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絆の緒・story23

 お風呂から出て、家じゅうの電灯をつけました。日はまだ完全に暮れていませんが曇り空のせいで薄暗く、というか明るさ暗さはどうでもよく、幸せくんへ当てつけ目的の点灯です。

「みりさ、どうした。怒っているのか? 勝手に歩かせたことは謝るよ」

「だましていたことも謝りなさいよ」

 衣裳室の鏡台へすわり、さすがにもう冷えている例のドライヤーを髪へ向けました。

{性格の悪い子どもだね。母親をだますなんて、どういうつもり?}

「だますつもりはなかった」

{変異脳の持ち主は緊張状態で眠れるとか言っていたのに、侵入者へ気づかないなんておかしいと思った。人の体を勝手に歩かせるなんて許せない}

 髪をなでる手がイライラふるえてしまいます。

「みりさに緊迫感を持たせるための作戦だ。みりさのためなんだから悪く思うな」

{どんなお仕置きしてやろうか}

「みりさは21歳のくせに使う言葉がおばさんくさいよな。態度にも若者らしい“弾み”というものがないし」

{火に熱油を注いで、どういうつもり?}

「だから言葉がおばさんくさい、って」

{昔から年より上に見られます。乱視になるほど、じっとすわって本ばかり読んでいたせいで、わたしの周りの空気が落ちついてしまったの。幸せくんにとやかく言われるところじゃない}

「じゃあ、自分も落ちつけよ。ドライヤーの熱で燃えている場合じゃない」

 ドライヤーを投げ捨て、冷蔵庫へ行きました。

 缶サイダーを額に当てながら、ソファへ落ちつきます。

 明るすぎる居間のテーブルには本が何冊か積まれており、頂上には幸せくんの名前を決めた氏名画数の本があります。名前の決定まで数時間かかり、睡眠不足になった日を思い出しました。名前を考えながら、何度も顔を想像した日を思い出しました。迷惑妊娠だったはずなのに、とてもうれしかった日を思い出しました。うれしくて涙が出た日を思い出すと、涙腺が温かくふくらみます。

「幸せくん」

「なんだ?」

「いつになったらへその緒がつながるの?」

「もう少しだ」

「もう少し、っていつ?」

「1週間くらいだろ」

「そう」

 温かい涙をふきますが、ドライヤーからこぼれた熱で乾燥した頬へ、涙が何度もうるおいます。

「みりさ、どうしたんだ。感情が動くのか?」

「幸せくん」

「どうしたんだ?」

「へその緒がつながったら教えてね。おいしいものをたくさん食べさせてあげる」

 立ち上がり、子宮が揺れないようゆっくり歩き、また鏡台へすわりました。

「本屋さんで妊婦向けの出産本を買ってから、出勤するよ」

「みりさ。侵入者がドライヤーを切り替えた話は冗談だったが、危険な状況に変わりはないぞ」

 涙の跡を綺麗にふきとってから、メイクアップベースを肌へ伸ばしていきます。

「みりさ。出産本なんか買うなよ。俺は地下街でみりさを踊らせることだってできるんだ。恥ずかしい思いをしたくなければ、俺の言うことを聞け」

「幸せくんはわたしの体を操作できるけど、自分の体は動かせるの?」

「今は無理だし、今後もせいぜい胎動程度だな。胎動は無意識の動作だから、動かせるうちには入らない。子宮の中では筋肉が発達しないから、顕在意識で手足を動かせない」

「じゃあ自殺はできないね」

「そうだ。中絶しか手段はない。納得しろ」

「幸せくん」

「なんだよ。今日はいつも以上にテンポが若くないぞ」

「わたしのために、一生懸命になってくれて、ありがとう」

 また涙が出そうになるのを懸命にこらえながら、ファンデーションを伸ばしていきます。

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