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水晶と鏡・story100

 ヒロがファンデーションボックスの手鏡を見ながら言います。

「あの人は咲藤さんの店の前で死んだはず」

 わたしの記憶が興奮しました。

「建物の陰からいきなりバイクが2台出てきた。あの人をはねてから、逃げた」

「つまり待ち伏せされていたわけだね」

 ランスが水鉄砲の先から牛乳を飲んでいたくちびるで、薄ら笑いします。

「ヒヒヒ。妊娠させた女たちのリストを咲藤さんへ届けに行ったところを待ち伏せされている。咲藤さんは田村様を呼んで、リストの2番目に載っていたみりさちゃんの保護を頼んだ」

 手鏡から外れたヒロの視線が鋭くなっています。

「つまり咲藤さんはマジックPの一員だね。マジックPへあの人の来訪を連絡した。リストの横流しもしたはず。だからマジックPは改造脳胎児を妊娠した人数と名前を把握している。田村様が神出鬼没になれたほど、咲藤さんがマジックPに関する情報をたくさん持っていた理由も説明つく」

 わたしの視線は強い乱視症状が出たかのように混乱しました。

「マジックPの一員なら、どうして田村様の情報屋をしたの?」

「逆だね。マジックPの内部情報を流せば、田村様は情報に沿って行動する。情報をわざと流すことによって、田村様を操作できる。マジックPはAドールくんを捕まえたかった。改造脳胎児を積んだ妊婦さんたちも捕まえたい。だけどマジックPの自然脳兵隊に捕まえられるのはせいぜい低性能ぐらいだ。CドールとDドールを大雪から札幌へ連れてくるまでの間、田村様に標的狩りをやらせていたわけだね。でも結果は最悪。マジックPの思惑どおりにあずさと対戦したけど、田村様は負けた。Aドールくんやあんたを捕まえてくれたけど、田村様はすぐ殺さず自分の道具にしようとして、失敗した。Aドールくんは自然脳だけど、みごとに田村様を打ち負かした」

 わたしは反論しました。

「低性能と呼ぶのはもうやめて。田村様をやっつけたのはわたしだから。ランスなんか気絶していただけ」

「ああ、そう。じゃあ今後の活躍にも期待するね。幸せくんの経験値も上がっていることだし」

「いや。期待されるとすごく困る。基本は守ってほしい」

 ヒロはわたしからさっさと目をそらすと、梓を見ました。

「咲藤さんはマジックPのいろいろな情報を詳しく知りすぎる。もしかしたら幹部の可能性もあるね」

「sub。それはないと思います」

 あっさり反論されたヒロの顔を見物しながら、わたしはあずさの言葉を聞きました。

「sub。咲藤さんが田村様をだますつもりでいたなら、田村様に見抜かれたはずです。わたしたちの父親であるあの人も、リストをわたす時に信用できる相手かどうか知り得たはずです。ウソを見抜ける2人から信用されるためには、咲藤さんが本気でなければなりません。咲藤さんはマジックPに利用され、田村様へ情報を流すよう、うまく仕向けられていたと思います」

「ハヒヒ。でも疑問。どうしてマジックPは田村様をドクターⅡのところへ行かせたのか、わからない」

「sub。おそらく実験体にするためです。田村様を捕獲するつもりだったのでしょう」

 わたしはファンデーションを使う手をとめ、顔を横にふりました。

「それはヘン。ドールたちは田村様への苦手意識を植えつけられていたから、田村様に勝てる計算は立てられなかったはず」

 ヒロがコンビニサイズのファンデーションボックスを安そうな音で閉じます。

「でも結局は田村様を檻に閉じこめたよね。どうして?」

 幸せくんの声がわたしの中で弾けました。

「俺がやっつけた。俺が田村様をぶっ飛ばした」

 残念ながら、脳の中をのぞかない約束なので、幸せくんの声は誰にも聞こえません。

 ヒロは冷静に状況を分析しました。

「たぶん、計算ずくだったね。CとDドールは田村様へのコンプレックスがあるから、幸せくんの脳を中継点に使おうと考えた。使うためにあんたを連れ去った。ついでに実験体にしようと檻へ入れた」

