表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

柚子への恋

作者: 村雨 鎬
掲載日:2013/12/23

 風呂場の柚子が恋しくなった。その日は冬至であった。

 朝からめっきり冷えた風を受けて帰って来た身体に、風呂の温かさが身に染みる今日この頃。

 だが今日は一つ違う事があった。先客が居たのである。

 柚子だ。

 風呂の湯に柚子を入れるのは日本の冬至の慣習とされているが、実際その慣習に真っ向から楽しもうと思う人は居ないわけで、私の周りにはそのような人は居なかった。少なくとも冬至までは私もそうだった。

 それが、一体今日はどうしたというのだろう。

 風呂に入り体を暖めていると、普段よりも彼女――もとい、柚子――は、色気をまとい、その存在を私に感じ取らせてくるのである。誘っているかのようにも思えた。疲れて余りものを考えられず、風呂に癒され快楽の真っ只中にあったからなのだろうか。私はその誘いにのった。

 私は思いのままに乱れた。彼女に手を引かれるがまま、彼女を浮かばせ、手で掴んではそのままぐっと抱き寄せ、彼女の匂いを堪能した。

 甘美でいて、どこか、ものたりない。

 ものたりないからもっと嗅ぎたくなる。存在を感じていたくなる。

 へたの先から強く香るつーんとした甘さと、黄色い表面からただようほんのりとした甘さに、私は戸惑い、正気を失いそうになり、より切なくなっていった。

 こんな恋をするのはいつ振りだろう。もしかしたら今まで一度も無かったのかもしれない。ただのちっこくて丸っこい形に、独占欲がわきそうになる。他の柑橘類にはない、少しの青臭さが私を刺激し、かき立てる。

 これ程素朴な果物に、ただの冬の風物詩に、私は躍りたくなり、叫びたくなり、泣きたくなる。どうかしている。変人と勘違いされるかもしれないが、そう思ってしまったものはやめられない、止まらない。貪欲にまみれ、風呂で堕ちつづける。

 しかし、長くしていたいものの、体には限界があるわけで、彼女にも限界はくるのだった。形あるものが壊れるのだから、恋はどれほど悲劇的だろう。一度恋をすれば、果てるまで続き、そして果てる。自ら死を望むようなものだ。季節の分かれ目は恋の分かれ目とは言い得て妙で、彼女の場合はたった一日の、いや、ものの十数分の、儚い花火のようなものだった。

 だが、悲観することはない。冬はまた来る。柚子もまた作られる。毎年この日を待ちわびて過ごせるのだから、幸せである。そう思うことにした。

 こうして私は一つ、冬の楽しみを見いだし、そして失恋した。

読んでいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