屋敷の初仕事
ノード伯爵家は侯爵家や公爵家に比べ爵位は格下であるが、実質的な発言力だけでいえば公爵家と肩を並べている。
これは代々知識量の豊富さから王国に貢献してきたことが大きい。
我が伯爵家は先祖からの知識を丸ごと受け継げる特殊能力がある。
そのためアルフレッドの知識量はとてつもなく膨大だ。
一族だけの秘密ではあるが、過去にこの世界ではない異世界からの転生者がいた。
その知識がこの国の特に衛生面や農業技術の発展に役立っている。
この歴史ある伯爵家の屋敷は、王都の南に位置する温暖で条件のよい領地の北部にあり、広大な敷地に「コ」の字型の本館建物が重厚な雰囲気で建っている。
⸻
屋敷正面の大きな扉をくぐると、外の世界とは打って変わって静寂が広がっていた。石畳の廊下に足音が吸われ、豪華だが落ち着いた空間が、姉弟を一層緊張させる。
「こちらが君たちの部屋だ。荷物はほとんどないが、今日はゆっくり休むといい」
アルフレッドは、サラとサンにそう告げると、使用人たちに指示を出しながら部屋を案内した。
部屋は思ったよりも広く、窓からは庭の緑が見渡せる。
サラは緊張で固まったまま、弟のサンと互いに小さく頷いた。
「まずは君、サラ。私の部屋の整理と掃除をお願いする。無理に完璧にする必要はない、できる範囲で構わない」
「はい……!」サラは深く頭を下げ、ほんのわずかに声を震わせた。
サンもセバスの元で助手として動くため、自然と姉弟の役割が分かれた。
だが、サラは弟に目をやりながら、胸の奥で「弟のためにもしっかりしなくては」と決意する。
「サンは助手であるとともに剣術や勉強もやってもらう。もちろんサラも勉強はさせてやる」
「はい、あの、文字の読み書きは2人ともできます。私はできれば魔法について学びたいです」
「ふむ、この国の、ワイネル王国の文字もわかるのか。ではその様に。魔法の他にも知りたいことを学べ。」
セバスをみるとニコリとしながら頷いた。
それにしてもこのようにボロボロで、奴隷として売られていたのだ。
ひとつ確認をしておいたほうが良いだろう。
「読み書きができるということだが、どこで学んだのだ。」
「それもお前たちにとって外国語であるワイネル語まで。なぜその様なものが奴隷として売られている。やはり……」
「はい、おそらくお察しの通りです。住んでいた集落丸ごと攫われました」
「集落……」
「どのような経緯であれ今は伯爵様と奴隷契約を結んでいますのでそれには従うつもりです」
サラが目を伏せ手を強く握りしめながらいった。
⸻
サラが掃除と整理を始めると、その真面目さが光った。
埃を払い、床を掃き、書類を丁寧に並べる。
小さな手の動きのひとつひとつに、気持ちがこもっている。
しかし、初めての仕事ゆえ、書類の並べ方に少しだけ手違いが起きる。
アルフレッドが部屋に戻ったとき、サラは顔を赤くして小さく謝った。
「す、すみません……間違えてしまいました」
「大丈夫だ、気にするな。君が一生懸命やっていることはちゃんとわかっている」
その一言で、サラの肩の力がふっと抜けた。
胸の奥で初めて「認められた」と感じる瞬間だった。
目を細め、微かに笑みを浮かべるサラの表情は、悲しみに閉ざされていたアルフレッドの心の隙間に、少しだけ光を差し込ませる。
⸻
午後になると、サンが剣術の稽古から戻ってきた。
弟のゆっくりであっても成長していく姿を誇らしげに見つめるサラの横顔は、守るべき存在としての本能と姉としての優しさで輝いている。
「サンの剣術、なかなかのもののようだな」
「はい……でも私も負けてはいられません」サラは少し照れくさそうに答えた。
彼女の心の中ではアルフレッドに認められたい、そして弟のサンにも頼られる存在でありたいという気持ちが湧いてくる。
⸻
夕方になり、屋敷の窓から差し込む光が柔らかく部屋を包む頃、サラは最後の埃を拭きながら、アルフレッドに尋ねた。
「伯爵様……今日は、これで大丈夫でしょうか?」
「うむ。とてもよくできている。君の手際の良さには驚かされた」
小さく頭を下げるサラの頬が紅潮する。
言葉には出さずとも、胸の奥で主人に認められた喜びが広がる瞬間だった。
その夜、サラはサンと並んで部屋に座り、窓の外の星空を見上げる。
「今日は……少し、自信が持てた気がする」
サンも小さく頷き、二人で微笑みあった。




