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毒になった薬・story111

 消えたのは水晶ボールの青い光と、7色以上の小さな電飾だけで、室内の電灯はそのままです。しかしわたしの脳はすべてが激変したかのようなクオリアを認識しました。テレビ番組を見ている途中でテレビのコンセントを突然抜かれたような質感です。テレビ番組へ集中していた脳が、我へ返ったような感じです。

「低性能。頭を下げろ」

 ヒロは声だけでなく、2、3歩駆け寄ってくると、わたしの頭を押さえつけました。押さえられた頭上を空気の音が通過したかと思うと、ガラスにヒビの入る音がしました。

 咲藤さんの声から威厳と秩序が欠けました。

「なにをする、ランス。なにをしてくれてしまう」

 頭を上げたわたしに、水晶ボールへ突き刺さった水鉄砲の矢を引き抜こうとする咲藤さんの動作が見えました。矢は深く刺さったのか、なかなか抜けません。

「なにをしてくれてしまった」

 咲藤さんは脳が壊れたかのように、わかりにくい日本語をさけびながら、わたしの方へ踏み出してきました。

「下がれ、低性能」

 ヒロがわたしの肩を土間の方へ強引に引っぱります。

 咲藤さんは足のろれつが回らないかのように床へ転ぶと、伸ばした手で、抜けたコンセントを差しこみました。

 一瞬だけ、クリスマスツリーのようなFの機械の電飾が光りました。一瞬だけ水晶ボールも光りました。

 次の瞬間、水晶ボールから火が噴きあがり、Fの電飾と天井の電灯が消えました。

「ハヒヒ。水晶ボールで漏電して、ブレーカーが落ちた」

 漏電したエネルギーは水晶ボールに突き刺さっている矢の形で、炎となりました。暗くなった天井や壁へ反射しながら、炎は床材の上を延びていきます。

「ヒヒヒ。床に燃えやすいペンキが塗られているみたい」

 炎はクリスマスを祝うかのような、盛大な色となりました。

「ランス、Fを連れ出せ」

 わたしを引っぱりながら裏口を開けたヒロの声が飛びます。すでにランスの手は車椅子の柄にかかっていました。

「ハヒヒ。脱出する」

 咲藤さんが壁へ伸ばした手で体を支えながら立ち上がります。

「待て。俺へのコンプレックスが燃えてしまうぞ。未来が燃える。熱い、熱いぞ」

 咲藤さんの足に火がつきました。

「燃えてくれますか。熱いぞ。燃やしてくれましたか」

 炎は信じられないほど速く咲藤さんの形になりました。まっ赤にもがく手足からCドールが燃えた時と同じ異臭がやってきます。

 車椅子を押すランスが燃えあがる咲藤さんの異臭をかいくぐるように走ってきます。

「ヒヒヒ。咲藤さんのスリッパと衣服に燃えやすいなにかが塗られている」

 土間へ降りる段差でFの車椅子が大きく跳ねましたが、ランスはかまわず前進します。車椅子から垂れている電気のコードが尻尾のように、細い未練のように、なにかを引きずりながら、引きずられています。

「ハヒヒ。殺虫剤の臭い」

 わたしたちは外へ出ました。

 勢いの増す炎を押し戻すように裏口の扉を閉めたヒロが夜空へ向かって目を閉じます。

「久しぶりに改造脳へ切り替えた。表の客たちが火事へ気づき始めているようだ。もうすぐ消防車が呼ばれるはず。騒ぎになる前に梓のところへ急ごう」

 コンセントが抜けたままの電飾が急に光り始めました。段差の衝撃で傾いたモニターに、煙草を消して立ち上がる梓が映ります。

 Fも目を閉じています。

「マジックP狩りが始まります。まもなくここへも、梓のところへも、壊滅の手が届くでしょう」

 ヒロが夜空へ向けていた顔を、一等星に囲まれているようなFの車椅子へ向けます。

「F。あなたは低性能の細かい動作で失火することを予見していたのですか? 母の衣服へ殺虫剤をしみこませ、燃え移ることを望んだのですか? 自ら提唱したマジックPなのに、終焉も自ら宣告するのですか?」

「殺虫剤は僕が意図したものではなく、勝手にしみこんでいたものですが、他に関してはそのとおりです。国への連絡は夕方行いました。“マジックプランに関わったすべてを燃やすべき。提唱者もふくめて”そう通知しました」

「自分もふくめて? あの女へのコンプレックスがなくなればマジックPはどうでもいいのですか? マジックPはそのような私物ではないでしょう」

「マジックPは僕の意志や個人感情に関わらず、すでに壊滅寸前でした。この予備バッテリーのように短い輝きでした」

 7色以上の電飾が消え、モニターの梓も見えなくなりました。宇宙のような闇へFの声が浮かびます。

「失敗続きの実験、ドクターSの裏切りと失踪、田村様の暴挙、Aドールの脱走、日高からの大脱走、ススキノに次々と現れた改造脳胎児、ドクターⅡやCドールの焼死。マジックプランは最初から最後まで想定外の連続だったのです」

