害されているからだ。
同じようなことになっている《擬食者》が他にも三体。
計四体。倒れる音がその場に響き、敵襲を知らせるまでに一条が倒した《擬食者》の数だ。
他の《擬食者》はというと、
「逃げやがった・・・」
残りの《擬食者》は大剣と一条など無視して、蜘蛛の子を散らすように、屋上から飛び降りて行った。
作戦が無駄になった。
逃げた《擬食者》達は、既に気配を感じれない程遠くへ行ってしまっている。
一条は足元の《擬食者》の四肢を斬り落としながら、雛魅を呼んだ。
「日向ーーーーー」
ドンッ、と勢いよく屋上の扉が開かれ、殺気を撒き散らす雛魅が姿を現した。殺る気満々だったようだ。
「あれ?《擬食者》は?」
「逃げた」
突撃の合図と勘違いしたらしい。手に持った《黒刃》を発動させている。
雛魅も予想外だったようで、頭がついていかないようだ。
「大剣が本物か確認しろ。それが終わったら尋問を手伝え」
「う、うん」
戸惑い気味の雛魅の返事を聞きつつ、一条は四肢を切り落とした《擬食者》の頭から《黒刃》を抜いた。
「おい、聞こえてるか?」
傷口が塞がるのを確認して、抜いた《黒刃》を眼前に突きつける。
「何が目的だ?ここで何をしてた」
「・・・」
無反応。
一条はもう一度同じ質問を繰り返したが、反応は無かった。無駄だと思いつつ脅してみるも、同じく反応無し。
《擬食者》には痛覚が無い。傷は《銀血》ですぐに治る。この二つの要因からか、死に対する恐怖は薄い。
一条は《黒刃》を頭に刺し直し、別の《擬食者》の元へ向かった。しかし、どの《擬食者》も反応することはなかった。
不審だ。四体全員が言葉を理解できなくても不思議では無い。だが、大剣を囲んで何かをしようとしていた連中が、低知能だとは考えにくい。
「口止めされてるな・・・」
「《優位種》か《神位種》?」
このふざけた状況を仕組んだのは、《擬食者》達を口止めして、大剣を見張らせていた奴に他ならない。
「どっちもありえる」
「私が《優位種》に狙われてるってこと?」
《神位種》に目をつけられているならわかる。飛行機を落とされたのだから。
だが、《優位種》に狙われる覚えは無い。
「狙われてるのは俺だ」
「初耳ないんだけど・・・」
肩を竦めた一条を雛魅は睨む。
「《神位種》に狙われてるのと比べたら、毛ほどにも怖くない」
一条は《神位種》と《優位種》、どちらからも狙われている。一昨日戦った《優位種》は一条の過去を知っていた。《神位種》に入れ知恵されたのだろう。
数ある可能性の一つに過ぎないが、《神位種》の目先の目的は一条と雛魅を引き合わせることだったはずだ。
つまり、《神位種》の下にいる《優位種》は二人の関係も知っていて、共に雛大剣を探すことも予想できたかもしれない。
「どっちに狙われていようと、ここに留まるのは良くないな」
「《神位種》だったら?」
「それはそれであいつの思う壺だ」
逃げた《擬食者》達はたぶん報告に行った。
報告を受けるのが《神位種》だとしたら、一条がここに留まることも計算の内だろう。
「あの性格が捻じ曲がった奴のことだ。ここに留まっても嫌がらせされるだけだ」
それも命に関わるレベルで。
《神位種》とは直接対決しなくては意味がない。
ちなみに大剣は本物だった。表面上は小細工されていないようだが、後でじっくり検査する必要がある。戦闘中折れるような細工が施されていたらたまったものではない。
「行くぞ。後は《変位種》を殺すだけだ」
歩き出した一条は、肩越しに釘を刺した。
「逃げるなよ、日向」
読んでくださってありがとうございますm(_ _)m
次は剣王の方の執筆に入ります。
Twitterでイラスト公開中です
@Hohka_noroshibi
以下おまけ
雛魅「ねえ一条君」
一条「なんだ・・・?」
雛魅「本編での私の扱い酷くない?」
一条「・・・お前にその価値がーーーーー」
雛魅「よく聞こえなかったからもう一回言って?」
一条「お前にその価値が無いからだろ」
グシャ!!
なんの音かはご想像にお任せします。
*
雛魅「一条君、私が気絶してる間に卑猥なことしなかった?」
一条「してない」
雛魅「本当に?」
一条「本当だ」
雛魅(気絶してたのに何もしない→女の子に興味がない→女の子より男の子→・・・)
「ま、まさかホモ!?」
一条「違う」
*
雛魅「♪」
ピョコンピョコン←アホ毛
一条「・・・」
雛魅「♪」
ピョコンピョコン←アホ毛
一条「・・・斬りたい」
雛魅「?一条君、何で《黒刃》を振りかぶってるの?」
ピョコン←アホ毛
一条「(そのアホ毛)殺らせろ!!」
雛魅「変態!!!!」
バキッ!!
何の音かはご想像にお任せします。
*
一条「そのアホ毛、どうやって動かしてるんだ?」
雛魅「ひ・み・つ。女の子には秘密が多いんだよ?」
一条「そういえば女だったな」
バキッ!!
なんの音かは(ry