ジャンケンで決める戦争・story83
{どうして田村様は出入口がわかるの? 改造脳だとしても、あずさより弱いわけでしょう。山へ来た高性能はあずさより強かったでしょう。ということは、田村様は山へ来た高性能よりずっと弱いから、わたしと同じでだまされるはず}
「みりさ。そんなことよりヘルメットをかぶれ。また田村様に幻想を見せられるぞ」
幸せくんに言われたわたしは急いでヘルメットへ手を伸ばし、かぶり直しました。
しかし田村様が豪快に笑います。
「みりさ野郎はともかく、小魚野郎はなにをしている。ヘルメットで情報操作をクリアできるなら、かぶった時に、小魚野郎が受信する景色情報もガラリと変わるはずだろう。どうして気づかないのだ。酔っぱらいのウソなど真に受けるな」
幸せくんが息を飲みます。
「そうだ。どうして気づかなかった」
わたしはヘルメットの無駄な重みをずっしり感じました。
{幸せくん、どうして気づかなかったの? 少なくともドクターⅡがウソをついた時に、わかるはずでしょう}
「脈拍が変動する場面はなかった。ドクターⅡは1つもウソをついていないはずだ。だからついヘルメットが情報をガードすると信じこんでしまった。かぶってもなにも変化はないのに。脳の思いこみはおそろしい」
田村様が笑い続けます。
「どうやらいいワインのようだな。悪酔いだと、脈拍に変化が出ることもある」
ドクターⅡの上半身が椅子の上で揺れました。
「田村様か。ひさしぶりに貴様の脂の臭いをかいだ」
「貴様の酒の方がはるかに臭う。Cドール野郎も元気そうに見えるな。背はあまり伸びないようだが、経験値で性能だけは伸びているようだ」
わたしは目をこすりました。
「誰か、どこかにいるの?」
わたしの平凡な声は無視されました。
ドクターⅡは田村様だけを見ながら、ぐったりした手つきでワインボトルをにぎります。
田村様が床へどっしりすわり、ドクターⅡをにらみます。
「最後の酒はどんな味だ?」
「最後? 明日も飲むぞ。もっと上物を用意してある。貴様にここで踏み殺されるつもりはない」
「貴様にはもう生きている意味がないだろう。最後の1本を飲ませ、最後の仕事をさせ、踏み殺してやる」
ドクターⅡがくちびるへボトルを少しだけかたむけました。首までだらしなくワインがこぼれます。
「姉の居場所なら知らん。この場所を見つけたくらいだから、貴様の方がよほど鼻がきくだろう。自分で探せ。見つけたら、俺にも教えろ。それを貴様の最後の仕事にしてやる」
「本当に知らんのか?」
わたしはヘルメットの中で脳の混乱を整理することにしました。
{田村様はどうしてドクターⅡの脳の中をのぞかないの? ウソをついているかどうかわかるはずでしょう。そもそもどうやってここへ来たの? そもそもここはどこなの?}
すわったままの田村様がわたしの方へ体をよじります。
「みりさ野郎。ごちゃごちゃ考えるな。今は、この酔っぱらいの相手をしているんだ。貴様の相手は後でゆっくりしてやる」
わたしはヘルメットを脱ぎました。
{やっぱりこのヘルメットは本物のインチキだ。かぶっていても光子情報は筒抜けだ。汗で蒸れるだけ、損をする}
田村様が短銃を出すと、ドクターⅡへ向けました。
「おい、酔っぱらい野郎。貴様の姉野郎はとりあえず置いておく。あいつは神才だろうがなんだろうが、しょせん自然脳だ。それより小魚野郎の兄弟野郎共のリストをよこせ」
ドクターⅡがボトルをまたかたむけようとした瞬間、銃声が鳴り、ボトルが粉々に砕け、ワインが出血のように飛び散りました。反響する銃声の中、ドクターⅡが手に残った小さなボトル片を後ろへ捨てました。
