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梓と田村様・story66

 馬は山を登った。3月末とはいえ、山中は雪がまだ残っており、登るほど深くなる。馬の脚力は落ち、脚が雪の中へ埋まりながらの前進になった。

「sub。さっきの川を探し、川沿いを上って木の小屋を見つけなきゃなりません」

 あずさは梓の脳へ話しかけた。

 梓が笑う。

「はい。雪が寒い」

 防寒対策をしていないので、朝の雪山の温度が子宮まで染みてくる。

 あずさは引きかえすことも考え始めた。雪の上をいつまでも歩けば、足跡をたどって追いつかれる可能性がある。雪がすでに解けている平野部へ戻り、衣類を用意してから木の小屋を探す方がいい。

 考えをまとめかけた時、川の気配が聞こえてきた。

 馬は川を見つけると、ためらわずに水へ飛び降りた。水深は馬のヒザほどしかなく、雪の中を歩くより、むしろ速度が増した。川底がどうなっているのかわからないが、慣れているように進んでいく。

「sub。もしかして、この馬は木の小屋まで歩くのかもしれません」

 さっきの人は木の小屋への到着を保証してくれた。

「sub。馬が夜明けとともにやってくること、馬がわたしたちを運んでくれることを予見していたのかもしれません。ひょっとして馬を訓練したのかもしれません」

 川の道は15分ほどで終わった。

 梓がさけんだ。

「はい。雪だるまさん。はい」

 川の源泉となっているのは、野球の内野ベースを線で結んだほどの大きさを持つ池だった。冷たそうな水は雪の中へ鏡を置いたように太陽を反射している。

 鏡の中心は小さな島で、水へ雪山が浮かんでいるような景色になっており、雪山のてっぺんに立っている雪だるまが、こちらへ手を上げていた。

「sub。さっきの人が作ったのですか? どうして?」

 馬は雪だるまを見ながら池の中を進み、島へ上陸した。

 すると雪だるまが動き出したと思った瞬間、太った女へ変身した。

「はい。だるまさん。はい」

 梓がまばたきをくりかえす。

 太った女は近づいてくると、馬の頭を荒くなでた。

「あの男野郎、馬を手なずけていたのか。惜しい男野郎をなくすな」

 あずさはおどろいた。

「sub。どうして雪だるまが、だるまへ? それにわたしは馬の血の流れすらわかるのに、だるまの人の体内はまったくわかりません」

 太った女が子宮をにらんできた。

「親子そろってだるま扱いか。失礼な野郎共だ」

 あずさは相手の太った頭へ集中した。

「sub。わたしの声が聞こえている。さっきの人や梓より、優秀な変異脳です。どうやって自分の体内の情報をガードしていますか?」

「はい。煙草下さい」

 梓が馬上で白い息を吐く。

「バカ野郎。煙草臭い女だ。おまえは黙っていろ。おまえの赤ん坊野郎に用がある」

 あずさは冷静に相手を見る。体内の様子が細かい光子情報として外部へ表現されるはずなのに、いくら集中しても、見えるのは外観から発せられる可視光線情報だけだった。ふつうの人間がふつうに他人を見るようにしか、感じられない。

「sub。でも、わたしの声が聞こえたわけです。どこかに光子情報の通る穴があるはずです」

「かしこい赤ん坊野郎だな」

 女が太く笑う。

「梓野郎に、あずさ野郎か。ややこしい名前をつけて、おまえたちはバカ野郎だな。だがバカ野郎でもいい。俺様と一緒にマジックP野郎共と戦うか?」

「はい。梓、バカ」

「おまえは黙っていろ」

 女は太い声で梓をしかり、太い手で馬の耳をにぎる。

「ランス野郎、わざわざススキノまで馬券を買いに行ったが、ここにも馬がいたな」

「sub。どうやって体内の情報をガードするのですか?」

「自分で考えろ。あずさ野郎も変異脳とやらを持っているだろうが」

「sub。わたしたちのことはすべてわかるのですか?」

「そうだ。俺様には勝てん。変異脳なんて安っぽい物ではなく、長い経験値を持つ改造脳だ。俺様の配下になれ。ランス野郎よりはいい扱いをしてやる。なんといっても変異脳の持ち主だからな」

