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ドライヤーがくれる感情・story16

感情①喜怒哀楽や好悪など、物事に感じて起る気持ち

  ②精神の働きを知・情・意に分けた時の情的過程全般を指す。情動、気分、情操などが含まれる。

「広辞苑」より。

 わたしが辞書を読むと、同時に幸せくんも読むことができます。

「知・情・意に分けるなら、意が顕在意識の範ちゅうであり、知は、知りたいが顕在意識、知るのは潜在意識の範ちゅうだ。情=感情は完全に潜在意識の活動になる」

 幸せくんの声は脳の中で、脳へ響いてくるので、ドライヤーが吹き鳴っていても声の音量が変わりません。

 わたしもドライヤーをかけている間は思考で会話するので、音が邪魔になりません。

{潜在だろうと顕在だろうと、どうして幸せくんに感情がわからないの?}

「感情というのは単独では発生しない。附帯するなにかが必ずある。うつ病のように漠然とした不安だって附帯するなにかが隠れて存在する」

{物事に感じて起る気持ち、ということね}

「感情のクオリアは物事に対応して発生するけど、物理的になにかを表現しない。物理的なクオリア、たとえばみりさがドライヤーを想像すると、神経細胞がドライヤーのクオリアを発生させる。ドライヤーのクオリアは俺に発生するものも同一なので、伝えられた俺はすぐに理解できる。しかし怒りのクオリアは「怒り」という物理的な表現をしない。肝臓へ負担をかけ、血圧を上昇させ、血流速度を速めるという物理的な現象は起きるが、これらは怒り以外でも発生する場合があるので、俺にはみりさが怒っていると断定できない。俺が怒った時のクオリアと、みりさが怒った時のクオリアはちがう。互いに自分の「怒りのクオリア」を体験しているから自分では怒ったと認識できるが、他人の怒りのクオリアはわからないんだ。わかるのは怒りが附帯する対象物のクオリアだけだよ。みりさがドライヤーへ怒った場合、俺にはドライヤーを見たみりさになんらかの感情が発起したとはわかるが、怒りかどうかは断定できないというわけだ」

 わたしはドライヤーを止め、熱くなっている先端へビニール製のコードがふれないように置いてから、毛のやわらかいブラシで髪をなでました。

{わたしはこれから寝るのだけど、にも関わらず、髪を丁寧になでている理由がわかる?}

「わからない。感情が湧いているのか?」

{女の子の方が通じ合えたかもね}

「男の子を欲しがっていたじゃないか」

{寝ている間も綺麗でいたいという気持ちは男の子にわからないでしょう。強盗でも押し入ってきたら、恥をかいてしまう}

「冗談になってないぞ。みりさは命を狙われているかもしれない、と言っているだろ。殺人犯が踏みこんでくるかもしれない。襲うために寝こみを待っているかもしれない」

 わたしはドライヤーの風をクールにしてスイッチを入れ、鏡台へ放置しました。

{バカバカしい冗談だけど、つき合ってあげる。ドライヤーの音が鳴っていれば、わたしの命を狙う誰かさんは入ってこないでしょう}

「本当に、命を狙われているかもしれない。俺の話を真剣に聞けよ」

 わたしは大声を出しました。

「1日に6時間は寝なくちゃいけないの。夕べは寝不足だから、少し寝ます」

「声を出すな。隣におかしく思われる。変異脳胎児の妊娠を知られてはいけない。命に関わる問題だ」

「このマンションはだいじょうぶ。隣の声なんて聞こえたことないから、こっちの声も聞こえないでしょう」

 カーテンを閉め、寝室へ行き、アイマスクへ眠くなる香水をかけました。

「みりさ。もしかしたら、みりさの存在はもう知られているかもしれない。対策をしてから寝よう」

「わたしがなにをしたっていうの? 誰かさんって誰なの? わたしは子どもの冗談にいつまでもつき合っているほど退屈じゃないの。今の日本でマンガじみた話が起こるわけないでしょう」

「現に昨夜目撃したじゃないか。あれは殺人だぞ」

「わたしは変異なあの人とちがって平凡で平和な人間なの。小難しいあなたの相手をするだけで充分疲れてしまった。そんなに心配なら、幸せくんが寝ずの番をしていてね」

「俺は1日の半分を睡眠に当てなきゃならない。大切な成長期だ」

「じゃあ、わたしが起きたら寝ていいよ。小難しい話も聞かなくて済むしね。おやすみ」

「おい。本気かよ」

 わたしは耳へ指を入れましたが、幸せくんの声へは効き目ありません。

「みりさ。昨夜の今日だから、今はとりあえずだいじょうぶかもしれないが、俺の心配は本当なんだ。目がさめたら真剣に聞いてくれよ」

「わかったから、もう寝なさい」

 幸せくんはあきらめたのか、静かになりました。

 眠っている間でも、人間の脳は休みなく活動を続けているはずです。微弱な音くらいは当然発生しているでしょう。しかしわたしの平凡な耳には脳の活動音など聞こえるはずもなく、すっかり静かになった脳の中へ香水の威力が浸透してくると、すぐに顕在意識は停止しました。寝不足のせいか、胎児との不思議な問答で疲れたせいか、夢を記憶することのない、深い眠りでした。

 目ざめたのは午後2時ごろです。

 アイマスクを外し、目をこすってから、鏡台のある部屋へ行くと、クールにしたはずの風がなぜか熱風となっており、鏡台の周囲で熱気が渦巻いていました。

 わたしの中で「物事に感じて起る気持ち」が渦を巻きました。

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