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武将 真田昌幸 第33話家中の再編

【第8章‑2】 家中の再編


天正十年(1582) 信濃国・上田

武田家が滅びた春、上田の道には見慣れぬ足音が混じり始めた。

肩を落とした武士が、ひとり、またひとりと段丘を上ってくる。

歩き方は揃わず、息は浅く、鎧の紐がほどけたままの者もいた。

文書を抱えたまま迷うように歩く者もいる。

武田旧臣たちだった。主を失い、行き場をなくし、上田へ流れ込んできたのだ。


城の門の前で、昌幸はその足音を聞いていた。

かつて二十名ほどだった家臣は、家督を継いだころには七十名ほどになり、

今は百を越えようとしていた。

城下の道は、流れ込む武田旧臣で満ち始めていた。

真田家は、武田旧臣から有能なものを家臣に取り込んでいた。

特に、旧知で有能なものには昌幸の名で呼び寄せてもいた。


冬の冷たさが残る朝、城下の道に並んだ旧臣の列は、

武田滅亡直後の混乱が少し落ち着いた姿を見せていた。

昌幸は家臣を呼び、武田の旧臣を一人ずつ見ていった。

武術に秀でる者、文書を扱える者──それぞれの力を確かめる。

旧知ではないが能力のあるものは家臣に取り立て、

呼び寄せた者の安定した力も加わり、

家臣団の形が少しずつ整っていった。


天正十一年(1583)春 上田城内。

名主が村境の文書と、村の人数を書き付けた紙を持って城へ集まった。

田の状態や、兵として出せる家の名を口で伝える名主もいた。

武田滅亡の混乱で村境の扱いが揺れており、村境の扱いは乱れていた。


城内の机に軍役帳が広げられた。

紙束は以前の倍になり、

家臣が村名を指でなぞりながら人数を書き込んでいく。

どの村から何人出すか、どの家が兵を出せるか。

村境の文書を広げ、田の状態を確かめ、

村々の負担を決める声が重なっていった。

軍役帳の紙束はさらに厚くなり、

家中の内部が紙と人の動きで膨らんでいった。


天正十一年(1583)初夏 沼田

この頃、沼田では城が空いていた。

武田滅亡の混乱で、門は閉じたまま残り、

城下の道には人が少なく、曲輪の土は乾いていた。

井戸の水の手入れも止まり、

周辺の村々の名主は行き先を失っていた。


「沼田を押さえる。」


昌幸は、武田旧臣で沼田に詳しい家臣を沼田へ送った。

沼田へ向かう家臣の足取りは速かった。

城の門の前で足を止め、手で門を押し、

曲輪の土を踏みしめ、井戸の水を確かめた。

空いた城に人の気配が戻り始めた。

周辺の村々の名主が、村境の文書を抱えて沼田城へ集まった。

沼田に住んでいた武田旧臣が名乗り出て家臣団に加わった。

若者が兵として名乗り出るようになり、村々の生活に動きが戻った。

沼田が、真田家の手に入った。


天正十一年(1583)夏 上田・沼田

上田に戻った家臣たちが軍役帳を机に置いた。

村名の記載は間違いが減り、人数の再計が終わり、

兵の配置が新しい形として並んだ。

上田と沼田の家臣団がそれぞれ固まり、

旧武田家臣と呼び寄せられた者が混ざった大きな家臣団ができた。

村境の確認が終わり、家中に落ち着きが戻った。

武田旧臣を迎え入れ、

沼田城を押さえ、

村々を支配下に置いたことで、

昌幸は初めて、

「自分の家中を自分で整える」形を手に入れようとしていた。


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