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大切なものを失った伯爵が奴隷のダークエルフ少女を買ったら、いつの間にか最強の領地になっていた……  作者: 積と和〝
第1章 出会い

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アルフレッドの過去と心の傷

屋敷の書斎は午後の柔らかな陽光に包まれていた。

高い窓から差し込む光は、古びた本棚や重厚な机の上に淡い影を落とし、静寂の中にゆるやかな時間の流れを感じさせる。

外では風が庭木の葉を揺らし、かすかなざわめきが遠くから聞こえていた。


アルフレッドは机に向かい、整然と積まれた書類に目を落としていた。

しかし、その視線は文字を追っているだけで、内容はほとんど頭に入っていない。

指先で紙をめくる動作もどこか機械的で、心ここにあらずという表情が隠しきれなかった。

彼の胸の奥には、未だ癒えぬ傷が重く沈んでいる。


そのとき、扉の外から控えめな足音が近づき、セバスが静かに姿を現した。

彼は長年仕えてきた執事らしく、主のわずかな変化も見逃さない。


「旦那様、少しお疲れのようです。お茶でも入れましょうか」


低く落ち着いた声が、張りつめた空気をやわらかく揺らす。


「いや、構わない」


アルフレッドの返事は淡く、短かった。

だがその声音の奥には、深く閉ざされた感情の影が滲んでいる。

妻フィーネと娘クリスティーナを失ったあの日以来、彼の心はどこか遠くに置き去りにされたままだった。

時間は過ぎても、その喪失は色あせることなく、むしろ静かに根を張り続けている。


セバスはそれ以上何も言わず、わずかに頭を下げて静かに下がった。

部屋には再び、重い沈黙が落ちる。



しばらくして、控えめなノックの音が響いた。

返事を待つような一瞬の間の後、扉がゆっくりと開く。


サラが静かに部屋に入ってきた。

両手には小さな茶碗を二つ、大切そうに持っている。

白い湯気がふわりと立ち上り、ほのかに優しい香りが漂った。


「伯爵様……お疲れではありませんか?」


その声はまだ少し遠慮がちで、けれど真っ直ぐな温かさを含んでいた。


「……サラ」


アルフレッドは驚いたように顔を上げる。

セバスとは違う、どこか不器用で初々しい気遣い。

その存在が、閉ざしていた心の奥に小さな波紋を広げる。


「今日は……少しでも、気分転換になればと思って」


サラは控えめに微笑みながら、机の端に茶碗をそっと置いた。

置く動作一つにも丁寧さがあり、その仕草はどこかぎこちないが、だからこそ真心が伝わってくる。


アルフレッドはその様子を見つめながら、胸の奥に微かな違和感――いや、変化を感じていた。

長く凍りついていた感情が、わずかに揺らいでいる。



彼は少し視線を落とし、ためらうように口を開いた。


「……実はな、私にはどうしても消えない過去がある」


低く、重い言葉だった。自分から過去に触れることなど、これまでほとんどなかった。


サラは驚いたように目を瞬かせるが、すぐに静かに姿勢を正し、真剣な眼差しで彼を見つめる。


「伯爵様……?」


その一言には、無理に踏み込まず、ただ寄り添おうとする気持ちが込められていた。


アルフレッドはゆっくりと息を吐き、記憶の底へと沈んでいく。


妻と娘が事故に遭った日。

突然の知らせに血の気が引き、必死で現場へ向かったこと。

崩れかけた道、荒れた地形、そして不気味な静けさ。

馬車は見つかった。

荷物も散乱していた。

だが――


「……二人の姿は、どこにもなかった」


その言葉を口にした瞬間、彼の喉がわずかに詰まる。


魔物の出没する危険な地帯。

足を滑らせれば命を落とす崖。

考えたくもない可能性が、次々と頭をよぎった。


「どれだけ探しても……手がかりすらなくてな」


そのときの絶望感が、今もなお胸を締めつける。

あの日の冷たい風、焦り、無力感――すべてが鮮明に蘇る。


サラは息をのみ、言葉を失う。

だが視線は逸らさず、ただ静かに頷いた。


「……伯爵様、そんなに辛い思いをされていたのですね」


その声は震えていたが、確かに彼の痛みに寄り添っていた。



アルフレッドは目を伏せ、さらに言葉を続ける。


「だから、私は誰にも心を許すことをやめた……」


自嘲気味に笑う。


「大切なものをもう失いたくない。それなら最初から、何も持たなければいい」


その考えが、彼を守る鎧になっていた。

だが同時に、彼自身を孤独の中に閉じ込めてもいた。


「君たちにも深入りしないようにしていた」


その言葉には、どこか後悔の色が混じっていた。


そのとき、サラがそっと手を伸ばす。

ためらいながらも、彼の手に触れ、やさしく握った。


温かい。


それは驚くほど、はっきりとした感覚だった。


「伯爵様……大丈夫です」


サラの声は静かだが、芯のある強さを持っていた。


「私たちが、少しずつ支えますから」


その言葉に、偽りはなかった。

押しつけるのでも、無理に励ますのでもない。

ただ隣にいると告げるだけの優しさ。


「……サラ」


アルフレッドの声はかすかに揺れる。

胸の奥に、長い間閉ざされていた場所へ、ほんのわずかに光が差し込む。



サラは小さく微笑む。

その表情はどこか照れくさそうで、それでもまっすぐだった。


「私……伯爵様のそばにいると、安心します」


その言葉は予想外で、アルフレッドは目を見開く。


「だから、これからも一緒にいさせてください」


静かな決意が込められていた。


アルフレッドの胸が大きく揺れる。

彼女もまた、辛い過去を背負っているはずなのに。

それでも誰かのそばにいようとする強さ。


自分はこれまで、失うことばかりを恐れていた。


だが今――


サラの手の温もりが、確かにそこにある。


凍りついていた孤独と悲しみが、ゆっくりと、しかし確実に溶け始めていた。

まるで長い冬のあとに訪れる、かすかな春の気配のように。


書斎の窓から差し込む光は、いつの間にか少しだけ柔らかくなっていた。

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