夢でドライヤーのスイッチ遊び・story22
「マンガじゃあるまいし、また風呂へ入るのか」
「服を脱いでいる時に話しかけないで。幸せくんには大人のデリカシーマナーを教えなきゃダメだ」
わたしは湯気の中へ潜り、シャワーを肌へ向けました。
「みりさは侵入者が気にならないみたいだな」
「ちゃんと外の音を聞いていなさい。誰かが侵入してきたら、幸せくんには察知できるはずでしょう」
「察知したところで、どうする? 抵抗できないだろう」
湯船へ沈み、小さな泡を爪へのせました。泡が照明を反射し、虹色に揺れます。
「考えてもしかたない。警察も誰も頼りにできないなら身の守りようがない。せいぜい綺麗にしておくよ。死体が汚いと死にきれない」
「みりさは、考えがある、って言ったよな」
「もうわかっているんでしょう」
「占い師のところへ行くつもりみたいだけど、行ってどうする?」
「これからどうしたらいいか聞く」
湯を動かし、子宮のあたりへかけてあげました。
「みりさの夢を壊すようだけど、占いっていうのはインチキだぞ」
「幸せくんの決めつけを壊すようだけど、咲藤さんは天才よ」
「もう少しまともな考えがあるかと思ったら、ただの脳天気だ。命を狙われているという緊迫感が足りない。占い師に俺の話をするのはやめろよ。胎児と会話した事実を他人へ漏らさず、黙って中絶するんだ」
「咲藤さんへすべてを打ち明け、今後を占ってもらうのがベスト。これよりまともな考えはないでしょう」
子宮を軽くたたきました。
幸せくんの声が脳をたたきかえしてきます。
「もしも占い師が、中絶しろ、と言ったらどうするつもりだ」
子宮をたたく手が止まりました。そんなことは考えていませんでした。
「咲藤さんはそんなことを言わないはずよ」
「自分が未来を占ってどうする。みりさは簡単に、産む、と言っているが、妊娠生活は大変だぞ。自分で考えていたじゃないか。出産は無理だ、って」
「事情が変わった。当面の貯金はあるし、困ったら咲藤さんに助けてもらうから大丈夫」
「数カ月もイライラや体調不良が続く。初産を1人で乗りきるのは苦しい」
「つわりだってもう起こってもいいのに、全然起こらない。わたしは出産に強い体質だね」
「言っておくが、本来なら激しいつわりに襲われているはずだ。みりさが苦しまないよう、俺がみりさの自律神経をコントロールしているから、つわりの症状が出ないだけだ」
「幸せくん、そんなこともできるの? ならますます快適な妊娠生活が期待できるね」
「つわりは母親へ妊娠の事実を伝えるためのものだ。妊娠を知ったならもう不要だと思ってコントロールしただけだ。必要な苦痛まで消すつもりはない」
「そんなこと言わずに頼むね。伝えなきゃならない事実は言葉でよろしく」
突然、わたしの右手が意志と無関係に持ち上がり、ゲンコツが頭へ落ちてきました。不意の痛みで閉じた目の中が、光ります。
「幸せくん、どういうこと?」
「みりさの潜在意識が起こした行動だ。自分を責めろよ」
「自分で自分をたたくはずないでしょう」
「手も神経を通してコントロールされている。ちょっとした警告だ。俺の言うことを聞かないと、痛い目に合うぞ」
「幸せくんはわたしの潜在意識をコントロールして、手も動かせるわけ?」
「夢遊病者や幻覚症状行動者は潜在意識で動き回る。顕在意識でその気がなくても手足は動く。みりさには文字通りの無意識だが、実のところ潜在意識は脳の95%を占めるからな」
「もしかして、密室ドライヤースイッチ事件の謎が解けたわけ?」
幸せくんが黙りこみました。