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大人と子どもの飲み物・story99

 札幌市内に入った平ボディはコンビニの駐車場へ停まりました。

 針金を持ったランスの高下駄が荷台へ飛びのってきました。

「フヒヒ。ボクは動物園へ来たのが初めて。猿を見たのは初めて」

「子どもらしいことを言っていないで、早く鍵を開けてよ」

 ランスはエンジンキーから抜いたばかりの針金で檻の鍵を回してくれました。

 甘奈へ響かないようにという配慮なのか、ヒロが丁寧な脚つきで荷台から降りながら言います。

「Aドールくん。あんたはデータを集めて、未来を読むのが得意なんでしょう」

「ヒヒヒ。たいていの過去は複雑でむずかしい。だけど未来は簡単」

「トイレタイムが終わったら、会議をするから参加してね」

「フヒヒ。友だち会議。参加する」

 わたしもヒロの動きをまね、ゆっくり荷台から片足を出し、もう片方の足をさらにゆっくり下へ向かわせながら、5階から地面へ着くより遅く、駐車場の舗装に靴をのせました。

「ヒヒヒ。猿マネ」

 わたしはランスを無視すると、丁寧な歩調でコンビニの入口へ向かっているヒロを呼びました。

「サイダー飲みたい。お金貸してよ」

 ヒロは後ろ向きのままで首をふります。

「バッグはあんたのせいで燃えた。おごってほしいくらいだ」

 ヒロがコンビニの中へ消えていきます。

 わたしはランスへふり向きました。

「ヒヒハ。ボクも財布を持っていない。梓ちゃんたちも最初から現金がない」

「高性能の脳が寄り集まっているのに、どうして貧乏なの? のどが渇いてしかたない」

 梓は荷台の上で目を閉じています。

 わたしはランスとならんでコンビニの入口へ歩きました。

「ハハヒ。水鉄砲が欲しい。ここで売っている?」

「お金がなきゃ買えない。もしも売っていても、万引きなんかしちゃダメだよ」

「ヒヒヒ。みりさちゃんがサイダーを万引きする確率95%」

「そんなことしないから」

 コンビニでヒロに続いてトイレを借りました。

 小用を足していると、幸せくんが起きました。

「おしっこの流れる音がうるさいな。目がさめた」

「起きちゃうほど、うるさくないでしょう」

「情報源が近いから、鮮明に聞こえるんだ」

「おしっこなんか、鮮明に聞かないで」

 わたしはトイレットペーパーをつかみながら、大きな声を出しました。

「また眠ってよ。ふいている音まで聞かれたくない」

「うるさいな。どうして声を出して、話しかけるんだ?」

「音をごまかすためよ。お願いだから、この辺の音は聞かないで」

「わかったから黙れ。今、睡眠中にみりさの脳へ入ったヒロの話を再生しているところだ。みりさの音なんかどうでもいい」

「どうでもいいなら、聞かないで」

 音が鳴らないよう丁寧にふいていると、記憶の再生を終えたらしい幸せくんが文句を言ってきました。

「俺の低性能はみりさのせいじゃないか。俺と甘奈の差は、みりさとヒロの差だぞ」

{知らない。母親運が悪いのは幸せくんのせいでしょう}

「せっかく胎盤がつながったのに、おしっこの音がうるさくなっただけだ。あずさや甘奈のような、役に立つ性能はアップしていない。Cドールに操作されて、田村様をぶっ飛ばした時のクオリアはすごかったけど、自分じゃできない」

 イジけている幸せくんへ、母の声を聞かせました。

{クオリアを知っただけでも参考になるでしょう。経験値を積めば、性能が上がるはず。脳の力は思いこみだとあずさが言っていたでしょう。自分を信じてごらん。幸せくんはこれからだよ}

「これからじゃない。むしろ逆だ。ドクターSに会えなきゃ、死ぬじゃないか。会えたって、手術可能かどうかはわからない」

 わたしは言葉に詰まりそうになりましたが、母の脳に素晴らしいアイディアが浮かびました。パンツをはくのも忘れて、脳が舞い上がります。

{幸せくん、いい方法を思いついた}

 わたしの脳を読んだ幸せくんのテンションがさらにひねくれます。

「みりさはバカだな。“今の記憶をなにかへ書きとめておき、記憶をうしなった別人として生まれてから、読み直せばいい”なんて、可能なわけないだろう」

{どうして? すべてを書いておけば、後から読み直した時に、“俺は幸せくんなんだ”とわかるじゃない}

「記憶をうしなうと、記憶から消えた過去の自分は他人になってしまう。他人が書いた自伝記を、自分の人生にするなんて無理だ。試しに自分でできそうかどうか想像してみろ。自伝記としてのクオリアは発生しないはずだ。書きとめてあることは他人の情報でしかない」

