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液体と気体の味・story109

「ヒヒヒ。時間がかかりそうだから、火を1度消す」

「待て、ランス」

 ヒロがランスの水鉄砲を抑えます。

「暗くする前に目を見せてごらん、ランス」

「ハヒヒ。ボクをうたがうなら、脳をのぞいたらいい」

「ランスをうたがうわけじゃない。操作しているのはあくまでも占い師たちだ。それにわたしは友だちの脳をのぞくつもりはない。たとえ、うたがったとしても、自然脳の目でランスの目を見るだけだ」

「ヒヒヒ。そんなことを言っても、甘奈ちゃんがボクの体内反応を見ているはず」

 苦笑いするヒロの白い肌が炎をきらきら反射します。

「ランスをごまかすのは無理だね。でも同時に、ヒロの確認行為はしかたない、とランスなら思ってくれるはずだ。低性能の言うことには一理ある。ランスが操作されている可能性は計算の内に入れなきゃいけない。監視カメラがあるのに、どうしてこうやって放置されているか、不思議だ」

 ランスが寝具をたたみました。火は寝具の中へ折りたたまれたように、一瞬で消えさりました。まっ暗になった室内へライターの小さな火が再点灯します。

「ヒヒ。ボクの言うことを信じてくれるなら、聞いてほしい。Fはボクたちの未来を予見できる。でも同じように、ボクはFの未来を予見できる。Fほど繊細には予見できないし、水晶ボールへ映したりもできないけど、集めたデータはそれなりの量だから、予見の精度も低くない。ボクが計算したかぎり、Fがマジックプランへ本心から賛同していない確率98%」

 ヒロが監視カメラを見つめました。

「マザコンは母親が見ている前で、完璧な息子を演じなきゃいけない。母親の総首はFの本心に気づいていないのかな?」

「ヒヒ。気づいていない確率97%。他人を見抜く力は持っていないインチキ占い師。占いの店はもう開店している時刻だから、監視カメラは車椅子にすわったFが1人で見ている。Fはボクたちに対する操作を行わないはず。でもボクの予見確率は100%に到達しない。99%以下であるなら、すべての的中は偶然でしかなくなる。ハズレた場合へ備える必要は常にある。改造脳をシステムダウンさせておけば限りなく100%に近い安心感で、水晶ボールへ近づける。Fの協力があれば破壊できるはず」

 ヒロはライターの火の揺らめきへ合わせるような速度でうなずきました。

「わかった。ウイスキーを飲むよ。さっさと水晶ボールを壊してから、梓とあずさを連れて、ドクターSを探しに行こう」

 わたしはうなずけませんでした。

「ヒロはウイスキーだからいいけど、わたしはニコチン水なんて飲んだら死んでしまう」

「ハヒヒ。致死量じゃない。死ぬ確率0%」

「おいしくない確率100%でしょう」

「ヒヒハ。口直しにウイスキーも飲めばいい」

「ランスはなにを根拠に、Fがマジックプランへ賛同していないとか、わたしたちへ協力するとか、言えるの? ランスが操作されていないと断言できる根拠はなに?」

「ハヒヒ。潜在意識の計算を認識することはできないから、カンとしか言えない」

「カンなんて信用できないよ」

「ヒヒヒ。人間の小さな顕在意識で計算された答えより、よほど正確」

 わたしは首をふりました。

「ニコチン水を飲みたくなるような、納得のいく説明をして」

 ランスはライターを消しました。暗闇になると、声が大きく聞こえてきます。

「ハヒヒ。人間の悪いクセ。人間は地球の頂点にいるため、自分たちは万能の生物だ、という思いこみが浸透している。だから自分たちの納得いかないことは不条理と決めつけ、納得いくことだけに反応する。だけど人間は神じゃない。神どころか、小さな脳しか持っていない下等生物。だから人間に納得いかないことの方が真理に近いケースも多い。でも長い問答をしている時間はない。みりさちゃんが納得しそうな話をする」

 まっ暗になったせいか、ランスの声が神がかっているように聞こえます。薄ら笑いも神秘に聞こえます。

「ヒフフ。FはDドールを逃がしたけど、咲藤さんの考えとちがう行為のようだった。それにFが本気でボクたちをアリ地獄へ落とすつもりなら、ボクの下駄を没収すべきなのに、そうしなかった。Fはボクのデータから、ボクがヒロちゃんやみりさちゃんを解放できると計算したはず。ある意味で、ボクはFのマジックP壊滅計画に操作されているとも言える。Fが咲藤さんへ反逆するつもりでいる確率98%。ボクたちが今夜きっかけを作ってくれると期待している確率も98%。今ごろ、監視カメラの前でイライラしている確率99%」

