表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

リゾートデートfeat.事故物件

作者: コケズム
掲載日:2026/03/28

 死体が埋まってそうな山だな。

 エチケット袋を抱えながら、俺は山道の景色を見ていた。緑と茶色の目に優しいものたちが、車においていかれてはヒュンヒュンと後ろに行く。見れば見るほどに目が回る。

 彼女が横目で俺を見て、すぐ前に視線を戻す。

「もうちょいだから、頑張って〜!お願いっ!」と彼女は言うが、車のナビはあと40m先で右方向に曲がれと言うはずだ。

「おえっ」

 やたらJ-POPが流れる車内で、俺は必死に吐き気を堪えていた。

 俺たちはs県r市のホテルに向かっていた。彼女が気分転換にと計画してくれた。俺も彼女も、大学に残す単位はない。なので、卒業旅行も兼ねている。観光はしない。いわゆるホテーションというやつだ。

 俺の運転を却下してハンドルを回す彼女は、旅館も取ってくれていた。

 そこまで遠くはない。ただ、旅行の手筈を彼女は俺にやらせてくれなかったので、今回の行き先を俺は知らなかった。

「温泉もあるんだ~露天風呂もあるし、いろいろ楽しめるところにした」

 ゆっくりしたいしさ、まだ記憶とか、戻ってないでしょ?と彼女は続けた。

「あ〜……。まぁな」

 俺は曖昧に頷く。

 期末レポートを終えた俺はまぁまぁの健忘になっていた。

 思い出せないものがある。が、病院に行く気もしない。生活に支障は出ている気もしないでもない。

 思い出せないのが、バイトだからだ。彼女がバイト先に連絡しといたとは言っていた。

 が、そもそもやっていたのかすら分からない。

 忘れていいものだったのか、とたまに思う。

 バイトに持っていっていたらしいカバンにはミニジップロックに二、三本の短髪が入っていた。

 俺のかもしれないが、なぜジップロックに入れたのかはわからない。ただ、ジップロックに「返す」とメモされてることが、なんとなく引っかかっていた。

 車内がガタガタと揺れ始め、意識が景色に引き戻される。車はもう山道に入っていた。

「おえッ」

 得意げに笑う彼女に「この道、なんか見覚えある」とは言えなかった。そもそも旅行もそこまで行かないのに、見覚えのあるほうがおかしい。

「楽しみだね〜。気分転換になるといいんだけど」

「だな」

 彼女は優しい。こうやって俺を信じてくれる。だけど、妙にそれがそぐわないと思う日があった。例えば今とか。

「さ、出るよ」

「わかった」

 車を閉める音が、やたら頭に響いた。

 旅館は古めかしい場所だった。

「ようこそ、いらっしゃいました」

「疲れてない?座ってていいよ」

「助かる……」

 車酔いが激しいのでロビーのソファに先に座らせてもらった。

「2名で予約した鹿嶋なんですけど……」

「では、ここに〜」

「これで、〜」

 彼女から目線をはずす。

 やっぱりボロい。

 カードキーではなく、でかい直方体のキーホルダーみたいなのがついた鍵と、絨毯の凸凹が隠せない廊下があり、周りはバブル時代の遺物と言って間違いない、値段の割にやたらデカいホテルや旅館がポツポツと立ち並んでいた。

 リゾートとは銘打っていたものの、さびれた温泉郷といった方が似合う。喧騒はなく、とても静かだ、逆にホテーションには向いていた。

 彼女は「綺麗だねー」と言いながら、あたりを撮っていた。

「あっ」

 部屋は少し広いくらいで、別に普通だ。

 だが、見覚えがあった。

 見晴らしはいい。太陽が部屋を覗き込むように照らしている。

(まるで、)

 まるで、俺を見てるみたいだ。

「おえっ」

 疲れている。こういうときは、もう一人俺が頭にいて、喋り出すようにできている。

(同じ歌もさっきから流れてるし。はぁ〜。車酔い中に歌聴くなよな)

 うるさい。耳鳴りと話し声と車で流れていた曲。こいつらが同時に流れ込んでくる。

 目がまわる。

「ねぇ!」

 彼女はピカピカの笑顔で、俺を呼んだ。俺の顔色をさっと見て、一人で動くことに決めたらしい。

「ちょっと散策してくる!休んでていいからね」

 ついたばかりで動きたくてたまらないらしい。目をキラキラさせながらウェルカムサービスの菓子を食べたあと、館内を散策しに行ってしまった。

 多分、説明されていた屋内庭園を見に行くのだろう。ここ一帯はさびれたとはいえ温泉地なので、色々楽しめそうだとは思う。

「う……うう。おえっ」

 車酔いが収まればの話だけれども。

 目覚えのある景色なら、安心したっていいはずだ。

 喉がしまる。せりあがってくる。

 湿気でもなければ空気が悪いわけでもなかろうに、頭が嫌に回る。

(思い出さなきゃ……思い出さなきゃ……)

 何を?

(なんで?)

 バイトとか忘れてんじゃん。

(まぁ、確かに)

 そうじゃないと困るんだよ。仕事仲間とかさ。ほら、あの子。チャラチャラした……

 金髪。ピアス。穴場。車。道案内したやつ。

 俺が教育係してる。

 ほらっほらっほらっ思い出さなきゃ。

(K君?)

