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友だち・story68

 幸せくんが言います。

「あずさは俺の妹か。俺はみりさのくちびるを動かせないけど、あずさは自分の言葉で発言できる。妹がうらやましい」

 わたしは梓の美しい笑顔を見ました。忘れかけていたあの人の笑顔が、梓の顔を見ることによって思い出されてしまいます。

 梓がさらに大きく笑い、あずさの声を出しました。

「sub。わたしたちの胎盤がつながるまで、あと5週間から6週間かかります。粗末な暮らしになりますが、ここで一緒に過ごしてください。わたしたちの友だちになってください。お願いします」

 梓は耳の上あたりまで伸びたショートヘアを下げました。

 わたしは手をさし出しました。

「友だちなんて、頭を下げてなるものではないでしょう」

 梓の握手は温かいです。

「聞きたいことがあるの。あずさ、答えて」

「sub。なんですか?」

「わたしの耳は撃たれたはず。鏡で見るとなんともないけど、だまされているの?」

「sub。実際に完治しました。元の状態に戻っています」

 耳をそっとさわってみました。

「ピアスがない。ピアスの穴もない」

「sub。ピアスを戻すのは不可能です。わたしはあなたの脳の復元作用神経をうながしただけです」

「信じられない。お医者さんが必要なくなる」

「sub。究極の医療は復元でしょう。人間は多様な医療技術を発展させてきましたが、最高の技術を自分たちの脳の中へ潜在させています。神経は光子情報のみへ忠実にしたがいます。情報を操作すれば、なくなった耳片も復元できます」

「幸せくんにはできないの? わたしと有線でつながっているでしょう」

 幸せくんは返事をしません。

「わたしの中にいるお兄さん。どうしたの?」

「俺が妹より劣るのは、母親が劣るからだ」

 幸せくんが逆ギレしました。

「みりさが偏屈脳だから、俺の能力には限界がある」

「sub。ケンカはやめてください。空腹と疲れでイライラするでしょうから、今夜は食べて、眠りましょう」

 わたしは食べかけのパンをちぎり、飲みこみました。サラダも卵も飲みこみました。

「みりさ、ちゃんとかめよ。胃が疲れるぞ」

{味わえる味じゃないでしょう}

 幸せくんだけへ聞こえるつもりで声を出さなかったのですが、すぐに赤面しました。

 あずさがにっこり笑います。

「sub。おいしくないでしょうが、脳にはとてもいいメニューです。幸せくんのためにも食べてください」

 わたしは大きく息を吐きました。

「あずさに対してなんの悪気もないけど、正直言うと疲れるね。心の中を見られる世界で、人間はきっと生きていけない」

「sub。逆に、他人の心を察知できるのも地獄です。だから“あの人”は死にました。いずれ梓にも苦しむ日が来るでしょう。あなたは梓を助けてくれますか?」

 わたしは大きく息を吸いました。

「どうしたら、梓は助かるの?」

「sub。ドクターSDに執刀をお願いします。梓の脳を自然脳へ戻す術式です」

「自然脳へ戻すなんて可能なの? 幸せくんもふつうの子どもになれるの?」

「sub。ドクターの技術なら可能です」

「あずさの脳はどうするの?」

「sub。自分のことは考えていません」

 わたしは梓の手元からライターをとりました。

「テーブルに火をつけると、家じゅうに燃え広がるよね」

 梓の顔は笑い続けています。あくまで梓の表情であり、あずさの感情は見えません。

 わたしは空中でライターを点火しました。

「ずるいでしょう。わたしの脳はあずさへ筒抜けなのに、あずさは姿も本心も、感情すら隠している。小屋が丸焼けになったら、わたしたちは池の中へ戻される。あずさはわたしの脳の中を見られなくなる。友だちの契約はそこで結ぼうか。五分の場所で話せないなら、友だちになんかなれないよ」

 梓が煙草をくわえ、わたしのライターへ近づいてきました。化粧っ気のない梓から、女の匂いがダイレクトに飛んできます。すぐに煙草の臭いに変わり、テーブルの上が曇りました。

「sub。許してください」

 テーブルの上の雲が厚くなります。

「sub。あなたがウソをつけば、どうしても脈拍などへ影響するので、わたしはウソを見抜けてしまいます。これは防ぎようがありません。しかし光子ミラーは今後使いません。もうあなたの脳の言葉をのぞいたりしません。だから、友だちになってください」

