プロローグ
俺の幼い頃の世界は真っ暗だった。
暗い暗い押し入れの中では何一つ見えず、何一つ聞こえず、毎日のように暴力を振るわれ、時々親の気紛れで食べ物やちょっとした物を貰う、そんな与えられた物だけの世界だったが、物を貰えるということに喜びを覚えた。
父と母は仲が悪かった、いや昔は良かったらしいのだが、俺が産まれてから何年かしてから子疲れしてしまった父は仕事をクビになり毎日、毎日酒やギャンブルに身を染めていた。
母はそんな父を見てわけのわからないことを叫び出したりしておかしくなったらしい。
俺は物心着いた時から俺は押し入れの中に閉じ込められていて、出ることを許されなかった、そして毎晩、毎晩狂ってしまった母に殴られる、俺が泣こうが逃げようとしようがお構い無く殴り続ける『どうしてアンタなんて産まれて来たの!?』そう呪うように叫びながら…。
暴力は父も振るってきた、しかし母とは幾つも違うところがある、それはあの呪いの言葉を言わない事や、暴力が終わって酔いが醒めた後に必ず謝ってきたことだ。
『ごめんよ、俺が、俺がもっと強い心を持ってしっかりしていれば』と父は涙を流しながら俺を抱き締めるが、母の暴力にはまるっきり見て見ぬふりをする。
俺はそんな日々を五歳になるまで過ごし続けていた
人生の転機となったのは忘れもしないあの例年より暑い夏のある日だった。
その日は偶々、母の妹が小さな女の子を連れて遊びに来ていた。
俺は誰かが来た時は押し入れで声を出す処か、音が出る行為を禁じられていたから、押し入れから聞き耳をたてて母や叔母がどんなことを話しているかを聞く。
俺の両親以外は俺が押し入れに閉じ込められて虐待されていると言う事実を知らなかった。
母は他人が家に来るとやけに落ち着き、いつものように狂ったような呪詛を言ったりせずに平常心を保っている。
そんなときだった
叔母が連れてきた女の子はいきなり俺が入っている押し入れを開けた。
俺は聞き耳をたてる為に襖に張り付くようにしていたのでいきなり襖が開いたと同時に開けた彼女の直ぐ横に倒れ込んだ。
『きゃあぁぁぁー』それと同時に叔母の叫び声と母の叫び声が響き渡る。
叔母は俺が今父と遊んでもらってるから居ないと聞いていたのにいきなり俺が出てきた事に驚き、母は今まで隠してきたことの発覚に恐怖し驚いた。
母はその後呆然として叔母が救急車と警察を呼んで連行される時に『私は悪くない、悪いのはあの子よ、そうよあの子が死ねば良いんだった』ぶつぶつ呟きながら俺の目の前から消えていった。
その数時間後に首を吊って自殺をした父が見つかり、その報告を受けた母はパトカーから飛び出し反対車線から来た車に轢かれて死んだらしい。
俺はたった1日で両親を無くしてしまった。
一方俺は栄養失調で倒れて病院に運ばれた。
医師や叔母が言うにはとても安心しきった顔でこのまま眼を覚まさないと思う程に寝ていたらしい。
その日から俺の日常が変わった、眼を覚ましてからまず見たのは、美味しそうな料理だった、見たことも聞いたこともない食べ物が俺を取り囲んでいた。
そして何より世界全体が明るかった。
数ヶ月して元気になった俺は退院を許された、しかし俺が帰る場所は無く、事件の時側に居てくれた叔母が俺を引き取ってくれた。
初めの方は誰一人信じられず、押し入れの中でうずくまっていた、そんな俺を変えてくれたのが俺を押し入れから見つけてくれた女の子だった。
彼女の名前は柴川彩、彼女は俺より一つ下なのに幼稚園が終わると毎日、毎日心配して押し入れまで来てくれた。
『ねぇ、君の名前を教えてよ、それから一緒に遊ぼうよきっと楽しいよ?』
あまりにもしつこく押し入れを開けて問いかけてくるから、俺は前から気になっていたことを聞いてみた。
『どうして僕が押し入れの中に居るって分かったの?』
と聞いたら簡単そうに笑顔で答えた。
『当たり前だよ、だって君の助けてって聞こえたんだもん』
俺は今まで自分の生き方を不自由とは思ったが、辛いと思ったことは無かった筈だ、それなのに彼女は俺からのSOS信号を受け取ったと言う。
俺はその時理解した、俺は本当に苦しかった事を苦しいと言わなかったから知らず知らずの内に知らない誰かにSOSを出していたのかもしれないと。
俺はその時彼女に賭けてみたいと思った、自分の何かを認めてくれそうだからだ。
だから俺は信じてみた、神なんていない、誰もが敵だと思っていたのに。
『僕は、相原祐介』
その時彼女は本当に嬉しそうに笑顔で俺に『よろしくね』、そう言ってくれた
その日から徐々に周囲の人とコミュニケーションを取るようになった。
もし、あの日、あの時彼女が俺に気づかずにいたら今の世界はあり得なかったのだろう、闇の中から俺を引きずり出してくれた彼女に今でも感謝している。
そして俺も彼女を守り、彼女のように人を助けられるようになりたい、そう願っている。