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浮き沈みする慎重さ・story78

 わたしが少年Dの手首をつかんでマンションを出ると、目の前の広い通りでは通勤ラッシュが始まっていました。

 手首を軽くひねると、少年Dの顔がゆがみます。

「あんたの、まっ白で下駄ばきという格好は不思議すぎる。わたしたちを周囲に対して透明にしなさい」

「D。すでになっている。LOF」

「ドクターSDはどこにいるの?」

「D。札幌の東端にある野幌森林公園へ潜伏している。LSX」

「森林公園?」

「D。ハイキングコースから外れた場所に、枝を組んでつくった小屋がある。AED」

 完璧なメイクで浮かれながら、わたしはタクシーを探しました。

 幸せくんがわたしに代わって慎重です。

「みりさ。タクシーはマズくないか? またマジックPの運転手だったら危険だぞ」

{さっきは早朝の街外れだったけど、ここは都心だからタクシーがたくさんいる。マジックPも小細工できないよ。まさか札幌中のタクシーがマジックPではないでしょう。だいじょうぶ}

「いくら顔をきれいにしても、必死に手を上げても、透明なままでは止まってもらえないぞ」

 わたしは少年Dの手首をにぎる手に、力を入れました。

「わたしの姿は完璧だけど、あんたが風変わりだからダメなの。ふつうの少年らしい格好に変身して、わたしたちの透明情報を解除しなさい」

「D。了解。LJD」

 少年Dは返事をしましたが、別に変わったようには見えません。

「早くしなさいよ」

「D。ボクは私立小学校の制服を着た少年という情報を周囲に出している。標的Mはそのままの姿だ。ただし胎児が光子情報をブロックしているせいで、標的Mの目にはボクのありのままの姿が見えている。AZB」

 わたしはうなずきました。

「そういうことね。なんだかややこしいけど、とりあえずタクシーの運転手にはわたしたちが見えているわけね。幸せくん、まちがいない?」

「アルファベットDの言ったとおりになっている」

 わたしはタクシーを呼び止めました。

「みりさ。運転手に“マジックPですか?”と質問しろ。相手の返事がウソかどうか、俺にはわかる」

 わたしは少年Dを先に座席へ押しこんでから、「運転手さんはマジックPですか?」と聞きました。

 ヘルメットをかぶっていない、ハゲ頭の運転手が妙な顔つきをします。

「お客さん、今なんて言いました?」

{幸せくん、どうなの?}

「だいじょうぶ。マジックPという単語に脈拍が反応しない」

 青白いくちびるでニヤニヤしている少年Dの横へ、わたしはすわりました。

「なんでもないです。ええと、森林公園?」

 少年Dが運転手へ言います。

「D。国道12号線を東へ向かってください。JS」

 ドアが閉まり、タクシーが走り出します。

 わたしは鼓動がうれしくなるのを感じました。

{もうすぐドクターに会える。幸せくんの手術を約束してもらう。貯金ならある}

「みりさ。すんなり行くと思うか?」

{行くよ。ドクターは1人で隠れているから、心細い。わたしを歓迎してくれる}

「俺は不安が増すばかりだ。とんとん拍子が過ぎる。もう少し慎重になるべきだ」

 となりの少年はニヤニヤしたくちびるを舌でなめています。

 わたしは本来の慎重な鼓動をとり戻そうとしながら、少年Dをにらみました。

「会話を運転手へ聞こえないようにしなさい」

「D。了解。DC」

「まちがいなく、ドクターSDのところへ案内してくれるんでしょう。ウソだったら、白い顔がまっ赤に腫れるまで、たたき続けるからね」

「D。まちがいなく、ドクターの前へ連れていく。HVB」

 わたしの鼓動がふたたび軽やかになりました。

{幸せくん、だいじょうぶだよ。なんか眠くなってきた。寝不足だし、うまく行きすぎて気がゆるんできたかな}

 少年Dの手首をにぎっているわたしの手首が、少年Dのもう1本の手でにぎられました。

「D。気がゆるんだわけじゃない。ボクの操作だ。SX」

 鼓動の混乱する音が、眠りかけている脳へ響いてきます。

「どうして、わたしの心の声があんたに聞こえるの? 幸せくんがブロックしているはず」

「D。標的Mの胎児の能力を少しだけ尊敬する。不安が増す、という読みは正しかった。だけど情報戦においては、まったく役に立たない脳だ。赤ちゃんの手をひねるように、たやすくだませる。君たちは、ボクと対等に戦える脳じゃないということだ。おやすみ。JAD」

 わたしの顕在意識は停止しました。

 潜在意識が夢を見ました。

“あの人”が優しいくちびるで言います。

「もっと慎重に。相手は地球でもトップクラスの、強敵だ」

 幸せくんがきつい口調です。

「慎重になれと言っただろ」

 梓が煙草をくわえています。

「はい。スズメバチに注意」

 ランスがわたしへ水鉄砲を向けます。

「ヒヒヒ。みりさちゃんはバカ。ヒヒヒ」

 わたしは大きな声を出しました。

「だいじょうぶ。母を信じなさい。必ずきれいな化粧で、きれいな手術をするから。魚をたくさん買ってあげる。水鉄砲と煙草と貯金通帳も買ってあげる。胎盤をつなごう。手術でつなごう」

 誰かがいます。まっ白な声で言います。

「D。胎盤はまだつながっていない。すべて幻想だ。ボクは標的Mと胎児の脳を完璧に操作した。HAC」

 わたしは目を開けました。鼓動がゆっくり鳴っています。

 タクシーの座席ではありません。硬くて黒い床の上へうつ伏せで寝かされています。

{誰がタクシーのお金を払ったんだろう}

 顔を上げると、黒い床の上に白い少年が立っていました。

 少年の視線の先では、白衣を着た男が大きな椅子に深くすわっています。

「おまえらしい方法だな、Dドール。1番ラクな方法で連れてきた。リストが正しければ梓のほかに、あと3人の妊婦の確認がとれていない。急いで探せ。梓の所在地はこの女から聞く」

 白衣の声は威厳をおびています。

 わたしは慎重に上半身を起こしました。

 少年Dがわたしを見下ろします。

「D。約束は守った。ドクターを紹介する。LTGE」

 ドクターと呼ばれた白衣の男は中年で細身でした。鋭い目鼻の浮かぶ顔には威厳がありますが、頭にはヘンテコで大きなヘルメットをのせています。

「大声で寝言を言う女だな。悪いがここでは胎盤をつなぐ手術を実施していない。おまえたちにふるまわれる術式は脳改造だけだ」

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