水の中の感情・story15
バスルームでややこしい話を続けていたせいで、頭も顔ものぼせ上がってしまいました。
バスドレスに着替えてから、金魚の水槽へ頭をもたれかけ、顔を水槽ガラスへ押しつけました。エアポンプの振動が肌で鳴ります。
「羊水が熱い。長く入りすぎだ」
幸せくんの息が上がっています。
「なにか飲むよ」
わたしは冷蔵庫から缶サイダーを出し、まずは子宮のあたりへ押しつけました。
「外側から冷やすより、内側からの方が早い。急いで飲んでくれ」
「言葉づかいをあらためなさい、と言っているでしょう。母親をなんだと思っているの?」
「伝わればなんでも同じだ。慣れてくれ」
意地悪してサイダー飲みを保留しようかと思いましたが、わたし自身が渇きに負け、350mlを一気に飲み干しました。
そういえば金魚や熱帯魚たちに朝食をあげていません。
水槽へ近づき、緑の袋を持ち上げると魚たちは一斉に反応し、水面へやってきます。
「遅くなってごめんね。みんな悲しそうな顔になっているね」
いつもより多めにエサ粒を投じながらゲップをしていると、幸せくんがぼっそりつぶやきました。
「俺にはいつもと同じ顔にしか見えないな」
「同じじゃないでしょう。感情が表情に出ているのが、わからないの? わたしより繊細にわかるはずでしょう。あなたが言ったとおり、わたしたちは言葉や文面だけでなく、相手の表情を見ながら理解し合うの」
「魚はいつもと同じだ」
「光子情報とか偉そうに言うけど、魚たちの気持ちが理解できないなら、意味ないね」
手を洗い、ドライヤーを使うために鏡台へ向かっていると、幸せくんがまたぼっそり言いました。
「感情は確かに苦手なんだ。感情のクオリアはとても特殊だからね」