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鏡の中のウソ・story102

 梓はわたしの手を引っぱり、建物の裏へ向かいます。

 わたしはカラスが急降下してくる音におびえながら、梓に続いて裏口へ飛びこみ、すぐにドアを閉めました。暗くて湿気臭く、狭苦しいスペースです。

「どうしてあんなにカラスがいるの? あれが本物なら、ススキノの人はみんなカラスだらけの空を見ているの?」

「sub。本物のカラスと情報のみのカラスとが混ざっています。操作されているわたしたちには両方が見え、見分けもつきませんが、操作されていない一般の人たちには本物しか見えないので、大群と思いません。それと、ランスだけはカラスの動きで本物か否か見抜けるでしょう」

 軽く会話するだけで、ほこりが口の中へ入ってきます。わたしはくちびるの動きを小さくしました。

「思い出したけど、田村様から海を出されて、どうにもできなかったことがある」

「sub。知っていますよ」

「つまり情報だからなんでも、あり、なわけでしょう。カラスとかじゃなく、もっと決定的な情報を出せばいいと思うけど、どうしてそうしないの? 爆弾とかの方が効果あるでしょう」

 梓の顔がにっこり笑います。

「sub。Dドールへそうアドバイスしますか?」

 めずらしく冗談を言ったあずさの笑顔はすぐに引き締まりました。

「sub。山奥に海が出現するなどというありえない情報は高性能へ通用しません。リアルに近い情報でなければ、潜在意識が受けつけないのです。どれだけリアルに近い情報操作で勝負できるかが1つのカギになります。だから本物のカラスを混ぜたりするのです。潜在意識の話ですので、みりさが“山奥に海なんかありえない”と顕在意識でわかっても、関係ありません。あくまでも情報を受信する潜在意識の性能の話です」

「高性能の潜在意識は全自動でウソを見抜くの? ありえない情報は受けつけないの?」

「sub。自然脳でもそうですよね。人をだます時は巧妙で信ぴょう性のあるウソをつかなければなりません。ありえないウソではだませませんから。考えの足りない人はなんでも簡単にだまされてしまいますが」

 わたしは少ししょんぼりしながら、鏡の破片を持ち直しました。うかつに持つと手を切りそうなので、慎重に指でつかまなきゃなりません。

「みりさ。がっかりするな。鏡を使えばウソかどうか俺が判断できる。指を切ったら俺が痛みを忘れさせてやる」

 梓の体が動き出しました。裏口の奥にある木製のドアを開けると、小さな階段がありました。ギスギスと音が鳴る階段を梓は土足で昇っていきます。

「sub。外装は新しいですが、室内は記憶のままです」

 わたしは梓の後をついていきます。1段ずつ緊張が高まります。

「こっちにDドールがいるの?」

「sub。Dドールが情報をブロックしているので、どこにいるか感じとれません。梓は病人のにおいを嗅いだらしく、においに向かい、勝手に昇っていきます」

「あずさがコントロールできるでしょう」

「sub。幸せくんや甘奈は反射神経筋肉を操作して母体を優先的に動かせますが、わたしは梓を優先的には動かせません。梓自身が改造脳なので、わたしが反射神経の筋肉を使おうとしても、主導権を奪われるのです。わたしはあくまでもsubなのです」

 梓の足どりが加速しました。

「はい。こっちにいる。一緒に煙草を吸う。はい」

 階段を昇りきり、2階の廊下を走った梓が古汚れたふすまを開けました。病人のにおいが廊下へあふれてきました。

「はい。ケガ治った。はい」

 畳の部屋に汚れた布団が敷かれており、肌の薄汚れた病人が目を丸くしています。西日をまともに浴びている暑苦しい枕元には水差しと尿瓶がならんでおり、ウイスキーのボトルと変色した三色団子もあります。

