サラVSクリスティーナ
翌日。
王都郊外の森は、朝靄に包まれていた。湿った土の匂いと、静まり返った空気が、これから起こることを予感させるように重く沈んでいる。
アルフレッドたちは、ついに侯爵の新しい拠点へと辿り着いていた。
古い地図にも載っていない場所――まるで意図的に隠されていたかのような、森の奥深く。
「ここだ」
アルフレッドの低い声が、静寂を裂いた。
その視線の先には、崩れ落ちた城跡がある。
かつては威厳を誇っていたであろう石壁は崩れ、蔦に覆われ、時間に忘れ去られていた。
だが――ただの廃墟ではない。
地面のわずかな魔力の流れ。
人工的な気配。
地下に研究施設がある。
サラが一歩、前に出た。
迷いのない足取り。
その横顔は冷静だが、内側には鋭い緊張が宿っている。
「先に行きます」
短く、しかし強い意志を込めた言葉。
アルフレッドは彼女を見た。
一瞬だけ、何かを言いかけ――やめた。
「頼む」
その一言に、すべてを託す。
サラは小さく頷くと、次の瞬間にはもう動いていた。
影のように、音もなく森を駆ける。
その姿は、まるで闇に溶けるようだった。
崩れた石の隙間にある地下入口。
そこへ飛び込む。
――その瞬間。
ぞわり、と背筋を撫でる感覚。
気配。
誰かいる。
サラの足が止まる。
暗闇の中、呼吸を殺す。
すると、奥から声がした。
静かで、感情の薄い声。
「……あなた」
サラは即座に振り向いた。
炎を灯す寸前の手。
視線は鋭く相手を射抜く。
そこにいたのは――少女だった。
淡い金髪が、薄暗い空間の中でぼんやりと光を反射する。
灰色の瞳は、まるで感情を映さない曇天のように静かだった。
年はまだ若い。
だが、その立ち姿には異様な落ち着きと、底知れぬ力が宿っている。
サラは一歩、距離を取る。
警戒を隠さない声で問う。
「誰?」
少女は、ほんのわずかに首を傾けた。
そして答える。
「クリスティーナ」
その名前が、空気を震わせた。
サラの目が見開かれる。
一瞬、思考が止まる。
「……え?」
その反応を待つこともなく――
次の瞬間、クリスティーナの周囲で魔力が歪んだ。
空気が軋む。
見えない力が、空間そのものをねじ曲げる。
重力魔法。
床の石がきしみ、砕ける。
サラは反射的に後方へ跳んだ。
身体が軽やかに宙を舞い、衝撃を避ける。
「魔法!?」
驚きと同時に、戦闘の意識へと切り替わる。
クリスティーナは無表情のまま、サラを見ていた。
その瞳には敵意とも無関心ともつかない、奇妙な揺らぎがある。
「あなた」
静かに問いかける。
「父の味方?」
その言葉に、サラの心がわずかに揺れた。
だが、すぐに答える。
「伯爵様は正しい人です」
迷いはない。
信念としての言葉。
その瞬間――
クリスティーナの瞳が、はっきりと揺れた。
「……父?」
その一言に、戸惑いが滲む。
まるで、その存在を確かめるかのように。
次の瞬間。
彼女の中で、何かがざわめいた。
知識が囁く。
断片的な記憶。
植え付けられた情報。
――アルフレッド・ノード。
名前だけが、鮮明に浮かぶ。
サラは炎を灯した。
掌に揺れる紅い光が、暗闇を照らす。
「あなたは誰に操られているの?」
その問いは鋭く、核心を突く。
クリスティーナは小さく呟いた。
「わからない」
本心だった。
自分が何者なのか。
何を信じればいいのか。
だが――
次の瞬間、その迷いをかき消すように魔力が膨れ上がる。
まるで命令されるかのように。
戦いが始まった。
サラの炎が唸りを上げて放たれる。
空気を焼き、一直線にクリスティーナへ迫る。
だが、クリスティーナは手を軽くかざしただけだった。
重力が歪む。
炎が押し潰されるように軌道を変え、壁へと叩きつけられた。
轟音。
石が砕け、火花が散る。
森の奥まで振動が伝わる。
サラは歯を食いしばる。
(強い……!)
クリスティーナもまた、無言で魔法を重ねる。
その力は制御されているようでいて、どこか不安定だ。
二人とも強い。
拮抗する力と力。
炎と重力がぶつかり合い、空間そのものが軋む。
遠くで、サンの叫び声が響いた。
「姉さん!」
その声には焦りと恐怖が混ざっている。
アルフレッドが森に駆け込む。
枝を払い、息を乱しながら。
胸騒ぎが止まらない。
そして――
彼は、その瞬間を見た。
炎の光に照らされた、ひとりの少女。
金髪。
灰色の瞳。
その姿を認識した瞬間。
時間が、止まったように感じた。
呼吸が止まる。
心臓が、強く一度だけ打つ。
「……っ」
言葉にならない。
目の前の光景が、信じられない。
記憶の奥底に沈んでいた面影が、現実としてそこにいる。
戦場の喧騒の中で、ただ一人。
アルフレッドだけが、動けずに立ち尽くしていた。