幸せくんがつぶやきます。
「こんな狭い部屋なのに、銃声の反響が大きすぎる。情報操作も不意を突かれると対応できないわけか。俺たちはすごく広いスペースにいるんだな。壁なんか本当はない。田村様はさっきからずっとそこにいて、田村様の太鼓腹をたたいた感触が周囲と微妙にちがったように感じられたわけだ。もう1人、情報操作の主が透明な姿で同じ空間にいる。問題は情報操作が田村様へ行われていない点だ。銃を向けてくる敵をどうして操作しない」
田村様が銃をドクターⅡへ向けたまま、誰もいない方をにらみつけます。
「Cドール野郎。出てきて、小魚野郎の相手をしろ。あいつらがうるさくてかなわんが、俺様は相手をするヒマがない。俺様の言うことを素直に聞かない場合、貴様がどうなるか、わかるだろう」
ドクターⅡの首が同じ方向へ曲がりました。
「Cドール。田村様の指示にしたがえ」
わたしは舌をかみそうになりました。空気の中から背のすごく低い少年が登場したのです。少年は高下駄をはいています。下駄がなければもっと背が短いでしょう。白い服装に白い肌はDドールと同じです。
「C。すべての情報操作を解除しますか? FGL」
田村様が偉そうに言います。
「そんなことはどうでもいいから、小魚野郎に教えてやれ。小魚野郎の性能は最低であり、ドール野郎共のおもちゃでしかないと。ドール野郎の性能は田村様にかなわず、おもちゃにしかなれないと」
Cドールがわたしたちのそばへ歩いてきます。
「C。今聞いたとおりだ。RXM」
「俺の声が聞こえるか」
幸せくんが相手をします。
「C。もちろんだ。FBAD」
「Cドールということは、あずさを山で操作したのはおまえか?」
「C。そうだ。YU」
「じゃあ、おかしい。あずさより高性能なのに、どうして田村様へ従順になる。どうして田村様を操作しない。ドクターⅡが撃たれるぞ」
「C。田村様をボクは操作できない。勝ち目はない。LKZ」
「どうしてだ。理屈に合わないぞ」
田村様が立ち上がりました。
「性能が低いだけあって察しが悪いな。強弱関係が単純なら、戦争も単純になる。しかし神も想像だにしなかったジャンケンの関係がこの戦争を複雑にしている。戦士野郎共は慎重になる」
「貴様は慎重に見えんぞ」
ドクターⅡが銃を見ながら言いました。
幸せくんは慎重な声を続けます。
「性能の勝負なのに、どうしてジャンケンの関係ができる? ジャンケンだとしても、ドクターⅡはどの立場だ? ヘルメットがウソなら、田村様やCドールからかんたんに操作されるはずなのに、田村様は脳の中をのぞけていない。どうしてだ?」
「C。ドクターⅡの脳は自然脳だ。自然脳は状況によって、光子情報を自分勝手に放出する。自分勝手な情報をのぞいても、真実ではないから意味がない。自分勝手なウソをついても脈拍が変化しないから、胎児は気づかない。SPO」
「状況。自分勝手。そうか」
幸せくんがうなりました。
「ドクターⅡはアル中じゃなく、わざと酒を飲んでいるんだ。みりさも何度も酔っぱらった経験があるから、わかるだろう。人間は酔っぱらうと脳が自分勝手になる。相手が改造脳でもひるまない。姉の居場所を聞かれても、自分に必要ないなら、いちいち思い出したりしない。我が道を行く状態だ。ウソをついても脈が変わらないし、顔色も動じない。だから田村様は脳の中をのぞけない。CドールもドクターⅡの脳を読めない。脈拍や血圧が精神的な影響を受けないから、俺もウソを見抜けない」
{じゃあ、ヘルメットでブロックしていたわけじゃないの?}
「あれはただの汗帽子でしかない。あとはジャンケンの謎だけだ」