 梓は病人の枕元にすわると、煙草の火をつけました。

 布団の足の方には病人よりまっ白な少年が顔を伏せながらすわっていました。

「Dドール」

 高下駄の足を抱えこみ、じっと念じているらしいDドールは目を閉じたままでわたしを認識したようです。

「D。ボクが苦手とする田村様を燃やしてくれたこと、感謝している。あと1人倒した時、ボクは地球最強の存在になれる。もうすぐだ。HTS」

「あなた、よくもだましてくれたよね。ヒロに仕返ししてもらうから、覚悟しなさい」

「D。あいかわらずうるさい女の人だ。JAPD」

 わたしの手が全自動で水鉄砲をかまえました。

{さすが幸せくん。一気にケリをつけよう}

「バカ。俺じゃない。みりさはDドールに操作されている」

 水鉄砲が発射され、カギのついた糸が飛び出しました。

{あれ。糸? 綱じゃなかった? あんな細い糸じゃ首を絞められないかも}

 発射された糸の先があきらかに不自然な回転をすると、逆噴射したかのようにこちらへ向かってきました。

{あぶない}

 糸はわたしの首にぐるぐる巻きつき、蛇であるかのように力強く絞めつけてきます。

{細いけど、充分絞められる。誰も触っていないのに、どうして?}

「バカ。Dドールの操作に決まっているだろう」

{バカばっかり言ってないで、なにかしなさいよ。苦しい}

「Dドールなんかに勝てるか」

 のんびり喫煙していた梓が水差しへ吸殻を捨ててから立ち上がりましたが、なぜかまたすぐにすわり直し、さらにのんびり煙草へ火をつけました。

「助けて、あずさ」

「みりさ、ダメだ。あずさはたった今、Dドールに気絶させられた」

「助けて、梓」

「梓が認識するものか」

 梓はわたしの声を見ながら、笑顔をくれます。

「はい。首にマフラー巻いている。煙の出るマフラーにする。はい」

 立ち上がった梓が首に巻きついている糸へ、ライターの火を押しつけてきます。まともに首の肌へ点火されたわたしは発狂しました。

「やめて、バカ。熱すぎるから」

 梓を突き飛ばしました。次の瞬間、首を絞められていた苦しみがなくなり、火に焼かれて切れた糸が畳の上に見えました。

 幸せくんがヤケドの痛みを麻酔してくれます。

「助かったな、みりさ。荷重に強い糸だが、火には弱い。梓が偶然助けてくれた」

{死ぬかと思った。苦しかった}

「本当に死ぬ時は、ラクに死なせてやる」

{とりあえずヤケドの跡を治してね}

「それは高性能の修復能力に頼め」

 顔を上げるとDドールの冷静な顔が、少しだけ唖然とゆがんでいます。

「D。自然脳はおもしろい。思わぬパフォーマンスを見せてくれる。UI」

「言っておくけど、梓は改造脳だから。わたしたちだって性能がアップしているから」

「D。道路にいる高性能と戦うのにいそがしくて、相手をしている余裕がない。これで遊んでいてほしい。WLC」

 Dドールの後ろから白い虎が現れました。畳につくほど牙の長い猛獣がわたしの方へ歩いてきます。

「虎なんて、ススキノにいるはずがない。わたしのような高性能には通用しないから」

「D。虎がはっきり見えているようだ。GBS」

 わたしは鏡に虎を映しました。ウソだとわかっているのですが低性能の脳には虎がはっきり見えてしまいます。虎は畳に牙の傷跡をつけながら鏡の中で1歩ずつ大きくなります。

{幸せくん。見えないでしょう}

「もう俺をだますことはできない。鏡には映っていないから、あの虎はニセモノだ」

{やっつけて}

「どうやって?」

 わたしはふるえ始めた手から鏡を落としました。虎はあと畳1枚というところまで迫っています。

{早くやっつけてよ}

「だから、どうやって?」

{方法なんか自分で考えなさいよ。なんのための改造脳なの。鏡でウソを見抜いただけじゃ、なんの意味もない。虎がウソなのはわたしでもわかる}

「Dドール相手に勝てる気がしない。とにかく鏡を見よう。鏡を見ていると、虎が見えない」

 鏡を拾おうとしたわたしの手に向かって虎が牙をふり上げた時、西日の中を羽音が通過しました。

{スズメバチだ}

「みりさ。ハチは鏡に映っていない。梓の情報バチだ」

 スズメバチは一気に増えて大群となり、虎を覆いつくしました。まっ白だった虎はスズメバチ色に変わりはて、抵抗することなくばったり倒れると、西日で溶かされるように、虎もハチも消えてしまいました。羽音も畳の傷跡も消えました。

「はい。救急車から帰ってきて寝ている。邪魔しない。はい」

 梓の表情が赤く怒っています。

 Dドールが顔を上げました。

「D。聞いていたより性能が高い。よっぽどあなたを守りたいようだ。どうやって手なずけたのですか、F。HUSQ」

 わたしはDドールの語尾のアルファベットがいつもより多いことに気づきました。

{もしかして、この病人がFなの? 梓は昔からFを知っていたの?}

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