見えない場所を見る・story27
咲藤さんの店はいつも「午前4時まで予約がいっぱい」の状況が続きます。以降は予約を受けつけていませんが、やってきたホステスの列を午前6時まで受け入れてくれます。
「いったい何人並んでいるわけ? ベッドでも置いてくれないと待てないし」
宮美があくびをしてから、くしゃみをしました。
幸せくんが言います。
「宮美はもうすぐ、帰る、と言い出すな。見事な計算だ」
{そう簡単に2万円の占術料をおごるわけないでしょう。ここまで一緒にいてくれたら、もう用はないの。占いなんか気にしない、変わった女だからいいのよ}
「占いを気にする方がおかしいな。ふつうの人間にとって未来は闇より暗いはずだ」
{咲藤さんはふつうじゃないの}
昼間どこかで遊んでいたのか、宮美はあきらかに目つきが変わっています。アフターのお客さんにもよく見られますが、午前4時を過ぎると、急に目の形の変わる人が多いものです。
「みりさは本当にならぶわけ? わたし風邪ひきそうだから帰るし」
「声がかすれているよ。せきが出る前に帰った方がいい」
宮美が帰ったので、列の人数は5人になりました。まだ日の出まで1時間ほどあり、周囲は未来のような闇です。
{尾行、誰かいる?}
「気配、ない」
幸せくんの声も眠そうに聞こえます。
{まだ眠いの?}
「いつでも眠い。そういう時期なんだ」
{列の先頭になるまで1時間以上はかかる。もしかしたら2時間。退屈だから起きていて}
「眠くならない話をしろよ」
列はなかなか進まず、わたしの後ろへあきらかに未成年のホステスさんが2人ならびました。
{ホステスのふりして、まさか尾行じゃないよね}
「宮美より肌を出している。どこまで出せるか競り合っているみたいだ」
{どこを見ているの?}
後ろで大きな笑い声が飛びました。
「楽しい話をしている。客の悪口は誇張がかかっているから、聞いていて退屈しないレベルだ」
{わたしの話を聞きなさい}
「楽しい話か?」
{幸せくんはわたしを自動操縦できるでしょう}
「みりさを動かしたって、楽しくないけどな」
{中絶を望むなら、どうしてわたしを産科へ向かわせないの?}
「歩かせることはできても、産科医と会話させるのは無理だ。せっかく産科まで歩かせても無駄骨になる。みりさを動かすのは、俺にとって重労働だから、無駄は避けたい」
{重労働?}
「すごくエネルギーを使う。小さな脳にはきつい作業だ」
列はまったく動きません。空がなんとなく明るくなってきた気もします。
「気のせいだぞ。みりさが見ているのは西の空だ」
{幸せくんは店内の咲藤さんの様子がわかる?}
「占い師に興味はない」
{占っている様子がわかるなら、感じてごらん。きっとおどろくよ。あの人は奇跡の人だから}
幸せくんが黙りました。
わたしはくちびるに寄せた指へ、ぬるい息を吹きかけました。息は白く登場し、黒く消えます。
列の後ろの人数が増え、白い息がうるさくなります。前は静かに動きません。
わたしの前へならんでいた女性が身ぶるいをし、上着のえりを立て、丸めた背中で、列から外れました。
{幸せくんは寒くないの?}
眠ったのか、幸せくんが反応しません。
{聞いている? 寒くないの?}
「店内へ集中している。静かにしろ」
{咲藤さんが見える?}
幸せくんが温かそうなため息をつきました。
「おどろいた。この女」