 脂臭い笑い声が、雪に澄んだ大気へ響く。

「おまえたち親子3人がいくら変異脳をならべようと、俺様の経験値にはかなわん」

「sub。さっきの人を知っているのですか?」

「おまえの父親野郎か? この小さな島に木の小屋を建てていたな。おまえたちの目からは消しているが」

 笑い声が大きくなった。

「あの男野郎を味方にしようと思ったが、死相が出ていたから、やめておいた。この池でなにをしているのかと遠くから監視していたら、やがておまえたちが来た。せっかくのチャンスだから俺様の配下につけ。生き延びるチャンスだぞ」

「sub。ドクターSDに会いたいです」

「医者野郎に会わせてやるぞ」

 太った指がナイフを取り出すと、梓の手ににぎらせた。

 梓の手が動き出し、ナイフを自分の首へ寸止めした。

「はい。手に殺される。はい」

「そうだ。俺様にさからえば殺されるだけだ」

 あずさは冷えきった羊水の中でさらに冷静になった。梓の手の動きがヒントになった。

「sub。相手の体内が見えないのではないのです。さっきは雪だるまでした。今は太った女の外見だけが見えます。ウソの可視光線情報を視覚へあたえられ、脳を支配されているのです。木の小屋を見えなくされているのです」

 あずさは梓の目を強引に閉じた。

「はい。夜になった」

「sub。梓黙って。集中させて」

 視覚をふさぐと、聴覚、嗅覚は支配されていないことがわかった。

 しかし運動神経を奪われている。

 あずさが神経の統制を奪いかえすことに集中すると、梓の手はナイフを放り投げた。

「sub。有線なので、勝てます」

「生意気だな。配下にならないなら、死んでもらう。あの男野郎は勝手に死ぬから殺す必要はなかったが、おまえたちはここで殺す。本当の意味で脳を使える者は俺様だけでいい」

 可視光線情報を遮断したので、女の気配がわかる。

 太った体内に焦りが見えた。焦りからくる殺意も見えた。

 太った脂が接近してくる。

「sub。梓、煙草を吸わせてあげますから、馬を走らせてください」

 馬の蹄が雪を蹴り、池へ降りた。馬の脳へ田村様から“目の前は谷底”という情報が飛んできた。あずさは正常な情報をもっと強く、馬にあたえた。

 馬は下流へ向かって何事もなく走った。

「sub。わたしたちの方が、強い情報を出せます」

 あずさは自分と梓の脳が持つ底力に気づいた。経験値は少ないが、実は田村様より優秀な性能を備えている。さらに細部まで点検した。

「sub。体温の調節方法もわかりました」

「はい。温かい。春になった」

 梓がよろこぶ。

 あずさも温まり始めた羊水へホッとした。体温調節も、痛神経の調節方法もわかった。

 同時に疲れを感じ始める。

「sub。細かい情報を扱うと、疲れます。梓、煙草を吸わせてあげますから、馬を止めてください」

 馬は流れの中に立ち止まり、首にしがみついている梓の手をふりほどくと、川の水を飲み始めた。

「はい。煙草は?」

「sub。街へ降りて、食糧と衣類と煙草を盗みましょう。ずっと体温調節をしていたら、エネルギーが果ててしまいます」

「はい。煙草を盗む? 煙草は吸うもの」

「sub。お金がないから、しかたありません。さっきのだるまは田村様という名前のようです。経験値があるので情報の使い方が上手です。しかし方法を盗むことができました」

 あずさは馬の視覚へ、正面から物が飛んでくるという情報をあたえた。

 馬は右岸へ避けた。

「sub。梓、手を伸ばしてください。雪を拾って、食べてください。ここの水は人間には危険ですから、雪で水分補給しましょう」

 梓ものどの渇きを感じており、すんなり雪をすくって食べた。

「はい。カキ氷。でも味がない」

「sub。さっきの男の人は脳が1つでした。田村様は2つに分かれた脳がそれぞれ肥大化して1つ半くらいの総容量になっていますから、さっきの人を態度で見下ろしていました。だけどわたしたちは脳が2つあります。だから田村様より強い情報を出せます。気づかず、配下になっているといつまでも幻覚を見せられていたでしょう。もうマジックPの追っ手も幻覚でだませます。街へ降りて、エネルギーを盗みましょう」

 馬は来た道を下山した。

 マジックPの追っ手が馬の足跡をたどっている姿とすれちがったが、まったく気づかれなかった。

 生まれたばかりの小さな脳で必死に視覚と聴覚の幻覚情報を出すあずさは梓の声を聞いた。

「はい。あっちで男の人、おしっこしている。味のあるカキ氷」

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