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大切なものを失った伯爵が奴隷のダークエルフ少女を買ったら、いつの間にか最強の領地になっていた……  作者: 積と和〝
第2章 王都防衛戦

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クリスティーナの覚醒

ノード伯爵家の知識は、代々先祖から受け継がれている。

それは単なる教育や書物による伝承ではない。

血そのものに刻み込まれた、異質な継承だった。


しかして、その引き継ぎ方には明確な特徴がある。

一子相伝――何人子供がいようと、そのうちのたった一人にしか受け継がれない。


しかもそれは、選ばれる者の意思とは無関係に起こる。

前の継承者が亡くなったその後、長い時を待つこともなく、ある日突然、子供たちのうちの誰かに“流れ込む”のだ。


夢のように、あるいは悪夢のように。

膨大な記憶と知識が、拒む間もなく精神を満たしていく。


それは祝福か、それとも呪いか――

ノード家の者であっても、明確に答えられる者はいなかった。


アルフレッドは兄弟姉妹がいない。

ゆえに選択の余地はなく、必然的にその継承者となった。


あの日――

頭の奥で何かが弾けた瞬間を、彼は今でも鮮明に覚えている。


知らないはずの景色。

見たこともない文字。

理解したことのない魔術理論。

それらが一瞬で「理解できるもの」に変わっていった。


そして一度得た知識は、決して消えない。

新たに学んだことさえも、霧の向こうへ消えることはない。


それは便利な能力だった。

だが同時に、常に誰かの人生を背負わされているような、重苦しさも伴っていた。


ーーー


王都の地下研究施設。

地上の喧騒から切り離された、冷たい石造りの空間。


湿った空気が肌にまとわりつき、松明の炎が頼りなく揺れている。

長い年月を経た石壁には黒ずみが広がり、ここが決して表に出ることのない場所であることを物語っていた。


その中央。

精緻に刻まれた巨大な魔法陣の中に、一人の少女が立っていた。


淡い金髪が肩口で揺れ、

灰色の瞳は焦点が定まらず、どこか遠くを見つめている。


クリスティーナ・ノード。


だがその意識は、深い霧の中に閉ざされていた。

自分が誰であるのかさえ、はっきりとは掴めていない。


胸の奥にあるのは、漠然とした不安と、言葉にならない空虚感だけ。


その様子を、少し離れた場所から一人の男が見下ろしていた。

豪奢な衣服に身を包んだ、威圧感のある男――ローゼン侯爵。


彼はゆっくりと口を開く。

「始めろ」


低く、よく通る声。

その一言で、周囲の研究者たちの空気が一変する。


「は、はい!」


緊張に満ちた声が返り、同時に魔法陣へと魔力が流し込まれる。


次の瞬間――

魔法陣が眩い光を放った。


古代魔法。

現代では失われたはずの術式。


さらにそこへ重ねられる、異質な力。

ダークエルフの魔力――重く、粘りつくような闇の波動。


そして最後に加わるのは、

ノード家の血。


三つの力が交わり、空間そのものが歪むように震えた。


魔力が渦を巻く。

目に見えないはずの力が、嵐のようにうねり、クリスティーナを中心に収束していく。


「……っ」


少女の体がびくりと震えた。

細い指がぎゅっと握られる。


頭の奥で、何かが――弾ける。


次の瞬間。

濁流のような情報が、一気に流れ込んできた。


見知らぬ人生。

無数の視点。

何百年にも及ぶ記録。


魔術。政治。戦争。裏切り。研究。

歴代ノード家が積み上げてきたすべての知識が、容赦なく精神を満たしていく。


「――――ッ!!」


声にならない悲鳴。

膝が折れそうになるのを、かろうじて踏みとどまる。


それはアルフレッドと同じ――

知識継承の力。


だが、本来の継承とは違う。

これは“作られた継承”。


無理やりこじ開けられた扉のように、記憶が流れ込んでくる。


やがて――

嵐が静まる。


クリスティーナの瞳が、ゆっくりと開いた。


灰色の瞳。

だが先ほどまでの空虚さは消え、そこには静かな光が宿っていた。


深く、冷たい光。


その変化に、研究者の一人が息を呑む。

「成功した……!」


震える声。

信じられないものを見たという表情。


ローゼン侯爵は、その様子を見て満足げに口元を歪めた。

「やはりノード家の血は素晴らしい」


計画通り。

いや、それ以上の成果だ。


彼の視線が、クリスティーナに向けられる。

観察するような、値踏みするような目。


「記憶が戻ったのか?」


静かに問いかける。


クリスティーナはゆっくりと首を傾げた。

その仕草は年相応の少女のものだが、瞳だけが違う。


「少しだけ」


淡々とした声。

感情の起伏がほとんど感じられない。


だがその内側では――

無数の記憶がまだ渦巻いていた。


知らないはずの父の顔。

知らないはずの愛情。

そして、知らないはずの“恐れ”。


少女は一瞬だけ目を伏せる。


胸の奥に、わずかな温度が灯る。

それは懐かしさにも似た感覚。


けれど次の瞬間、それは冷たい何かに押し潰された。


ゆっくりと顔を上げる。


灰色の瞳が、まっすぐ侯爵を捉える。

その視線には、明確な拒絶があった。


そして小さく、しかしはっきりと言う。


「でも……」


ほんの一瞬の間。


「あなたは嫌い」


静まり返る空間。

松明の火が、ぱちりと小さく弾けた。


侯爵の笑みが止まる。

その目が、すっと細くなる。


研究者たちは息を潜め、誰も声を発することができない。


だがクリスティーナは視線を逸らさない。

恐怖も動揺も見せず、ただ冷たく相手を見据えていた。


その瞳の奥には――

歴代ノード家の記憶と、そして彼女自身の、確かな意思が宿っていた。

明日から1日1回、20:30投稿のみとさせてください。

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