Cドールが口を開きかけましたが、田村様が数倍大きな声を出します。
「いずれにしろ小魚野郎はジャンケンの輪には入らん。どこへいっても1番低い立場だ。貴様の実力を知ると、兄弟野郎共のリストなんか欲しくなくなるが、兄弟の実力が皆同じとは限らんからな。ドクターD野郎にはよくわかるだろう」
田村様がぶよぶよ笑いながら、ドクターⅡの顔へ銃口を近づけました。
ドクターⅡの目が見開きます。
「貴様の言うとおりだ。俺には優秀な姉へおびえる気持ちがよくわかる。今の貴様のおびえもよくわかる。日高の胎児たちへひどくおびえているようだ。ここにいる小魚胎児は大したことないようだが、あずさは優秀だ。もっと優秀な者もいるだろう」
「Cドール野郎では俺様に勝てんぞ。もちろん酔った貴様が、銃を持つ俺様を倒す奇跡も起きん。貴様は神じゃないからな」
田村様がドクターⅡの顔の肌へ銃口を押しつけました。ドクターⅡの酔ったほほがゆがみます。
2人の間が緊迫してきましたが、幸せくんは場の緊張感を無視するように、自分の殻へ閉じこもり、小さな声を出しました。
「俺は出来が悪いということか。あずさより劣っているのは、母体のせいじゃなく、俺の資質なのか」
わたしは母の声ではげまします。
{だいじょうぶ。胎盤がつながったわけでしょう。性能がアップしている。自信を持って、田村様をやっつけよう}
幸せくんの声がさらに小さくなります。
「胎盤がつながったと思ったのは幻想だった。Dドールの情報操作で、幻想を見せられていた」
{でも、おかしいよ。幸せくんはDドールに会う前から、いい考えが浮かんだ、って言っていた。胎盤がつながったから言ったわけでしょう}
幸せくんの声がどんどん細くなります。
「あの時から操作されていたのかな」
わたしは本当の声を大きく出しました。
「しっかりしなさい。自分を信じなさい」
ドクターⅡのとろんとした目と、田村様の脂ぎった目がこちらを見ました。割れたボトルから床へこぼれたワインがわたしたちに向かって流れてきます。
「みりさ野郎。そろそろ黙れよ。主役はこっちだからな」
「脇役ならもう帰してよ」
「貴様たち自身がここへ来るのを望んだはずだろう。そこでじっくりマジックP崩壊の瞬間を楽しめ」
田村様はドクターⅡへ向き直りました。
「Cドール野郎を操作すればリストはかんたんに手に入る。貴様は殺す」
「俺は貴様を殺さん。実験体として、もう1度檻へ入ってもらおう」
ドクターⅡの声と同時に、田村様の巨体が後ろへ吹き飛びました。ドクターⅡもCドールもなにもしていないのに、力士のような巨漢が宙を飛びました。床へ後頭部を打ちつけ、そのまま動きません。
幸せくんがうめきます。
「俺だ。俺が全自動で、田村様を吹き飛ばした」
{幸せくんが全自動? どういう意味?}
ドクターⅡが床へこぼれているワインを踏みながらわたしたちのそばへやってきます。
「おめでとうを言おう。貴様たちの胎盤は今朝すでに接続されていた。胎盤の接続により、性能もアップしている。せっかくの感動が、Dドールのせいで幻想のように感じられていた。申しわけない」
わたしは動かなくなった田村様の巨体を見つめました。
「なにが、どうなったの? 田村様はどうして飛んだの?」
「貴様の胎児の高性能操作によって、失神している。実験体とするために、巨大な檻へ運ぶ。隣の檻に、もう1つの実験体を収監しよう。性能の高い胎児だから、丁重に扱おうと思う。1つ付け足すが、性能がアップしたといっても、Cドールに及ぶものではなく、彼の情報操作からは逃れられない」
わたしの意識が丁重な速度で、薄くなっていきました。




