種の起源と保存・story20
「部屋の明かりをつけてもいい? カーテンは開けたくないし、どっちにしろ夜が来る」
「窓のない部屋だけにしよう。念のためだ」
脱衣所へ行く廊下、脱衣所、バスルーム、トイレの電灯をつけてから、パンツをはいたまま便座へすわりこみました。点灯を許可された場所で、すわることができるのはここだけです。
「でも侵入者はすでに来ているのだから、この部屋に幸せくんがいることを知られているわけでしょう。鍵はかかったままなのに、どうやってドライヤーのスイッチを切り替えてから部屋を出たわけ? どうしてそんなことをするの? どうしてわたしを殺さなかったの? 緊張状態で眠れるのなら、幸せくんは侵入者へどうして気づかなかったの?」
「疑問だらけだな」
「疑問はまだあるの。どうして幸せくんはあの人の話を知っているの? わたしが聞いていない情報なら、幸せくんも知らないはずでしょう」
「あの人は伝言していった。みりさの脳へ」
「知らない。おぼえがない」
「セックスの直後だ。疲れ果てたみりさは眠っていたな。あの人が伝言したのはレム睡眠という状態の時だ。顕在意識は眠っているが潜在意識は活発な状態だ。耳は音を聞き、その光子情報を記憶する。顕在意識は眠っているのでその光子情報に対するクオリアは発生せず、したがってみりさは記憶をよみがえらせることができない。みりさはクオリアでしか物事を認知できないからな。しかし光子情報は残存しており、俺は後から引き出すことができた。あの人は俺が引き出すことを計算した上で、眠っているみりさの耳へ伝言した」
「ちょっと、耳をふさいで」
「無理だ。そのまましろ」
「音を聞かないで。眠ってよ。眠らなきゃダメなんでしょう」
「急に眠れるか。音なら今まで何度も聞いた。大きい方もな」
「イヤな子ども。恥ずかしくて死にそう」
サイダーの缶を汚物入れへのせ、パンツを脱ぎ、用を足しました。
「たしかにイヤな存在ね。命を狙われる理由がわかる」
「少しずつ疑問が減っていくな」
「疑問はまだまだある。幸せくんはあの人が殺された時、少し先の未来を予言していた。どうして建物の陰にバイクが隠れているとわかったの?」
「気配が充満していた。光子情報のレベルならわかる。みりさにクオリアが発生しないほど小さなレベルの音がはっきり聞こえた」
「あの人だって気づいたはずよ。どうして逃げなかったの?」
「言っただろ。自分の脳に自分で耐えきれなくなり、死ぬしかなかった」
「幸せくんという子孫を残したことで心残りはなくなったのね」
「子孫が俺だけじゃ心残りだろ。卵が少ない種族はすぐに死に絶える。伝言では俺が2つ目の受精卵ということだった。死んだのはそれから9週間後だ。変異脳の持ち主は相手の脳内がわかるから、どんなに慎重な女でも口説ききってしまう。どれだけの卵が受精したか、想像つかないな」
汚物入れを見つめながら、血の色がにじんだイクラを思い出してしまいました。