鳥の眼・story24
「部屋へ侵入されていないにしても、みりさの存在が産科の方から知られている可能性は高い。黙って中絶するならいいが、変異脳の存在に気づいたり、出産へ心変わりしているとバレたら、まちがいなく殺される。法に問われないような自然死をよそおって殺される」
「まだ知られていないと思うよ。札幌には産科がたくさんあるし、少子化というけれど、産科はとても混んでいた。すべてを早急に把握するのは無理よ」
化粧を終え、着替えを済ませ、バッグを用意しました。
魚たちにエサをあたえ、戸締りとカーテンをたしかめてから、春ヒールをはき、玄関を閉じ、エレベーターへ向かいました。
「みりさ、声を出すなよ。思っただけで俺へ伝わるから、絶対に声を出すな」
{頭の中を読まれるのは恥ずかしいね。エッチな妄想も、過去の赤面も思い出せないなんてさびしいよ}
「見ないフリするからだいじょうぶだ」
{フリでしょう。実際は全部筒抜けなんでしょう}
「もちろんだ。これから出産本を買いに行こうとしているだろ。尾行がついていたとしたらマズイ。書店の棚から出産本を手にとっただけで、標的にされる」
エレベーターの監視カメラを見上げると、乱視の先でカメラの輪郭がわずかにブレました。
{尾行があるかどうか、光子情報でわかる?}
「やってみる。俺の言うとおりに歩け」
{言うとおりにするけど、書店と逆方向を言わないでよ}
着地したエレベーターから出ると、ロビーの監視カメラと目が合いました。
自動ドアから外気へ出ると、カラスが目を合わせてきました。
「書店の方角へ歩け」
{タクシーへ乗るつもりなの、わかっているでしょう}
「いいから歩け」
{ヒールなの。20歩が限界}
「もういい。タクシーへ乗れ」
左右へ首をふりながらタクシーを待ちました。
{優しいね。幸せくんは}
「尾行の有無がもうわかったからいい」
{いるの?}
「表情を変えるな。自然にしていろ」
{無理よ}
空車が眼の前を通過しました。追うようにカラスが飛んでいきました。