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Cドールとヒロの戦火・story88

 ヒロが子宮をなでながら言います。

「あんたがせっかくがんばっているのに、ごめん。斜めの空間とバカのせいでイライラした分、操作力が落ちた」

 わたしは這いつくばった手でにぎりなおしたハンカチの、香水力にむせかえりました。

{趣味が良すぎる。男好きする匂いは女から嫌われる。イライラする}

「みりさ。それより状況に集中しろ。命にかかわるぞ」

 Cドールとヒロは微動すらしなくなりました。わたしからはCドールの汗を浮かべる表情と、ヒロの後ろ髪の艶が火を反射する様子とが見えます。

{黙ったまま、戦っているの?}

「情報の押しつけ合いだ。斜めの部屋でもヒロはCドールへ決してヒケをとっていない。ものすごい性能だ」

 わたしの体が全自動で、急に横へ倒れました。檻にぶつかった背中が格子模様に痛みます。

「痛いよ。幸せくん」

 ボヤきかけたわたしの目に大きな火の玉が見えました。

 わたしが這いつくばっていた場所で炎が上がり、すぐに消えます。火に崩れた木がバラバラと落ちてきたようです。さっきの姿勢のままなら、背中一面がヤケドを負ったはずです。

「あぶなかった。幸せくんありがとう」

「動かしたのは俺じゃない。前を見ろ」

 顔を上げると、髪をふり乱したヒロが後方へ下がり、Cドールが悠然と笑っています。

 わたしの方をにらんだヒロの声が荒っぽく刺さってきます。

「形勢は有利じゃない。よけいなエネルギーを使わせないで」

「あなたが助けてくれたの?」

「Cドールはわざとあんたたちへも情報操作をしている。あんたたちが気になってしまう自分が情けない」

「もしかして、あなた、いい人?」

 ありえないほど大きな火柱が突然登場し、ヒロへ向かって倒れてきました。活火山の噴火のような赤い暴力を、ヒロは充分に引きつけてから交わします。

 わたしはハンカチで顔を覆いました。

{あんな、火柱がどこから出てくるの? 絶対にありえない}

 幸せくんが興奮しています。

「幻想だ。だけど火柱にぶつかったら、脳は、全身が大ヤケドをしたという情報を受け、認識し、場合によっては生命活動をやめるだろう」

{脳は冷静に情報を分析できないの?}

「人間の脳の基本は思いこみだ。俺たちの脳はCドールの情報に支配されている。みりさ、ハンカチをよけて、目を開けろ。火が飛んできたら自分でかわすしかない。ヒロに負担をかけてしまうと、Cドールの思うツボだ」

{自分でかわすなんて、無理}

「俺がみりさを操作する。五感をすべてCドールに操作されている以上、幻想はふり払えない。幻想を受け入れて、ヒロのように火をかわすしかない。今度は自力でかわそう」

 わたしはハンカチを目から外し、あたえられる情報を見ました。

 ヒロは髪に飛んでくる火の粉を手で払いながら、Cドールをにらみ続けています。

{ヒロが押されている}

「そう思いこむな。ヒロに伝わり、伝わったヒロの心が無意識に弱くなる」

 強いガソリンの臭いがわたしへ走ってきました。どこから来たのか、一直線の川になったガソリンがわたしの檻へ到達すると、じゅうたんに浸透してきます。

 ガソリン川の上をまっ赤な火が流れてきました。

 わたしの脳がまっ白になります。

「もう無理」

 ヒロが自分のバッグを流れてくる火の先端へたたきつけました。バッグが燃え上がったと思うと、火柱が上へ昇り、流れてくる火はすべて上へ向かいます。

 Cドールが手をふると、火は急に消えました。

 わたしはハンカチを手の中へくしゃくしゃににぎりしめました。

{なんなの、この光景。理解できない。幸せくんにはわかる?}

「ヒロとCドールの、脳の強さが拮抗しているから、絶対性能の争いではなく、状況に応じて2人の強弱が入れ替わる」

{どういう意味?}

「ヒロは俺たちの安否へ気をとられるせいで、Cドールに押されていた。だからCドールの情報が勝ち、火の川が登場した。しかしまだ子どものCドールは人殺しを好むほど悪人じゃないんだろう。対して、ヒロは本気で俺たちを守ろうとした。人間の脳は迷いが混ざると性能が半減する。少しだけためらったCドールへ、本気になったヒロの情報が勝ち、火の川が消えた」

