秘密を押してみる・story8
学生のころの友人で、連絡をとり合っている人が何人もいます。店にも友人と呼べる女の子が複数います。
ですが「妊娠」を誰へも話す気になれません。
「あの人」のことすら誰にも話していません。
わたしは、軽々しく口を開くタイプではなく、誰かへなにかを話す時はいつも慎重にタイミングを選び、言葉を選びます。
しかし今回は慎重になっているというのではなく、話す気持ちになれないのです。知られたくないとか、隠したいとかではなく、じゃあなにかと聞かれたら、ちょっと困るような、不思議な気持ちです。わたし自身、軽はずみなセックスや妊娠が夢のような事態に思えるので、「夢を誰かへ話してもしかたない」という心持ちになっているのかもしれません。
唯一咲藤さんへは話せそうです。わたしが信奉している占い師さんです。職業が神秘的なので夢の話でも照れずに話せそうですし、結局わたしが最も信用している人間は彼女なのだと、こんな折に気づかされます。ただ相談料が高いので、行くかどうかいつも慎重に考えてしまいます。
考えた末に今回はやめました。
話す必要はないのです。
中絶するしかないのですから。
友人たちへも、咲藤さんへも話さない。もちろん「あの人」へは話せない。お腹の赤ちゃんがこの地球で、この宇宙で存在したことを知るのはわたしだけ。
でもわたしのことを知っている人だって、大した数ではありません。
下腹部をそっと押してみました。赤ちゃんにはわたしのことを知ってほしい。
押すのをやめました。知られても恨まれるだけでしょう。
知られる必要はないのです。