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左右どちらへ転ぶか勝負する・story56

 田村様はわたしの濡れたほほに短銃を押しつけたまま笑いました。

「俺様の反応が悪いことに気づいたか。小魚野郎の入れ知恵か。おまえの思うとおり、確かに脳の中がよく見えん。だからこそ撃つ。だからこそ信用できん。意味はわかるな」

「幸せくんは入れ知恵なんかしてくれません」

 幸せくんが機嫌を損ねます。

「みりさ。言い方が気になるぞ」

{無駄口を言ってないで、準備しなさい。周囲からの情報は屈折していても、わたしの考えははっきりわかるでしょう}

「本当にやる気か? 失敗すると死ぬぞ」

 わたしの考えを読みとった幸せくんの声がうわずります。

{なにもしなくたって殺されるでしょう。5秒後に行くから、カウントダウンしなさい}

 わたしは深呼吸をしました。田村様の脂臭を吸いこみ、吐き出します。

{わたしたちの方が速いはず。負けないで、幸せくん}

 幸せくんが鼓動と同じリズムで数えます。

「3、2、1、0」

 わたしの左手が全自動で田村様の銃をはらおうとした瞬間、銃声が鳴りました。ぎりぎりで頭をふりましたが、弾は右の耳たぶにすごい痛みを残します。

 次の瞬間には痛みが消え、全自動で動く右手がランスの下駄からエアガンを抜き、田村様の子宮へ撃ちこみました。

 第二の脳へまともに衝撃を受けた田村様はのどつまりでもしたかのような声にならないうめき声を出しながら、ふらふらと川へ転落しました。平和な川に、爆弾が落ちたような水爆音と水柱が発生し、水しぶきがわたしたちまで飛んできます。

「やった。幸せくん、あいつ死んだ?」

「エアガンが致命傷になるほど、やわな脂肪じゃない。でも気絶したなら、このままおぼれ死ぬ」

「どうやって、たしかめる?」

「相手は銃を持っている。確認なんかしている余裕はない。急いでここから離れよう。梓という人のところへたどり着けたら、いくらでも情報が手に入るはずだ」

 わたしはすぐにランスを抱いて斜面を登り始めました。急ぐ足に力がみなぎり、勝利の実感もみなぎります。

「幸せくん、ありがとう。改造脳に勝ったよ」

「耳、大丈夫か?」

「痛みを止めてくれるついでに、ボリュームもしぼってほしかった。すごい音だった」

「ピアスが片方なくなったよ」

「耳たぶがちぎれた? 冗談でしょう」

 滑る斜面を10分ほど登ったところに笹薮がありました。藪の中に入ったわたしは笹陰へわずかに残っている雪を全身にこすりつけ、ランスへもこすりつけ、休息しました。

「みりさ、念のため声を出すなよ。俺には田村様があのまま溺死するとは思えない。もしかしたらすぐに追いかけてくるかもしれない」

{意外に運動神経がいいから、泳ぎも得意かも}

「でも、よく考えついた。田村様は顕在意識で認識しながら行動したが、俺たちは潜在意識の反射神経を使った。スピードで上回ったのは当然だ。俺はクタクタだから自信なかったけど、田村様も俺たちやマジックPへ幻を見せたり、周囲の聴力を封鎖しようとしたりした直後だったから疲れていたな。作戦勝ちだよ」

{どうせなら完全に聴力を封鎖されてからにすればよかったね。ものすごい音を聞いたから耳がなんかヘンな感じする}

「聴力封鎖が終わったら、すぐに撃たれていただろうから、カウントダウンできなかった。でも本当によかった。こっちが水鉄砲を撃つ前に第二弾を撃たれていたら死んでいた。右へ転ぶか、左へ転ぶかの賭けだった」

{あの太過ぎる指先じゃ、銃を器用に連射できそうになかった。さすがの田村様も手先の神経は鈍いね}

「鈍いついでに気絶してくれていたらいいけどな」

{それより心配なのは、わたしの耳たぶなんだけど}

 耳をさわろうとした手が全自動で止められました。

「今さわると痛神経を制御できなくなる。止血操作も効かなくなる。耳がヘンな感じなのは俺が情報操作をしているせいだよ。医者に手当てしてもらうまでさわるな」

{まさか耳たぶがなくなったりしていないよね?}

「それより心配なのは田村様だろう。耳のことは忘れろ。早く梓という人の所へ行こう」

{行こう。男に会う気がしない格好だけど、女の人ならいい。化粧品や服も借りられる。センスの高い人ならいいな}

 わたしたちが登ってきた方の笹が急に揺れました。揺れはわたしたちへ向かってきます。なんかヘンな耳へ、笹の葉のこすれ合う音が少しずつ大きくなってきます。

 鼓動が1秒につき2拍ほどへエスカレートしました。

{早く、水鉄砲。エアガン}

「さっきの場所に置いてきたぞ」

{なにをやっているの。詰めが甘い}

「ランスを抱いて早く逃げろ」

 ランスを抱こうとした時、少年の目が開きました。まぶたを少しだけこすり、立ち上がります。

「ヒヒヒ。みりさちゃん、おはよう」

 感情がないことと関係あるのか異常に寝起きの良い少年の口をあわてて押さえつけ、頭も押さえつけて姿勢を低くさせました。

 ランスはすぐに空気を察したようで大きくうなずきましたが、わたしが口から手を離したとたん、また声を出しました。

「ヒヒ。水鉄砲が3つもない」

 背後へ迫ってきた音が大きくなります。

 わたしはランスの手を引っぱり駆け出しました。湿気でじっとりしている土で滑りながら緩い斜面を登ります。

 しかし笹の葉のこすれ合う音はむしろバサバサと大きくなり、一瞬だけ止まったかと思うと、いきなり目の前の笹が大きく揺れました。

「ヒヒフ。鳩だ」

 逃げる人間の頭上を超えた鳩は笹薮の中へ降り、わたしたちの足元へ立つと、胸を張って人間の顔を見上げてきました。

「梓という人の鳩? わたしたちは濡れているのに、いる場所の情報がどうしてわかるの?」

 胎児のくせに幸せくんが舌打ちをしました。

「みりさはここ一番でバカだな。濡れている場合は脳へ出入りする光子情報が屈折するだけだ。鳩は目でふつうに俺たちの姿を見ているんだぞ。脳の中をのぞかれているわけじゃない」

「笹の中へ隠れていたのに、どうして見つかったの?」

「ヒヒフ。鳥の視力は人間の6倍相当」

 ランスがしゃがみこみ、下駄から出した水鉄砲を鳥の目へ見せました。

「フフヒ。伝書鳩」

「また梓という人からのメッセージだ。ランス、メモを見せて」

 ランスは伝書鳩の足首の筒から小さな紙を取り出し、わたしてくれながら言いました。

「ヒヒヒ。みりさちゃん、どうして右耳が半分ないの?」

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