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世界の頂点をめざす・story77

 下駄の音がわたしの1メートルほど前で止まりました。

 幸せくんが断言します。

「ランスと同じ高下駄だ。まちがいなくマジックPだ」

{ランスと同じなら、改造脳ではないのかな。ふつうの男の子なら、ケンカしても勝てる}

「俺たちを透明にしている。高性能の改造脳だ」

 背格好はランスと同じです。下駄の高さも同じです。

 しかし脳はちがうようでした。

「D。ふつうのケンカをするつもりはない。GTYU」

 低音の声が意味不明なアルファベットをつぶやきます。ランスよりかわいらしい顔をしていますが、冷酷で冷静で冷徹な印象をあたえてくる声です。

{まちがいなく改造脳だ。わたしたちの脳内会話を聞かれている}

「D。大昔、アメリカ大陸で発せられた声が日本へ聞こえてくることはありえなかった。しかし現在では常識だ。電話にしろ、衛星中継にしろ、ほんのわずかなタイムロスしか障害はない。同じ歴史がくりかえされるだけだ。いずれすべての人間が相手の心を知るのが常識になる。人の心をすべて知り尽くし、耐えきれなくなり、呼吸を止める。UQAL」

 わたしは大きな声を、無言でさけびました。

{すべての人間が脳の手術を受けるわけないでしょう。改造人間が、調子にのらないで}

 かわいい少年の顔が、冷たい笑顔に変わりました。

「D。すべての人間が改造されるわけでは、もちろんない。改造された脳のみが生き残る。ただそれだけのことだ。AMI」

{そして耐えきれなくなって、死ぬの? ふざけている}

 少年の笑顔が朝日を浴びながら、冷たく輝きます。

「D。一部の優秀な脳は耐えられる。完璧な脳には感情がない。ボクは他人の心がどう見えようとも、脳が揺るがない。死ぬ気はしない。完璧な人間たちだけが生き残り、完璧な文明を作りなおす。RXJ」

 少年は携帯電話を耳へ押しつけました。

「D。標的M、補足。地点HL。ERV」

 わたしは水鉄砲をかまえ、少年の目に向かって撃ちました。

 札幌中が吹き飛んだかのような、ひどい暴音が鳴り響きました。朝日も吹き飛ぶような爆裂音でした。わたしは水鉄砲を放り投げ、耳の痛みを両手で押さえました。

 しかし水鉄砲からはなにも発射されていないようです。

 無傷の少年が冷ややかに笑います。

「D。ただ大きな音が鳴っただけだ。情報操作しているから、我々の音も姿も周囲へは影響しない。カムイッシュからの脱走者は、いったいなにを狙っていたのかな。LART」

 びりびりふるえる鼓膜で少年の声を聞きながら、わたしはイラ立ちました。

{ランスのバカ。この水鉄砲はなんの役にも立たない。脳の中を全部読まれて、気分悪い。幸せくん、いい考えを持っているんでしょう。なんとかして、アルファベットバカをやっつけて}

「わかった。一か八かやってみる。とりあえず俺たちの脳内の声がアルファベットバカへ聞こえなくなるようにしよう」

{そんなこと、できるの? 幸せくん、どうしたの?}

「さっき、胎盤がつながったんだ。栄養がガンガンくるから、力がみなぎる」

{胎盤? つながるのはまだ先じゃなかった?}

「予定どおりにいかないのが、人間の体だ。人間の体は自然にまかせてこそ、神秘的ですばらしい。改造手術バカには負けられない」

 アルファベットのDにこだわる少年が不思議そうな顔をします。

「D。おかしいな。標的Mが幻想クオリアを使えるとは聞いていないのに、脳の中が突然見えなくなった。R」

 わたしは子宮を抱きしめました。

{幸せくん。成功しているみたい。最高}

「自分でも信じられないな」

{ついでだから、バカ少年を気絶させて}

「それは無理だ。急になんでもかんでもはできない。こっちの心を読まれないようにしておく。幻想も見せられないようにしておく。つまり、ふつうのおばさんと少年の関係だ。あとは自分でなんとかしてくれ」