 時刻は午後をぐんぐん下っているようです。夕方へ向かって吹いている風がさらに冷たくなってきました。のせたばかりのファンデーションが肌をひんやり守ります。

 ランスが水鉄砲を下駄へ格納しました。

 風を受けたヒロの目が細くなります。

「咲藤さんの店へ急ごう。マジックPは正念場だから、田村様が死んだなら、咲藤さんは口封じに殺されるかもしれない。田村様への情報屋としてはもう用済みだからね」

「sub。咲藤さんは情報をわたしたちへすんなり話すとは思えませんが、なにか策はありますか?」

「ウソは見抜けるし、情報操作で恐怖を味あわせることだってできる。わたしたちはDドール以外に怖いものがない。自信を持っていこう」

 わたしはヒロが盗んだティッシュでくちびるのムラをとってから、手鏡を閉じました。

「ヒロは無敵だからいいけど、わたしとランスはすべてが怖い。まさかの時はどうしたらいい? ヒロとあずさは守ってくれる?」

「ハヒハ。ボクは別に怖くない。自分で自分を守ることができる」

「ランス、黙ってなさい。大事な交渉なんだから、弱いフリしてよ」

 ヒロが荷台へ歩き出しました。

「あずさ。まさかの時はAドールくんをお願いするね」

「sub。わかりました」

 わたしは荷台へ上ろうとするヒロのかかとをつかみました。

「わたしはどうしてくれるのよ」

「画数に期待したらいい。あんたはいい数字なんでしょう」

「画数で命が守られるなら、世界中から死人が出なくなる」

 わたしの手をふり払い荷台へ上ったヒロがわたしの手を引っぱってくれました。

「心配しなくても、あんたはわたしが守る。数百万貸している相手に死なれたら困る」

 荷台へ立ち、走り出してからのバランス維持のため檻にしがみつくと、ランスの義手が運転席のドアを閉めるのが見えました。

 幸せくんが落ちつきません。

「みりさ。あぶないからすわれよ」

{どうせなら、前を見ながら走りたい}

 平ボディは車道へ出ると、西に向かいます。荷台に立っているわたしの顔へ冷たい逆風と、まぶしい光線がぶつかってきます。太陽はいったい何時から夕陽と呼ばれるのか知りませんが、今がまさに変わり目とばかりに、オレンジの燃焼を見せています。

 幸せくんが声に力を入れます。

「いつか太陽を動かすくらいの性能が欲しい。そうしたら俺がみりさを守ってやれる」

{太陽なんか、放っておいても勝手に動くよ}

 咲藤さんの使う水晶ボールのようにまぶしい太陽へ目を細めながら、わたしは脳の中に引っかかりを感じました。幸せくんが読みとってくれます。

「なんだよ。咲藤さんがなんかヘンということはないだろう」

{なんかヘン。咲藤さんはそんなに安くないはず。下っ端の情報屋というイメージが湧かない}

「みりさのイメージより、みんなの意見の方が信用できる。とても合理的な会議だった」

{みんなは咲藤さんに会ったことがない。情報が足りないのが不安}

「みりさの思いこみの方が不安だな。黙ってみんなの後ろをついていった方がいい」

 幸せくんが言ったとおり、咲藤さんと話した経験があるのは自分だけ、というのはわたしの思いこみでした。

 平ボディが咲藤さんの店の前へ着くと、梓のくちびるが動きます。

「はい。ただいま。店へ行く時間。はい」

「どうしたの、いったい」

 梓におどろくヒロへ、あずさの声がふるえました。

「sub。ここは梓が中学を出てからしばらく暮らしていた家です。風俗嬢だったころの家です。外装は変わっていますが、まちがいなくこの家です。梓の記憶がテンションアップしています」

 梓におどろく全員を、まぶしい光が照らしてきました。

 目をぎりぎりに絞って上を見ると、2階の窓から身をのり出している咲藤さんが、水晶ボールで夕陽を屈折させ、わたしたちを照らしています。

「Dドール。全員来たようだ。開店前に終わらせておくれ。春は新しい環境になじめず不安になっている人間の予約が殺到しているからな」

 水晶ボールの光の中から、見たこともないほど大きなカラスが現れると、わたしへ向かって飛んできます。

 くちばしがファンデーションへ刺さりそうになった寸前、わたしの体が宙に浮き、鉄格子を素通りするように檻の中へ投げこまれました。

 助けられたとは思えないほど、強い打撲痛が肩と脚に発生しましたが、幸せくんが操作したのか痛みはすぐに消えました。

 わたしによけられたカラスは急浮上した後、上空で旋回を始めています。

 ヒロが鉄格子のすき間から、檻の中のわたしへ自分のファンデーションボックスをわたしてきました。

「急にぶっ飛ばして、ごめん。鏡が割れたら困るから、持っていて」

「あなたが助けてくれたの? あのカラスはなんなの?」

「咲藤さんの声はずいぶん威厳がある。ただの情報屋というテンションじゃないかもね」

「咲藤さんはふつうの人じゃない。水晶ボールに未来を映せる人。情報屋なんてヘン」

「とにかく戦争はもう始まっている。あんたは足手まといだから、ここでじっとしていな」

「こんなところへ閉じこめないで。イザという時、逃げられない」

「あんたのメイクのためにファンデーションを盗んだわけじゃない」

 ヒロがかかとで鉄格子を蹴りました。

「情報操作はあくまでも相手の脳を支配するだけで、現実を変えるものじゃない。あんたは鉄格子があると思いこまされているだけだよ。イザという時は強い心で、鏡を見てごらん」

 おどろいたわたしは鏡を開きました。しかしふつうに鉄格子が映っています。

「鏡を見ても、一緒だよ」

 荷台に仁王立ちするヒロへ急降下してきたカラスのくちばしがナンバー1の口の中に飛びこみました。ヒロは両手でカラスをつかむと、くちばしを噛みくだき、ツバを吐きながらカラスの体を荷台の上へ投げつけ、かかとで踏みました。

 カラスから噴き出る黒い血が臭ってくる中で、幸せくんが興奮します。

「鏡に鉄格子が映っていない。みりさとちがうものが初めて見えた。俺がここからみりさを出してやる」

 咲藤さんの声が降臨してきました。

「Dドールの攻撃が噛みくだかれるとはな。素晴らしい高性能だ。みりさにはやはりドクターSへたどり着く資質と運があるらしい」

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