死者になる交差点・story74
山の風景が終了した国道沿いに、大きなショッピングセンターやホームセンター、靴屋さんにパチンコ屋さん、コンビニなどがならんでいます。まだ朝早いですからどれもじっとしていますが、山から下りてきた目には活気づいているように見えます。
もちろん各種病院もあります。
わたしは個人病院の白い看板を見つめながら、考えました。
「ドクターSDが札幌にいるなら、大雪山系の施設の研究はどうなっているの?」
「ヒヒフ。みりさちゃんはバカ。今時、研究データは離れた場所でもすぐに入手できる」
「手術はどうするの? 誰でもできるほど簡単じゃないでしょう」
「ハヒヒ。ドクターSDは乳幼児の脳改造ができる唯一の人。大雪の第二期実験になくてはならない存在」
「だから、今は大雪にいないわけでしょう。どうしているの?」
ランスが初めて信号で停まりました。
「ハヒヒ。そんなことは知らない。ボクはマジックPじゃない」
「なによそれ。情報の詰めが甘い」
車が動き出し、大きな総合病院の前を通過します。
「ドクターⅡという人は今どこにいるの?」
ランスもあずさも答えません。
交番のそばにある信号でまた停車します。
「sub。ごめんなさい、みりさ。わたしたちもすべての情報を持っているわけではないですし、持っている情報の真偽はわかりません。これから全員で確かめましょう。まずはトラックを捨てましょう。偽装情報をいつまでも出し続けるのは体力的に無理です。タクシーへ乗り換えて、市の中心部へ行きましょう。ドクターSDや田村様が紛れこむなら、繁華街の可能性が大きいですから、まずそこから探しましょう」
わたしはうなずきました。
「わたしのマンションもススキノのそばにあるの。よかったら寄って」
「フヒヒ。みりさちゃんはバカ。みりさちゃんの部屋も、咲藤さんと同様のマークを受けているに決まっている」
ランスは大きくハンドルを回し、トラックをスーパーの駐車場へ停めました。
わたしたちはトラックを乗り捨て、空車のタクシーが通るのを待ちます。
「お金はどうするの?」
「sub。しかたありません。タクシーはなんとかします。市の中心部の近くで、人の目から隠れながら、休憩できる場所はありますか?」
「ホテルとか?」
「sub。お金がないから、ホテルはダメです」
「従業員の脳を情報でごまかすことができるでしょう。タクシーもそうするつもりでしょう」
「sub。わたしは常に情報を出していられるわけではありません。体力には限界があります。今も少し休憩したいくらいです。わたしが休んでいる間に、人目へつくと困ります。山中の池であれば、緊張状態で寝ていても人間の接近に気づけましたが、市内では人が多すぎて無理です」
「じゃあ休んでから市内へ行こうか?」
「sub。同じことです。これから長い戦いになりますから。どこか人目を逃れられるところを見つけて滞在場所にしましょう」
ランスが高下駄を早朝の空気に向かって踏み鳴らします。
「ハヒヒ。みりさちゃんの仕事は案内人。場所を早く決めてほしい」
「わかっているよ。とりあえずタクシーに乗ろう」
通りがかった空車へわたしは手を上げました。
車内には禁煙というプレートが貼ってあり、梓の目が曇ります。
わたしの目はそれ以上に凍りました。
「バイクじゃあるまいし、どうして運転手さんはヘルメットをかぶっているの?」
「sub。市内の方へ行ってください」
運転手へ話しかけたあずさの声色は落ちついています。
「sub。マジックPは田村様とわたしたちをつかまえるために網を張っているようですが、水ヘルメットではわたしからの情報操作を防御できません。マジックPも情報の真偽を知るために一苦労しているようです」
車が走り出しました。
「ヒハハ。運転手さんへはボクたちをどんな風に見せているの?」
「sub。ランスはとても素敵な男の子にしています」
「フヒヒ。本当はちがうの?」
わたしはバックミラーに映るランスの片目を見ました。
「全然ちがうね。にくたらしいし、最悪だよ」
「ヒヒヒ。にくらしいことを言ってないで、早く最終目的地を決めてほしい」
「最終目的地はいいけど、これじゃあ情報操作の意味がない。乗り捨てたトラックから足がつく。この運転手さんがマジックPで、トラック近くから客を乗せた。今は情報を操作していても、乗せたのがわたしたちだと後からバレる。降ろした場所から捜索される」
梓の目がわたしを直接見ます。
「sub。情報を出し続けることができるかぎり、だいじょうぶです。問題はわたしが疲れ果てたときです。梓は自己を持っていませんし、ランスはまだ小さいです。みりさだけが頼りです」
生まれて、というか、受胎されて数週間のあずさから目を逸らしたわたしは車窓を見ました。今までわたしたちの左側にあった豊平川を大きな鉄橋でわたります。川はわたしたちの右側になり、やがてススキノをかすめるように北へまっすぐ流れていくはずです。
「あずさ。豊平川には大きな橋が何本もある。ススキノのそばにもある。橋の下の鉄骨へ潜りこんで休もうか。誰も来ないし、誰にも見られない。お金もかからない。イザとなったら川へ飛びこめる」
梓が大きくうなずきながら、わたしの方を見ました。
「sub。いい考えですね」
「役に立ててうれしいよ」
「sub。みりさはバッグがなくて、手がさびしいでしょう。運転手の目には上品なバッグが見えています」
「ちゃんと化粧もしてくれている?」
「sub。顔は保証します。いつもと同じくらい、きれいにしてあります」
「わたしのいつもを知らないでしょう」
豊平川の左岸を走ったタクシーがススキノの近くで信号待ちをした時、わたしたちはタクシーから降りました。運転手はドアが開いたことにも、わたしたちが降りたことへも気づかないようです。
「運転手はどこで、わたしたちがいなくなったと気づくの? あずさの情報テリトリーから外れた時?」
「sub。大変申しわけないけど、あの運転手さんはもうすぐ心臓が止まります。市のちょうど中心部で死んだなら、わたしたちがどっちの方向へ行ったのか、マジックPは決めかねるはずです」
「あずさ」
「sub。わたしたちの目的は殺すことじゃありません。だけど山中であなたたちを守るために4人殺しました。イザという時はマジックPの人たちを殺さなければならないです。そういう強さがなければ幸せくんを守れないと思います。女なら、母なら、わかってくれますよね」
わたしはうなずきながら、長い信号待ちをしているタクシーへふりかえりました。無人となった後部座席には、池をわたった梓とランスのズボンから染み出た水分が濡れていました。