何も望まぬままでいて。【仮】
雨の匂いが酷く辺りに満ちている中で、
「もう、終わりだね」と。
力の入っていない声で誰かがつぶやいて、
発砲音が小さく鳴った。
雨がひとしきり降った後の空を見上げながら、
男はため息をついて力を抜いた。
座っていた体勢から段々と崩れて横になる形に変わり、
くえていたタバコも、
もうふやけてボロボロになってしまっている。
男の身の周りは瓦礫に塗れ、
ペンキの様にべっとりと色々な場所に血液らしきものが飛び散っている。
幸い、飛び散っているモノからの匂いはさっきまで降っていた土砂降りの雨のお陰で、
そう充満しているわけじゃなかった。
誰かが言った。
「好きだけれど、焦っていただけ」と。
そう言った誰かの声は、
酷く揺れていた。
男の心臓も揺れている。
酷くひどく。
教えたい事が沢山有ると、
あの子の為なら自分の時間を犠牲にしても、
歪み、独特の形状をした檻の中にとり残す事はしたくないと。
そう強くつよく思っていた。
なのに。
月と季節が変わる頃、
男はもどかしさのあまり、
動く、うごく。
唯、男自身を動かしているのは、
偽者の心。
けれど男は、
自らの本心を強く入れ込んで動くことは無い。
何故ならば、
自らがどれ程に鋭く擦れているのかを知っていたから。
男の心は常に背負い、悩み、苦しみ、求める。
他者が忘れているであろう、
人生を観測しているのだから。
今日も男は多くの想いを照らし合わせて考え込む。
「貴方は何も望まぬままでいて」と多くの線に縛られながら。




