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宇宙を飛びながら、地球を走る・story34

「化け物とはなんだ。みりさ野郎」

 初対面の化け物がどうしてわたしの名前を知っているのか。得体のわからないものほど怖いものはありません。建物の外へ走り出してひき殺されたい、という本望を持ちました。最高権力から狙われているという恐怖など、迫力あふれた化け物ににらまれているという現実に比べたら、温かみのある恐怖にすぎません。

「みりさ野郎。俺様から名前を呼ばれるのが不満か?」

 どうリアクションしてよいかわかりません。

「小魚野郎。黙りこくってないで、なにか言え」

 幸せくんの声は動揺を隠せません。

「俺の声が聞こえるのか?」

「なんだ、その口のきき方は。おい、みりさ野郎。ガキを甘やかすと本人のためにならん。厳しく、しつけろ」

「どうして、幸せくんの声が聞こえるのですか? どうして、わたしの名前を知っているのですか?」

 山の神は推定体重100キロ近い巨漢です。背が男性のように高く、体重は男性より多く、態度は誰よりも大きく、なにもかも巨大な上に妊娠しているのですから、トイレの個室はよほど狭かったでしょう。

「トイレに、いつからいたのですか?」

「質問だらけだな。トイレに入ったのは今日だ」

「今日、って」

「みりさ野郎は地球を不思議に思わないか?」

「地球?」

「地球の公転速度は秒速約30キロメートルだ。これだけ大きな地球がこれだけの速さで飛んでいることが不思議じゃないのか? 地球の中にいる我々が秒速約30キロメートルをまったく体感しないことは不思議に思わないのか?」

「地球、って」

「核兵器は不思議じゃないのか? あんな小さな弾頭が街を1つ吹き飛ばすなんて不思議だろう」

「核兵器、って」

「重力はどうだ? どうして重力が存在するのだ? “ある日突然重力が消えてしまい、我々が地球から弾き飛ばされてしまう”などという可能性はゼロだと誰も断言できないだろう。重力のメカニズムが未解明である以上、地球の外へいつ弾き飛ばされるかわからない。なぜその恐怖におびえず、女1人を10人がかりで包囲する男どもにおびえるのだ?」

「待ってください」

 わたしはトイレの空気を大きく吸いこみました。水を2杯飲んだばかりなのに、のどがカラカラなんて不思議です。

「山の神様。地球とか、核兵器とか、急に言われても、わたしにはわかりません。でも誰かが科学的に知っていると思います。重力が未解明、ってよくわからないけど、山の神様がわたしの名前や幸せくんの声を知ってしまうなんて、まちがいなく未解明だと思います。だから不思議です」

「つまり人間が解明しているなら不思議じゃなく、未解明なら不思議か。その発想が不思議だと思わないか? 自分たちを何様だと思っているんだ? 感じたことをありのままに受け入れるのが精一杯の存在だと思わないのか? もう1つ、俺様は山の神様ではない。俺様だ」

 脳の奥で幸せくんの声が鳴りました。

「みりさ。この化け物はただのバカだ。放っておいて逃げよう。どうしてか知らないが、外でみりさを待ち伏せていた連中も全員気絶しているみたいだ。今の」

 子宮を素手でにぎりしめられるようなクオリアが発生し、幸せくんの声が途切れました。

 山の神様が地殻変動のような迫力で歩き出しました。

「小魚野郎はただのバカだな。どうして全員気絶しているのか、わかりそうなものだ」

「幸せくんになにをしたの?」

「心配するな。気絶させただけだ。睡眠不足のようだから、目をさますまで時間がかかるかもな。他の連中はもうすぐ目をさます。何度も気絶させるのはめんどうだから、早くここを出るぞ」

 山の神様の後ろを歩くと、視界がさえぎられます。待合室へ行くと、病院内は休業日のような静けさに落ちていました。診察室の方も無人のような空気です。

「みんなを気絶させたのですか? どうやって?」

「みんなが、みりさ野郎の敵だ。どうやって、と聞かれても困るな。気絶させると、気絶する」

 玄関ではスーツに革靴の男と、走りやすそうなスニーカーの男が倒れていました。

 外へ出ると、2羽のスズメが地面に転がっていました。

「スズメ野郎は敵じゃなかったな。かわいそうなことをした」

 道路に引越しで使うような銀箱のトラックが停まっています。

 山の神様が箱の後ろの扉を開けました。

「山の神様じゃない、と言っているだろ。俺様だ」

「俺様様、ですか?」

「おまえもバカだな」

 俺様様は信じられないほど身軽に箱へ飛び乗りました。

「さっさと乗れ。もう1つ。信じられない、と思うな。見たなら信じろ。大切なのは、自分たちが持つ現在の科学を基準にして宇宙や地球を決めつけないことだ。核兵器もテレポーテーションも昔はありえないことだった。しかし科学は進歩し、核兵器を作り、テレポーテーションを理論化した。これからさらに科学の進歩があれば、遠くの人間を気絶させたり、近くの人間の脳を読みとったりすることを理論化し、実現できるはずだ」

 わたしは俺様様に手を引っぱられ、箱へ乗りました。

 俺様様が扉を閉めると、トラックが走り出し、箱の中で電灯が光りました。

「バカじゃあるまいし、俺様様はやめろ。俺様の名前は田村だ」

 田村というふつうの名前が信じられません。

「聞いたなら信じろ。もう1つ。みりさという名前はおまえの脳内から拾った情報じゃない。咲藤野郎から教えてもらった」

「咲藤さんの知り合いですか?」

「咲藤野郎から頼まれると断れない関係だ。咲藤野郎から頼みごとをされたのは6年ぶりだがな」

「頼みごと?」

「みりさ野郎。おまえは俺様が守る。もう1つ。小魚野郎も俺様が守る」

 わたしと幸せくんを守る箱は時速30キロメートルくらいで走っているようです。

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