治外法権・story17
「わたしはまちがいなく、切替スイッチをクールにしたはずだよね」
幸せくんへ問いかけましたが、寝ているのか、脳の中で返事が鳴りません。
玄関ドアや窓の鍵はかかったままで、外部から侵入された様子は見受けられないです。
「幸せくん。あんた、なにか気づかなかった?」
返事はありません。
水槽へ近づいてみました。動き回る魚たちを数えあげるのは大変ですが、金魚も熱帯魚もちゃんと全匹確認できました。
室内は平和です。家具や備品の位置がズレていたり壊されたりしているところは見られません。
ただドライヤーの切替スイッチだけが不審です。
「熱風にしたまま放置するかな?」
出かける前に必ず灰皿を数秒にらみつけ吸殻の火を確認するほど慎重なわたしです。21歳なのにガス台の元栓は常時閉じてあり、使う時だけ開きます。
ドライヤーを熱風にしたまま置きっ放しにするとは思えません。なによりクールへ合わせた記憶があります。
「幸せくんが小難しい話をごちゃごちゃ言うから、脳が混乱しているよ」
「俺のせいにするな」
幸せくんの声が突然現れました。
声の存在がなぜかうれしく、心が跳ね上がるようなクオリアを感じたのに、人間の脳はどういう仕組みなのか、乱暴な言い方で応答してしまいました。
「あんた、起きていたの? なら、さっさと返事しなさいよ」
「返事するかどうかは俺の自由だ。子宮の中で胎児が寝ているのだから、あちこちをあたふたと動き回らず、もうちょっと静かに行動しろよ」
「わたしはドライヤーのスイッチを、クール、にしたはずだよね」
「忘れた。眠たいから話しかけないでくれ」
わざと乱暴にジャンプしました。
「記憶しかないはずでしょう。忘れたなんて言わないで」
「わかったから、すわれよ。乱暴に跳ねるなんて、妊婦にあるまじき態度だ」
わたしは携帯をつかみました。
「警察に来てもらう」
「相手にしてくれるわけないだろ。ドライヤーの切替スイッチが記憶ちがいです、じゃ電話を切られるぞ」
「記憶ちがいじゃないもの。誰かが侵入したのよ。きっと、わたしは命を狙われている」
「切迫感が出たなら、俺の話をようやく真剣に聞けるな」
「あんたじゃ頼りにならない。警察に来てもらう」
「警察はよけい頼りにならないよ。みりさが説明できるのはドライヤーの切替スイッチと、胎児から聞いた話だけだ。お巡りさんは笑いをこらえるのに一苦労するな」
「じゃあ、どうしたらいいのよ」
わたしは携帯をソファへたたきつけました。
「ソファへすわれ。静かにな。羊水がぐるぐる回って、軽い酔いを感じる」