{あずさはわかっていたんだね。梓のために死ぬ覚悟というのはきれいごとじゃなく、現実直視だったんだ}

「そうだ。俺やあずさは死ぬ。ドクターSに会えたとしても、記憶は死んでしまうだろう。記憶まで残そうというヒロの目標はきびしい。それが現実だ」

 わたしはパンツを丁寧にはきながら、新しい方法を思いつきました。

{こうなったら新聞社へ行って、全部ブチまけよう。もしも新聞社が国に抑えられてしまうなら、ネットで世界中へ発信しよう。世界にはドクターSより優秀な人がいるかもしれない。わたしとヒロの貯金を合わせたら手術してもらえるかもしれない。お金があればなんとかなるのが資本主義経済のルールでしょう。ホステスの貯金で足りなければ、ランスに競馬で増やしてもらおう}

「未成年が馬券を買うのはルール違反だ」

{馬券はわたしが代わりに買いに行く}

「いいか、みりさ」

 幸せくんの声が息子とは思えないほど偉そうです。

「俺たちが助かるだけじゃダメだ。マジックプランをつぶさなきゃならない。改造脳の存在は俺たちの記憶の外へ出しちゃいけない。世界中へ発信なんて考えは捨てろ」

{でも、わたしは母親だから、幸せくんが基準。幸せくんの命が第一}

「ありがたいが、よけいな考えはいらない。世界中の人が改造脳の存在を知った時、どんな認識を持つと思う? 改造脳は他人を情報操作したり、だましたり、脳の中をのぞいたりできる。宇宙には情報と認識しかないと、ドクターⅡもヒロも言っていただろう。宇宙は情報と認識のレベルが同じ者どうしでしか寄り添えない場所なんだ。地球の生物はそうだろ。人間の社会も細かいところまですべてそうなっているだろ。別レベルの改造脳は人間社会から相手にされない。だからあの人は死んだはずだ」

 わたしがようやく水を流し、トイレから出ると、ドアの前でランスが下駄の歯をカタカタ鳴らしています。

「フヒヒ。ウンチが長すぎる」

「子どもの男は本当に嫌い」

 平ボディへ戻ると、ヒロがサイダーをくれました。

「ありがとう。お金、どうしたの?」

「ないものはしかたない。情報操作で万引きしたのがイヤなら飲むな」

「いただきます」

 缶を開封した時の炭酸音を聞き、一気に飲みこむと、のどが痛いほど鳴ります。

「おいしい。生まれ変わった気がする」

 幸せくんの声も鳴っています。

「みりさ。おいしいぞ。胎盤がつながると、おいしい」

 ヒロとあずさは大人っぽい会話をしています。

「あずさ。周囲への情報操作を代わろう。トイレへ行っておいで」

「sub。わたしたちは平気です。梓はオムツのころから、トイレをガマンするのが得意でした」

 ランスが戻ってきました。ヒロに万引きしてもらったのか、安そうな水鉄砲を2つとパックの牛乳を持っています。

 飲み終えた天然水のペットボトルをヒロがかかとで踏みつけました。 

「全員そろったところで、友だち会議しようか。まずは咲藤さんのところへ行くべきかどうか。わたしは占いが大嫌い。あんなものを信じる女たちの気が知れない。だから占い師と面識がないので、人物像が見えない」

 わたしはサイダーの空缶を手でにぎりつぶしました。

「占いを嫌うから画数が悪い。13画なんて、甘奈という名前は変えた方がいい。これから咲藤さんのところへ行くなら、ついでに相談するといいよ。相談料高いけど、改造脳は金額なんか気にしないでしょう」

 舗装へツバを吐いたヒロがペットボトルをわたしのヒザへ蹴りつけてきました。

 わたしが空缶を投げつけようとした時、牛乳が顔へ飛んできました。

「ヒヒフ。脳を冷やしたらいい。ケンカするとお腹の赤ちゃんのためにならない確率99%」

 新しい水鉄砲をさっそくにぎっているランスが大人のホステスの顔を順に撃ったようです。

 ヒロがわたしの方へ歩いてくると、握手の手をさしのべてきました。わたしが躊躇しようとした瞬間、全自動で伸びた右手がヒロとつながりました。ヒロのしかたなさそうな笑顔が見えます。

「わかったよ、甘奈。あんたにこんな操作されると、親心が恥ずかしくなる」

 ヒロは握手を終えた手で、ファンデーションボックスをわたしてくれました。

「コンビニ品だけど、牛乳よりいいだろ」

 ヒロの苦笑いから牛乳が足元へポタポタ落ちています。

 子どものような梓の声が少し大人びて聞こえました。

「はい。いつも顔に出すお客さんが夜中に来る。はい」

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