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水晶の奥の神・story103

 Fと呼ばれた病人の顔はひどくやせており、男か女かも微妙なほどですが、声はしっかりした大人の男の口調でした。

「手なずけたなんて言い方はやめなさい。彼女は立派な女性だ」

 Dドールの目は梓をにらみつけていますが、くちびるだけ笑っています。

「D。確かに潜在意識は立派です。ボクが聞いていたより、性能が高い。しかし顕在意識がひどく損傷しているようです。極めて認識力が低いです。QMO」

「だからどうした。彼女は純粋な女性だ。改造脳のおまえが誰よりわかるはず」

「D。たしかにこの顕在意識では純粋にならざるをえないでしょう。IELQ」

 わたしは脳の中で記憶と現況を整理しました。

{梓はこの家で、冴えない占い師と寝たきりの息子という母子と暮らしていたはず。冴えない占い師というのは咲藤さんのことなのかな。今の鋭さからは想像つかないけど、梓が中学を出た直後というのは20年くらい前のはずだから、咲藤さんがそのころはまだ冴えていなかったとしても不思議じゃない。この病人は咲藤さんの息子。そしてFなの? ということは、咲藤さんはFのお母さん?}

「あたりまえじゃないか」

 役に立たないくせに、幸せくんが偉そうです。

「みりさはバカだな。咲藤さんの息子がFなら、Fのお母さんは咲藤さんだろう」

{そうだけど、びっくりするでしょう。梓の一緒に暮らしていた人が咲藤さんだったり、咲藤さんがFのお母さんだったり、この人がFだったりなんて急には信じられない。ここにDドールがいる、咲藤さんがDドールへ命令形でしゃべっていた、DドールはFへ敬語、そして咲藤さんがFのお母さんということは、咲藤さんはマジックPの最高幹部くらいに偉いはず。やっぱり急には信じられない}

「急でもない。咲藤さんは安くないと言ったのは自分だろう。みりさは低性能のくせに、カンが当たったな。咲藤さんは下っ端の情報屋じゃなかった」

{咲藤さんは優しい占い師さんだ。さっき窓から顔を出していた時のキャラクターや梓の思い出話に出てきたキャラクターはわたしの知っている咲藤さんじゃない}

 Dドールが梓に向かって、カラスほどに巨大なスズメバチを2匹放ちました。耳をふさぎたくなるほどの羽音が梓へ向かいます。

{大きな針。梓、あぶない}

 しかしスズメバチは梓の肩へおとなしくとまります。

「はい。巣へ帰る時間。はい」

 巨大スズメバチは梓の肩からはばたき、Dドールへ襲いかかります。大きな針が少年の白い肌の上で光った瞬間、Dドールが大きく高下駄を鳴らすと、針も羽音も消え去りました。

 Dドールの肌で濡れた汗が西日に揺れます。

「D。潜在意識はボクより下のはずだ。だけどFを守るために、すごい集中力を使っている。顕在意識に邪念がないからこその技だ。こっちへ気をとられているうちに、道路で戦っているカラスは全滅だ。SVY」

 Dドールは額の汗をぬぐった腕を伸ばし、掛布団の端を持ち上げようとしましたが、Fと呼ばれる病人の声が牙のように鋭くなりました。

「やめろ。布団をめくるな」

「D。気が散ってしかたありません。水晶ボールの光を少しアップしたいだけです。AE」

「誰かが見ている時はやめろ。Dドール、おまえはもうここから出ていけ」

 大人の落ちつきや病人の弱さが消えたFの言葉と戦うように、Dドールの声から敬語が消えました。

「D。そんなわけにはいかない。まだ計画の途中だ。道路の高性能に勝たなければ、世界の頂点に立てない。NSQ」

「俺が水晶ボールへ映した本当の未来を教えてやろうか」

 Fは言葉だけでなく、目つきも鋭くなっています。

「俺が見た未来はDドールの死だ。おまえはこの女の目前で自決する」

 布団の中から現れたハチの針のように細いFの指が、この女と言ったところで、わたしを狙いました。

 Dドールの声が羽音のようにふるえます。

「D。なにを言い出す。ボクは死なない。世界の頂点に立ち、理想惑星の総首となるはずだ。水晶ボールにはそう映ったはずだ。総首さまがそうおっしゃった。SS」

「あの女の言葉などアテになるか。死にたくなければ、この女の前から消えろ」

 この女、と言うFの指はわたしを狙ったままです。

「D。総首さまはおっしゃった。“ここで日高の末裔をすべて討ちとれば、敵はまだ見つかっていない妊婦だけになる。ここでヒロという女に勝てば、もはや誰にも負けることはない”そうおっしゃったので、戦っている。ここから消えるわけにはいかない。CF」