{おばさん? 21の女を、おばさん、って、あんたどれだけ非常識なの?}

「いいから早く、この場をなんとかしろ」

{朝がくるたびに、今の発言を思い出すからね}

 わたしはさらにイライラした目を少年Dへ向けました。

「あんたは感情がないわりに、表情がランスより豊かだね」

「D。表情を作るのは自然脳との交流手段のひとつだ。他の理由はない。GA」

「アルファベットがうるさいんだけど」

「D。そんなことより、いい胎児を子宮に置いた。光子情報をブロックされるとは思わなかった。HW」

「少なくとも、わたしたちを情報でだますのはもう無理よ。ふつうのケンカで青白いあんたに負ける気はしないから覚悟しなさい」

「D。イライラしている声だ。逃げ出したい気持ちになる。GLZ」

 わたしは1歩前に出て、少年Dの手首をつかまえました。

「逃がさない。あんたがいろいろと必要なの。言うことを聞かなきゃ、手首をねじあげる」

「D。ボクは肉弾戦の訓練を受けていない。したがう。なにをしたらいい? KAC」

「まずは一緒にマンションへ来てもらう。マジックPが待ちかまえていたら、そいつらを気絶させて」

「D。簡単なことだ。KQX」

「わたしの身支度が終わったら、ドクターSDを一緒に探してほしい。あなた、居場所を知っている?」

「D。ドクターの居場所は誰も知らないことになっている。ただし知っている者が5名いる。ボクたち“ドクターSDを親とする世代”は潜伏先を知っている。ドクターSDがマジックPに殺されては困るから、絶対の秘密だ。DDUW」

「わたしたちを案内できる?」

「D。ドクターに危害を加えないと約束してくれるなら。大きな音の水鉄砲すら向けないと約束してくれるなら。WEW」

「じゃあ出発」

 わたしは白い手首をつかみながら歩き出しました。

 幸せくんがぶつくさ言います。

「なんか、すんなり行きすぎじゃないか?」

{いちいちつまずくより、いいでしょう}

「そうだけど。なんか気になる」

{若すぎるくせに、考えすぎ}

「みりさは浮かれすぎだ。いつもの慎重さはどうした。化粧できるのがそんなにうれしいか?」

{化粧だけじゃない。シャワーを浴びて、着替えて、魚たちにエサをあたえて、クレジットカードと貯金通帳を持って、ドクターSDのところへ行ける。完璧な1日になりそう。浮かれるに決まっている}

「なんか、おかしい。そんなにうまくいくかよ」

 幸せくんは考えすぎでした。

 なにもかもうまくいきました。

 マンションの近くでマジックPの1人を気絶させ、さらに4階からエレベーターへ乗りこんできた1人を気絶させ、部屋の中にいた2人も気絶させたので、なんの障害も停滞もなく、わたしは自分のソファへすわれました。

 少年Dはどこまでも素直です。わたしの指示どおり、気絶させた男たちの手をスーツベルトで後ろにしばり、リボンで目隠しをしました。白い首でうなずきながら、なんでもおとなしくしたがいます。自分に同じ処置をされても、文句1つ言いません。

 全員をトイレへ閉じこめてから、ソファでトイレのドアが開かないように細工したわたしは、ゆっくり服を脱ぎ、シャワーを浴びました。

「みりさ。のんびりするなよ。少年Dがその気になったらマジックPの男たちを目ざめさせられるんだぞ」

{誰かが動いたら、ここからでもわかるでしょう。しっかり見張っていなさい}

「シャワーで髪が濡れても、周囲がはっきりわかる。胎盤完成効果はすごい」

{あずさをびっくりさせられるね}

「ドクターのところへ行くなら、あずさたちと一緒の方がいい。橋へ戻ろう」

{あずさはぐっすり寝ているでしょう。まずは単独でドクターの居場所をつきとめるよ}

 シャワーを終えたわたしは金魚のご機嫌をうかがい、マジックPの男たちに荒らされた冷蔵庫からサイダーを出し、寝室へ行きました。下着を中心に衣裳ケースがぐちゃぐちゃにされています。

 鏡台へすわりました。鏡台の引き出しもひっくりかえされています。

{あいつら、気絶だけじゃ、許せなくなってきた}

「いいから急げよ」

{焦らないで。肌がまだ熱いから、ファンデーションが使えない}

 しかし予想以上に化粧もうまくいきました。髪も理想を超えたできばえになりました。

 わたしは大きな声を出しながら、金魚へもう1度エサをばらまきました。

「胎盤はわたしにもラッキーアイテムだよ。この勢いなら世界の頂点に立てるかもね」

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