 熱くなったライターを消したわたしは指をパンの中へ入れて冷やしました。

「みりさ、と呼んで。あずさには自分も自然脳へ戻りたいと思ってほしい。自然脳になれば、環境変化へ耐えられずに生まれてすぐ死ぬ、ということもない。他人の心を知って苦しむこともない。平和な人生を送られるはず」

「sub。確かにそうですが、そうなれば不安もあります」

「死ぬより不安なことがあるの?」

「sub。わたしは自然脳になると、ただの胎児です。梓と2人、生きていけないと思います。梓はまだ1人では生きていけないのです」

「友だちができたでしょう」

 わたしは煙に息を吹きかけ、視界をクリアにすると、梓へ目を合わせました。

「みんなの面倒をみるよ。だいじょうぶ。貯金ならある。ランスもいる。お金と友だちがいれば、地球は住みやすい。その代わり、わたしの願いもかなえて」

「sub。光子ミラーを使わなくても、みりさの願いはわかります。幸せくんを必ずドクターSDの元へ導きます」

 力を入れた手で、わたしは子宮をなでました。

「みんなで必ずたどり着こう」

 ランスがテーブルの上に水鉄砲をならべました。

「フヒヒ。みりさちゃん、ボクも友だちになった?」

「もちろん。みんな友だちだよ」

「ヒヒヒ。ボクは自然脳だから、水鉄砲を撃つことと、競馬で金を稼ぐことしかできない」

「失いたくない存在だよ」

「フヒヒ。みんなのデータが不足しているから曖昧だけど、全員でドクターSDのところへたどり着ける確率は1%」

 梓が灰皿へ煙草を押しつけます。

 わたしは梓の手元から、煙草を1本とりました。

 幸せくんが反応します。

「みりさ。禁煙の約束だぞ」

「1%だよ。吸わずにいられない気分」

「ランスに伝えろと言っただろ。データが足りないなら、予測するな」

 煙草のクオリアを久しぶりに吸いこんだわたしの脳がクラクラします。梓の笑顔が揺れて見えます。

「sub。確率は高くありません。しかし高くすることはできます。みんなで高くしていきましょう」

「フヒヒ。なるべくたくさんデータが欲しい」

 わたしはせきこみながら、ランスを見ました。揺れる水鉄砲が10個くらいに見えます。

「ランスこそ不思議。どうして池を観察したの? 自然脳なのに、どうして感づいたの?」

「ヒヒフ。田村様の態度から、予測した。池に梓ちゃんがいる確率90%だった」

「田村様は池に梓たちがいると知っていたわけだよね。どうして居場所がわからない雰囲気を見せていたわけ?」

「ヒヒフ。池へ来ても梓ちゃんたちには勝てない。プライドを守りたかった確率95%」

 わたしがさらに言葉を続けようとした時、手が全自動で煙草を灰皿に押しつけ消火しました。消された煙草から大きな煙が上がり、たまたま上空を通りがかったスズメバチがふらつきながら梓の頭へとまります。

「みりさ。煙草より水を飲んでくれ。俺は疲れているんだ」

 テーブルの上に水の入ったペットボトルがあり、透明なボトルの壁にスズメバチが3匹とまっています。

「あずさ、水をちょうだい」

 梓がにっこり笑うと、3匹のスズメバチがペットボトルのふたを細すぎる虫手で回します。

「フヒヒ。女王蜂なのに、よく働く」

「信じられない。ちょっとだけ改造脳にあこがれる」

 梓の手が水を注いでくれました。

「sub。改造脳にあこがれないでください。戦いたくもないのに武装させられているのと同じですから」

 梓がペットボトルを置くと、スズメバチがふたを閉めます。

「sub。田村様は意地をはっていたわけではありません。ちゃんとした理由があって、池へ見て見ぬフリを決めこんでいました。もう皆さんお疲れでしょうから、長い説明は頭に入らないでしょう。要点だけを短く話しますので、おぼえてください。ドクターSDのところへたどり着くために大切な点です」

 わたしは水を飲んですっきりした脳を、梓へ集中させます。

 全神経を聴覚へ絞りこむかのように、ランスが目を閉じます。

「sub。実を言うと、脳の力を決めるのは手術や経験値ではありません。みりさの脳の力はみりさ自身が決められます。みりさの脳が10分後に田村様をしのぐ確率は99%だと思います」

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