「Fが本当に未来を予見できるなら、ドクターⅡやCドールは死なずにすんだはず。倉庫での戦いもデータから予見できたわけでしょう」

「ヒヒハ。予見できた確率99%。だからそのまま実行させた確率99%。FのマジックP壊滅計画は60%近く進行している」

「死ぬのがわかっていて、見て見ぬフリしたの?」

 ライターを再々点灯したランスが監視カメラを見上げました。

「ヒヒヒ。ボクの話へうなずいている確率98%」

 鼻の腫れているわたしはカメラへ背を向けました。

「Fがすべてを予見できるなら、ドクターSの潜伏先もわかるはず。マジックPは探す必要なんかない」

 ヒロの声が暗闇で女らしく聞こえます。

「Fは誰にも明かさないが、ドクターSの潜伏先を知っているのかな?」

「ハヒヒ。その確率も高い」

「甘奈からも質問がある。FはどうしてDドールを逃がしたの? マジックプランを壊したいなら、Dドールは殺すべきだ」

「ヒヒヒ。ボクにもわからない。知りたいなら、方法は1つしかない」

 ランスがライターをかかげました。小さな火に向かってヒロの口がいやらしいくらいの大きさに開き、ランスの水鉄砲の先から光る液体が飛びます。

「ウイスキーは久しぶり。甘奈、少しだけガマンしていなさい。Fのところへ行って、あなたの疑問を解決しよう」

 わたしはランスに近づきました。

「ニコチン水の水鉄砲を貸して」

「ヒヒヒ。撃つのが好き」

「撃たれるのは嫌い。直接飲むよ」

「ヒハハ。みりさちゃんも納得してくれた?」

「どっちにしろ、牢の中にいたら終了しちゃうからね。納得するためにここを出る」

 水鉄砲の先端はすでにニコチンの味でした。煙草は嫌いじゃないですが、水へ溶かすとどうしてこんなに悪い味になるのか不思議です。わたしは体がきしむような感覚を体験しながら、水鉄砲の中にある100CCほどのニコチン水を完飲しました。

 味覚とはそれ自体に味があるのではなく、人間の体の中だけで発生しているのではないでしょうか。摂取したければ受け入れるためのクオリア、拒否したければ受け入れたくないクオリアを潜在意識が発生させているだけではないでしょうか。味覚は口へふくんだ瞬間に発生しますが、潜在意識の計算時間が顕在意識に認識されないのであれば、潜在意識が入ってきた食べ物などの成分をじっくり観察し、計算してから味覚のクオリアを発生させていたとしても、顕在意識は口へふくんだ瞬間に味が発生したような感覚になるでしょう。潜在意識と顕在意識とでは時間が別々に流れているようです。

「毒物なんて飲んだことないけど、きっとこんな味だと思う。鳥肌が寒いよ」

「ハヒヒ。新しいクオリアが1つ増えると、脳はそれだけ豊かになる」

 ヒロがわたしの頭をなでてくれます。

「豊かになれば、少しでも性能がアップするな。がんばって飲んだから、借金を5万円だけ安くしてあげる」

「それより鼻を治して」

「ヒハハ。みりさちゃんの鼻はとっくに治っている。ヒロちゃんは改造脳がシステムダウンする前に、みりさちゃんの修復をした。みりさちゃんは鼻が腫れていると思いこんでいるから、自分で気づかないだけ」

 ヒロがわたしへ背を向けました。

「急いで行こう。占い師がFの様子へ気づけば、マザコン脳は母親にしたがうしかなくなる」

 ランスのライターを先頭に、わたしたちは廊下へ出ました。ほとんどまっ暗なので、足元に力が入りません。慎重につま先を進めていくと、階段につまずきました。ベタベタしている階段の手すりをにぎりしめると、上の方に夜空が見えました。

{Fのところへ着いたら、まず手を洗おう}

 階段の頂上から道路へ出ました。かぎ慣れた夜のススキノの匂いがします。このクオリアは他の繁華街へ行っても同じでしょうか。ススキノ独特なのでしょうか。

「いい空気だ。山の頂上の空気よりいい。改造脳となって最初に気づいたけど、ススキノの気体分子には活力がみなぎっている」

 ヒロがすがすがしい大きさに口を開けて呼吸しています。

 わたしは街灯の下でファンデーションボックスの鏡を開きました。鼻は元の形に戻っています。

{どうせなら、もう少し小さくしてくれたらよかったのに}

 鏡にはドロドロした指紋がつきました。

 手を見ると、黒い脂性の汚れがベタついています。

{なんなの、あの階段は}

 わたしはランスを見ました。ライターを点灯し続けていたせいで熱くなったらしい指先を水鉄砲からの液体で冷やしています。

「ランス。ウイスキーをわたしの手に撃って」

 アルコールで手を消毒しながら、脳に気合がみなぎるのを感じました。

{アルコールの匂いにふれると、わたしの脳は戦闘態勢になるらしい。さすがホステスだよ}

 すでに飲んでいるヒロの声が活力にあふれています。

「さっさと行くよ、低性能。急いでかたづけて、深夜薬局で二日酔いの薬を買わなきゃ、甘奈がかわいそうだからね」

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