「あなたにはすべて予見できていたはずです」

「残念ながらすべての予見はできなかった。作られた改造脳たちに対するデータは宇宙に存在せず、データがなければ僕のカンは働かない。結果的にマジックPは改造脳を誕生させ、改造脳に踊らされました。金を発明し、金に踊らされ、テレビを発明し、テレビ番組に踊らされているようなものでした。この地球には必要なく、必要なければ燃えつきるのが地球の業です。マジックPは壊滅します」

 裏口の扉のすき間から赤い火の先端がチョロチョロ飛び出るようになりました。建物裏の闇が強弱のある赤に揺れています。消防車のサイレンが遠くで鳴り始めました。

 ヒロがサイレンのリズムに合わせるようにかかとで地面をなでながら、Fをじっと見つめます。

「今のわたしにはあなたの脳がのぞけます。あなたは梓のことを考えている。そして自分の死を知っている。未来への興味はすでになく、カンも働いていない」

「僕の潜在意識には未来を計算する力がもう存在していません。この炎と一緒に壊滅する」

 しゃがみこんだヒロがFより目の高さを下げると、車椅子に装着してある機械の一部へ優しくふれました。

「マザコンなどと軽々しく言ってしまった。ゆるしてください。まさかこんな仕掛けになっていたなんて、知らなかった。あなたの命がここにあったなんて」

「いいのです。あと5分だけ時間があります。情報操作をお願いします。消防のサイレンより早く、マジックP狩りの男たちが来るはずです」

「もう来ていますよ」

 数人の男たちが表道路から走りこんでくると、火に縁取られた裏口へじりじり近づき始めました。男たちは水ヘルメットをかぶっており、鋭い目つきで闇をにらみ、鋭い手で短銃をにぎっていますが、わたしたちにまったく気づきません。

 わたしはランスの耳へくちびるを寄せ、小さく質問しました。

「ヒロがわたしたちを情報操作で隠しているの?」

「フヒヒ。あんな水ヘルメットはヒロちゃんに通用しない。小さな声にする必要ない」

 ヒロがFの手をなでます。

「国はマジックPに関するすべてを壊滅する予定ですか?」

「各国の諜報部へマジックプランは知られてしまいました。この状況で続行しても恥をさらすだけですし、最悪の場合、成果がマイナスのまま表沙汰になるかもしれません。ここですべてを封じてしまえば、ただの語り草で終わらせられます」

「ということは、DドールもドクターSもリストに残った2人の妊婦も、わたしたちも、もちろん梓も」

 もはやFは凡人です。梓の名が出ると、人影が大きく揺れてしまいます。

「そうならないためにDドールを解き放ったつもりです。ドクターSへたどり着き、自然脳への手術を受けてください。梓を救ってください」

「自然脳になっても顔が知られている以上、追いかけられるでしょう」

「そうならないためにもDドールを解き放ったつもりです」

「Dドールがなんの役に?」

「時間が経てばわかることです。僕にはもう時間すら残されていない。僕の話したいことを先に話させてほしい」

「せめてさらに5分あれば、ちがうコンセントへ差せたのに」

 ヒロがしゃがんでいるかかとで地面を蹴ります。

「この生命維持装置をコンセントへ差せばあなたは死なずに済むはずです。どうして維持装置の予備バッテリーをもっと長くしなかったのですか?」

 Fはヒロがふれていた機械の上で指先をふるわせます。

「予備バッテリーは停電用のものです。予備時間が長ければ、僕があの女から逃走することが可能になります。だから5分に設定されました」

 ランスが水鉄砲へ矢を装填しながら、うなずきます。

「ヒヒヒ。マザーコンプレックスではなく、ライフコンプレックス。Fは母親に文字通り命をにぎられていた。母親にコンセントを抜かれると、5分でFは死ぬ。歩けないFには自力で差し直すことができない」

 Fがランスへふりむきます。

「でも怖くはありませんでした。あの女には絶対にコンセントを抜けない、と僕は予見することができましたから」

「ヒヒヒ。だけど予見はいつも100%へ達しない」

「さすがはAドール。あなたには100%へ達する資質がある。あと3分。僕の最後の予見を聞いてください」

 参加したくなったわたしも口をはさみました。

「もう予見はできないはずじゃないですか?」

「時間は少ない。もう口をはさまないでください」

 ヒロがわたしをにらみます。

「低性能は口を開くな」

 裏口の扉が炎によって押し破られました。男たちが一斉に腹ばいになり、火の灯りに照らされます。

 明るくなった闇の中でFの横顔が最期の動きを見せます。

「畳や布団の中にはダニがたくさん棲んでいました。あの女は僕に目や口を閉じさせるとヘリコプターから広大な畑へ農薬をまくように、殺虫剤を部屋中へ散布したものです。僕は殺虫剤のおかげですぐにガンになりました。あの女は無計画にやっていたのですが、結果として決定的なコンプレックスとなる、生命コンプレックスを僕へインプットすることができました。僕はガンになることも生命維持装置を装着されることもほぼ予見できていました。ダニがまったく死んでいないこともわかっていたのですが、しかしなにも言わずに農薬を浴び続けました」

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