 Cドールが秒針のピクついている時計を見上げました。

「C。実際の火に囲まれているのだから、押したり押されたりをくりかえしている時間はない。LRS」

 Cドールは手に持っていた酸素マスクをくちびるへ装着しました。

 ヒロが田村様の檻へ手を入れながら笑います。

「体が小さいから、バテるのが早い。一酸化炭素で苦しくなったね。あんたの倉庫なのに悪いけど、わたしが勝たせてもらう」

 ヒロが檻の中の田村様のヘルメットをたたき割りました。

「もう死んだフリは終わりよ、田村様」

 酸素マスクの上にあるCドールの目が大きく見開かれます。

 わたしも大きくした目をうたがいました。

「生きていた。田村様が生きている。しかも元気すぎる」

 田村様の巨体が檻をブチ破って立ち上がると、血だらけの口の中から火を噴きました。脂をおびた火は残り少なくなった空中の酸素をすべて燃やすかのような強さで、一直線にCドールの目へ刺さりました。

 酸素マスクが吹き飛び、Cドールの小さな顔が燃え上がります。苦しむ胴体が電池切れの秒針のように前後へ揺れまどい、手足が火のように規則性なくふり回されながら、苦しみます。

 小さすぎる体はやがて力尽き、倒れました。動かなくなったCドールの体へヒロが手をさし出すと、ふたたび大きな炎が上がり、わたしが今まで嗅いだことのない臭いを出しながら、人体が焼かれていきます。

 人が燃え尽きる瞬間を見ているわたしの硬直へ、ヒロが近づいてきました。

「無駄にエネルギーを使わせた分、300万に値上げさせてもらう。この調子なら通帳に残る100万も、すぐにむしり取れそうね」

 わたしはヒロの後ろを見ました。田村様の遺体は、遺体のままです。先ほどまでと変わらない姿勢で横たわっており、ヘルメットも割れていません。

「田村様はどうしたの? 生きていたんじゃないの?」

「すべて幻想。もうクタクタだ。あんた、田村様のことより、自分の心配をしたらどう? 今あんたが見ている情報は現実の様子だよ」

 倉庫の壁と床のすき間から吹き出ていた火は壁の下地をつたわって天井まで到達しています。電池切れの時計も煙に隠れ始めました。

 わたしはまた口へハンカチを当てました。煙の臭いが香水をしのぎます。

「早くカギを持ってきて。呼吸が苦しくなってきた」

「みりさ。俺が呼吸を調節しているからだ。ふつうのペースで呼吸すると、一酸化炭素が入ってくる。この倉庫は換気が悪いし、出入りが少なかったようで、元から酸素が足りない」

「つまり、状況は悪いわけでしょう。ヒロ、早くカギをとりにいって」

 ヒロはCドールの手から落ちた酸素マスクを拾って装着しました。何度か呼吸をしてから外します。

「いい酸素が入っている。改造脳は酸素マスクを装着すると、水中にいるクオリアを脳が思い出してしまい、情報操作へ弱気になる。水中からは情報操作ができないからね。Cドールに大人の体力があり、酸素マスクを装着しなかったら、負けていたのはわたしたちの方だったかもしれない」

 ヒロは子宮をなでながら、また酸素マスクをつけます。

 わたしはハンカチの中でさけびました。

「Cドールの敗因は後で聞くから、とりあえずカギをとってきて」

 ヒロが酸素マスクをまた外し、マスクへ色を奪われたくちびるを気にします。

「バッグが燃えたという情報を脳はふり払えない。街へ戻ったら化粧品を買わなきゃ」

「ボッタクリ改造脳なんだから、化粧品なんか好きなだけ買えるでしょう。早くわたしたちを助けて」

「もうクタクタだって言っているでしょう。隣の倉庫へ行って、マジックPのバカ共を情報操作する気分じゃない。後はあんたの友だちにまかせたよ」

 ヒロの背後で、大きな破壊音が鳴りました。

{なに? 現実の情報なの?}

 燃えていた倉庫の壁の一部が崩れ落ち、鋼鉄の機械車輌が突入してきます。

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