「あの女の心を水晶ボールへ映してやろうか?」

 Fは笑いながら目を閉じました。

 Dドールは白い顔をさらに蒼白にしながら、同じように目を閉じます。

 わたしに向けられていた指が布団の中へ消えました。梓の吐き出した煙が西日を浴びて、綺麗な七色になります。

{幸せくん。目を閉じたあの2人、なにをしているの?}

「わからない」

{もう少し役に立ってよ。改造脳でしょう}

「すごい。Dドールの体がケイレンを始めた」

 ケイレンは誰の目にもあきらかな現象でした。Dドールから落ちる大きな汗が畳の上で音になりそうなほど、激しく流れて行きます。

{脱水症状になる}

「バカ。それどころじゃないだろう」

 Dドールの口調がうわごとのように乱れます。

「D。どうして。おっしゃった。ちがうことをおっしゃった。ボクを殺す計画。おっしゃった。DY。DY」

 Fが目を開けました。

「Dドール。おまえが梓やヒロやAドールの連合に勝てないことを、あの女は見抜いていた。水晶ボールにもそう映った。敗北を知ったおまえはこの女の前で自決すると映った。しかし未来を変えるチャンスは自分の脳の中にある。他の場所には決してない。この場所にもない。もう出ていけ」

 Fの指はまた、この女、と言う時だけわたしを狙い、語尾のところで西日を吸いこむ窓をさしました。

 Dドールは汗のしみこんだ高下駄をふるわせながら、窓へ向かいます。

 Fが少年を追い立てます。

「急いで消えろ。ヒロが階段を昇ってくるぞ」

 Dドールが窓ガラスを突き破ったのと、ヒロが畳の部屋へ到着したのは同時でした。

 ヒロはすぐに窓へ駆け寄りましたが、飛び降りたDドールはすばやく消えたようです。

 かかとをイライラ鳴らしながらわたしのところへ歩いてきたヒロは手厳しい迫力で詰め寄ってきました。

「どうして、Dドールを殺さなかった」

「殺す? だって、なにがなんだか」

「最後の1分間、Dドールは情報ブロックすらできない状態だった。わたしはこの部屋の情報を見ていた。潜在意識も顕在意識も打ちのめされたDドールの脳はガタガタだった。超低性能のあんたでも殺せたはずだ」

 わたしはヒロから目をそらしました。

「そんなに怒らないで。わたしだって、どうしたらどうなるのか、全然、わからないし」

「ランスだったら、撃ち殺せたはずだ」

 Fの声がわたしとヒロの間を通過します。

「静かにしてくれないか。少し頭が痛い」

 ぐったりとなったFの顔色を梓が優しくなでています。

「はい。生きていた。はい」

「僕は君を忘れたことはない。あの夜、突然の別れになったが、僕は死んだわけではない。大ケガをさせられて救急車に乗っただけだ」

 Fの右手が梓の手をにぎりました。

 急にわたしの手が後ろからにぎられました。

「ハヒヒ。咲藤さんの目が近づいてきた。怖い」

 ランスはわたしから離れ、梓の陰へ隠れると、ウイスキーのボトルをにぎりしめました。本当に怖いらしく、ボトルがカタカタ鳴っています。

 古板の廊下をきしませる占い師の足音が大きくなります。

 ヒロがわたしの前へ出ました。

「あんた、下がってな」

 言われたとおりヒロの陰へ下がった時、水晶ボールが現れ、西日を激しく乱反射しました。

「逃げることはないランス。田村様と3人でメシを食った仲だろう」

「ヒヒヒ」

 咲藤さんの声は君主のような力強さで乱反射する西日の中を飛びます。

「Fよ。どういうことだ。この水晶ボールへ真実の未来を映し、Dドールに情報観察させたな」

「Dドールはまだ若い。ここで殺してはいけない」

「つまらん。どうせ未来は変えられん。水晶ボールにとってはすべてが過去だ」

 咲藤さんがわたしを見ました。水晶ボールは急に西日の反射をやめ、小さな青い輝きに変わります。君主だったはずの声が、親切な占い師のトーンへ変わります。

「みりさ。ひさしぶりだね。さっそくだが、これをごらん」

 咲藤さんが優しい速度で、わたしに水晶ボールを近づけます。

 水晶の中にはわたしの顔が見えました。

「みりさの隣にいる女性が見えるかな?」

 咲藤さんのゆっくり流れる声と同時に、水晶の深くへ女性が現れました。

「神を名乗る女性だよ。顔をよくおぼえておくといい。みりさはもうすぐこの女性に会える」

 ヒロが大きな音を立てて、畳へツバを吐きつけました。

「占いなんかインチキだ。すぐに正体を暴いてやる。ランス、カーテンを閉めな」

「ハヒヒ。この窓にはカーテンがない」

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