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大切なものを失った伯爵が奴隷のダークエルフ少女を買ったら、いつの間にか最強の領地になっていた……  作者: 積と和〝
第2章 王都防衛戦

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再会

王都郊外――夜の闇に赤い炎が滲んでいた。

焦げた匂いと、焼け落ちた石壁の残骸が風にさらされ、崩れた研究施設はもはや原形を留めていない。


その地下。

崩れかけた通路を、ひとりの男が足早に進んでいた。


ローゼン侯爵。

かつて王都でも名を知られた貴族であり、禁忌に手を染めた研究者。


その顔には焦りと、それ以上に歪んだ執念が浮かんでいる。


「計画はまだ終わらん……」


低く呟く声は、自分自身に言い聞かせるようだった。

背後では遠く、爆ぜる音と振動が地下にまで響いてくる。地上では戦いが続いているのだ。


だが侯爵は振り返らない。

彼にとって重要なのは、ただ一つ。


その後ろ――数歩離れた場所に、少女が静かに立っていた。


淡い金色の髪が、炎の反射でかすかに揺れる。

灰色の瞳はどこか空虚で、それでいて底知れない深さを湛えていた。


無傷。

まるでこの惨状とは無関係の存在のように。


侯爵は足を止め、振り返る。


「行くぞ」


短く、しかし強い命令。

その声には所有者としての確信があった。


「クリス」


呼ばれた少女は、わずかに首を傾げる。

その動きはぎこちなく、どこか人形めいている。


「クリス……?」


自分の口でその名をなぞるように繰り返し、彼女は戸惑いを滲ませた。


「それが……私の名前?」


問いは静かだったが、そこには微かな揺らぎがあった。

自分という存在の輪郭を探るような、不安定な響き。


侯爵はゆっくりと笑みを浮かべる。

満足げで、歪んだ誇りに満ちた笑みだった。


「そうだ」


一歩、少女に近づく。


「お前は“クリス”だ」


その目がぎらりと光る。


「私の最高傑作だ」


その言葉は称賛のようでいて、完全な所有宣言でもあった。

少女は一瞬、何も言わない。


灰色の瞳が、ほんのわずかに揺れる。

その奥で、何かが波紋のように広がった。


理解できない感情。

説明のつかない違和感。


そのとき――


遠くの崩れた天井の隙間から、赤い光が差し込んだ。

炎だ。


王都の戦いの火が、夜空を焼いている。


少女は無意識にそちらを見た。


燃え上がる光景。

遠いはずなのに、なぜか近く感じる。


胸の奥が、きゅっと締め付けられた。


「……」


息が、わずかに詰まる。


理由はわからない。

見たことがあるはずもない光景。

それなのに――


懐かしいような、怖いような、失いたくない何かを思い出しそうになる。


次の瞬間、視界が滲んだ。


涙だった。


頬を伝う前に、彼女自身が戸惑う。


(どうして……?)


心が、痛い。


何かを呼ばれている。

どこか遠くから。


声にならない声が、確かに届いてくる。


侯爵が訝しげに眉をひそめる。


「どうした」


冷たい声音。

だがその裏には警戒も混じっている。


少女はゆっくりと口を開いた。


小さく、震える声で。


「誰かが……」


一度言葉を切り、遠くを見つめる。


「呼んでる気がする」


その言葉は、彼女自身にも理解できない確信を帯びていた。


侯爵の表情が一瞬だけ曇る。

だがすぐに笑みに戻る。


「気のせいだ」


切り捨てるように言う。


「お前に過去などない」


「あるのは私が与えた役割だけだ」


その言葉は呪いのように少女へ落ちる。


だが――


完全には届かなかった。


少女の胸の奥で、何かが微かに反発する。


消えきらない感覚。


それと同じ頃。


遠く離れた王都の一角。

炎に照らされた屋敷の庭で、一人の男が空を見上げていた。


アルフレッド。


彼の胸はざわついていた。

理由はわからない。


戦況でもない。

目の前の炎でもない。


もっと個人的で、もっと深いところから来る感覚。


失ったはずのものが、どこかでまだ存在しているというような――そんな予感。


無意識に手を握りしめる。


「……」


そして、確信にも似た思いが胸に浮かぶ。


「クリスティーナ」


その名を、静かに呼ぶ。


夜風が吹き抜ける。

炎の光が揺れる。


「お前は……」


言葉が続く前に、彼は目を閉じた。


だが、その確信だけは揺るがない。


娘は――


まだ生きている。


その夜。

燃え落ちる王都の光の下で。


交わるはずのなかった運命が、再び動き出していた。

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