 そ、後輩くん。

「あ」

 思い出した。

 俺にはKという後輩がいた。バイトでペアで、俺が色々教えてた。結構いい子で、俺も懐かれてた……はず。多分。

 耳の奥が捻れていく感じがする。

「う、……うぅ」

 また車酔いだ。気分の悪さが戻ってくる。

「か、カバン……」

 よろりと立ち上がると、ちょうど彼女が散策から帰ってきていた。俺を座らせて、カバンを取ってくる。

「探しもの?私取るよ。酔い止め?」

 彼女は殻を机に放って、錠剤と水を俺に手渡した。

 飲み込む。それだけでも、少し落ち着いた。

「どう?マシになった?」

 散策から帰ってきた黒髪の彼女はこちらを覗き込む。

「うん。綺麗だった?」

「そりゃね!長期休業明けだから他のお客さんも少ないし」

「……そうなの?」

「うん、めっちゃ()()でしょ。また泊まれるようになるの、ずーっと待ってたんだから」

 穴場。

「ほんとはさ、ここ、紫陽花が有名なんだよ」

 Kくんもそれを言っていた。

「ここめっちゃ穴場なのにー!紫陽花やべーんスよ!へぇ〜ッ!ここで!マジか〜。……長期休業するんスかね?」という後輩を確かに思い出せる。

 俺らはいつも住宅街の中の一軒とか、マンションの一室で仕事する。

 だから、()()()とは思った。

「ぐ……」

 トイレに駆け込む。

 グルグルグルグル。

 僕の脳みそが絞られる。ひっくり返って膿が出る。それがゲロになる。

「お、おえええええッ」

 床に飛び散らずに白いトイレに飲み込まれる。

 飲み込まれなかった画像がパチパチと脳裏によぎる。赤いものが飛び散った洗面台。

 グルグルグルグル。

 俺のバイトは、……。

(なんだった?飲食?)

 違う。

(塾講師?イベント設営?配達?工場?)

 違う。

(本屋?花屋?工事?警備員?調理スタッフ?模試の監視員?プールの受付?内職バイト?)

 違う、俺は……。

 ……思い出せない。

 だが、すべきことがある。

 ここで。

 ポケットを探るとツルツルしたのが入っている。俺が「返す」用のジップロックだ。

 部屋を見渡す。

 記憶の中でも、別に凄惨めな現場ではなかった。畳に染み込んだ血には閉口した。

 そういえば遺書もあった。

 血はその人の歩いた道全部に落ちていた。

 思考はツルツルと進む。

 洗面台に落ちてた赤茶の塊。落ちていたカッターと、その周りに飛び散ったシミ。亡くなった方と違うフルネームが書かれた脳卒中予防の薬の殻。

 俺はそれも()()()()

 グルグルグルグル。

 俺たちがしていたのは特殊清掃のバイトだ。

「だ、大丈夫?」

 彼女がトイレの外にいた。

「思い出した、思い出したんだ」

「えっ本当!?」

 彼女は被せるように話し出す。

「バイトのこと全部忘れてるしさ」

 チャラチャラした金髪の、Kくんを思い出した。そういえば彼は長髪だった。

「私のことも、しっかり者とかいうんだもん」

 と、いうか、「彼」ではなく「彼女」だったし、懐かれてそのまま付き合っていた。

 Kは鹿嶋かなこのKだ。あだ名だった。苗字も名前も、Kで始まるから。

「記憶を取り戻したんなら、こっちの方でもいいスかね」

 適当な敬語を使いながら、彼女は俺の手を引いた。

「さ、行きましょ」

「どこへ」

「私たちが掃除したとこっスよ。男湯だから、私は入れないスけど」

 彼女に手をひかれて、歩き出す。一部屋だけじゃなくて、俺たちは廊下も掃除した。血のついた手すりを消毒し、床に黒く染みつきかけている血塊を剥がした。今みたいに廊下を渡り、温泉にいく。

「な、なんでだよ」

「まぁ、一応?忘れてること、まだ残ってたらヤじゃないスか」

 男用の暖簾をくぐり、やっぱりここだと思った。俺は記憶の中の血の斑点を追う。血の斑点は脱衣所には目もくれず、温泉に向かっていた。

 客はいない。横滑りさせる扉が開いている。

 俺は呼ばれたんだ。

 温泉は濁り湯で、湯気が立っている。

 ここの露天風呂が、その男性の最後だったんだと思う。

 ここからは、木々が見える。遠くまで続く。

 血の気がない腕が温泉のなかに沈んでいく。その光景は、俺は見なかったけれど。

 貧血になると吐き気がするらしい。

 湯気で眩んだ視界と白っぽい水面、硫黄の香りと吐き気。それがその方の最後なのかもしれなかった。

 俺は――ようやく、返せる。

 たくさんのお膳立てをさせてしまった。

「悪かった。じゃなくて、……すまない。怒られてでも言えばよかった。すぐに、返しにくればよかったんだ」

 俺はポケットにはいりっぱなしだったジップロックを取り出す。二、三本の短髪は、ここの清掃中にマニュアルについてしまったものだ。ご遺体の火葬場も遺族についても俺たちは聞けない。個人情報漏洩だから。他の現場で捨てるのはもっとだめだ。どちらの遺体にとっても失礼になる。

 俺は返す方法を知らなかった。

「ごめん……返すよ」

 ジップロックの口を開けて、湯で洗う。髪は溶けるように湯にさらわれる。流れていたたくさんの血と、同じところに行けるだろうか。

 露天風呂の湯が揺らいで、また止まる。

 キラキラと湯の表面が光っている。

 お天道様が、俺をまだ見ているような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