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時間を噛み切る・story85

「いい方法を知っているの?」

「あくまでも受け身の方法だ。心配なのは時間だな。みりさ野郎からは仕掛けられないから、機会が来るまで、時間を稼ぐ必要がある。酔っぱらいは気まぐれだから、みりさ野郎を先に執刀する気へ変わらないとも限らん」

「冗談でしょう」

「ドクターS野郎も俺様がいなくなったら、ドクターD野郎は裸の王様になる。あいつの弱い心は危険だ。改造脳からのアプローチを防ぐためにワインを飲み続けているが、今では自分の弱い心をごまかす薬になっている状態だ。元々は姉への対抗心だけでマジックプランへ参加した男だから、人殺しに耐えられる精神力を持っていない。にも関わらず、殺してきた。これからも逃げ場なく、殺し続けなければならない。弱い心はワインによってなんとか持ちこたえているが、いずれ酔いに慣れ、酔えなくなれば決壊するだろう。酔いとヤケクソでなにを始めるかわからん」

 わたしは子宮を両手でかばいました。

「説得はできないの? 心が弱く優しいなら、自然脳レベルで心を揺さぶる情報を送れば、マジックPへ反逆して、わたしたちを解放するかもしれない」

「無駄だな。ドクターD野郎は心を落ちつけようとすると、脳裏に姉の影がチラつくらしい。姉への対抗心が燃えると、電気メスをにぎりたくなるらしい」

 田村様は大きな息を吐きました。ほこりだらけの床で空気の流れが表現されます。

 斜めの鉄格子を見つめていた目が疲れ、乱視模様が強くなってきたので、わたしは目を閉じました。目を閉じると空気のほこり臭さが強調されてきます。田村様の脂臭が混じります。

「みりさ野郎は疲れたか? 俺様は元気が出てきたぞ。自然脳はエネルギー消費が少ないから、ラクでいいな」

 ラクそうには思えない大きな呼吸が、わたしの顔へ飛んできた時、子宮から声が湧きました。

「みりさ。だいじょうぶか?」

「幸せくん」

 目を開けると、田村様の目が大きくなっていました。

「独り言か? いや、小魚野郎が目を開けたか?」

「幸せくん無事なの? 気分は悪くない?」

 わたしの記憶を高速で読みとったらしい幸せくんがたくましい口調です。

「脱出するんだ。俺はがんばるぞ。底辺のままでいられるものか。経験して強くなってやる」

「小魚野郎はなんと言っている?」

「幸せくん、気合が入っているみたい。がんばって強くなるって」

 田村様のブ厚い目が細くなります。

「その意気だ。自分を半信半疑では弱くなり、情報操作のエジキになる。幻想ばかりの生活をさせられるぞ」

 田村様の声が聞こえる幸せくんの返事は気合をたっぷり感じさせます。

「みりさ。田村様へ聞いてくれ。ここはどこなんだ? “田村様はドクターの居場所を知っているはず”というランスの情報があった。ここはどこなんだ?」

 わたしが幸せくんの言葉を反復すると、田村様の太った眉間にしわが寄りました。

「俺様はドクター野郎共の居場所なんか知らなかった。情報屋野郎頼みだったから、探そうともしなかっただけだ。なかなか正確な情報屋野郎だからな。ここへ来られたのも情報屋野郎から“Dドールがみりさをマンションより拉致する”という連絡が入ったので、みりさ野郎のマンションで待ち伏せ、尾行できたからだ。現在地は野幌森林公園から東へ数キロ行ったところにある、森だ。森の中を抜ける道路から100メートルほど脇へ入ったところに古い倉庫が2つならんで建っているが、森が濃いせいで、道路からは見えないだろう」

「幸せくん、聞こえた?」

「聞こえた。引き続き、田村様に聞いてくれ。受け身とかいう脱出方法はなんだ?」

「幸せくん、気合が入っているわりには、なんでも田村様に聞くんだね」

「うるさい。まず情報収集だ。俺たちが先に手術されるかもしれないぞ。時間が心配なら、無駄口をたたくな」

 わたしは子宮をなでていた手を止め、田村様へ聞きました。

「受け身の脱出方法を教えて」

「タクシーで貴様たちを追跡していると、ハチが見えた」

「ハチ?」

「季節はずれのスズメバチが2匹、みりさ野郎たちのタクシーの屋根へしがみついていた。Dドール野郎に対して情報操作をしていたから俺様の追跡は気づかれていない。不思議なのはDドール野郎がスズメバチへも気づいていない様子だったことだ。羽虫は視界へ入りにくいので、特徴的な羽音を聴覚で聞き分けるのが改造脳の常套手法だが、Dドール野郎は聴覚での情報収集性能を意識的に下げていたのかもしれん。理由はわからん」

「もしかして」

 わたしは思い当たりました。

「あずさの情報操作を受けたスズメバチが2匹、わたしたちを追いかけてくれていた。情報テリトリーの境界で別れたところで、Dドールに会った。ランスにわたされた水鉄砲がただの大音響弾だった」

「ランス野郎か。大音響弾をみりさ野郎が持っているのを知ったなら、Dドール野郎は無意識に聴覚を下げるだろうな。下げたままになっていたのか」

「でもスズメバチはもうついて来なかった」

「いや、たぶん来ていたな。ドクターD野郎が言っていただろう。あずさ野郎もランス野郎も橋の下にいなかったと。あずさ野郎とDドール野郎は最初から互いを意識していたわけだ。あずさ野郎はテリトリーの境界へ着かないうちにわざとハチを離脱させた。スズメバチの存在をすでに掌握していたDドール野郎はハチの離脱によりあずさ野郎の目が離れたと判断して、みりさ野郎の前に登場した。しかし実際にはまだハチの追跡が続いていた。ランス野郎の大音響弾で耳をふさがれ、Dドール野郎はスズメバチのさらなる追跡を聞き逃した。みりさ野郎とDドール野郎が出会ったとハチからの視覚情報で知ったあずさ野郎は橋を出発した。自分が動けばテリトリーも動くから、どこまでもハチで追跡できる。みりさ野郎は常にあずさ野郎のテリトリーの中へいたことになる。おそらく現在もテリトリーの中だ」

 わたしは子宮を抱きしめました。

「じゃあ、あずさとランスが近くに来ているの?」

「あの2人なら、それくらいの策は立てられる。問題はここからだ。あずさ野郎の性能ではドール野郎共の裏をかけても、面と向かえば勝てない。2人は慎重に次の策を練っているはずだ。2人の能力なら、ここでもなんとか勝つ方法をいずれ見出すだろうが、時間的に、まにあうかどうかはわからない」

 田村様の寝ているじゅうたんが、脂汗で黒味を増しています。わたしの手の中にも汗がにじみます。

「幸せくん。気合を見せる場面だよ。気合で時間を止めてごらん」

「うん。方法がわかれば止めてやる」

「少しは自分で考えなさいよ」

 田村様が巨体を動かしました。わたしたちの方へ横向いていた体をせまい檻の中でぎゅうぎゅう動かしながらあお向けになります。

「いくらなんでも時間を止めるのは無理だ。Cドール野郎でも、ドクターS野郎でも無理だ。俺様が時間を稼いでやる。後はあずさ野郎にまかせよう」

「田村様がどうやって」

 田村様の顔にほこりが降ってくるのが見えます。ほこりを吸いこむように笑った田村様がくちびるをなめました。

「少し血を見るから覚悟しておけ。脂ののった舌を噛み切るからな」

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