侯爵のクーデター
3話目です。
王都。
夜の城下町。
いつもなら温かな灯りが通りを照らし、人々の笑い声や商人の声で賑わう場所だった。
しかし今夜の王都は、まるで息を潜めたような異様な静けさに包まれていた。
路地に立つ街灯の火はわずかに揺れ、影が石畳にゆらめく。
風もなく、空気はひんやりとしているが、どこか不吉な気配が漂っていた。
ノード伯爵家の王都屋敷。
石造りの高い壁に囲まれた屋敷は、夜の闇に溶け込み、
重厚な扉が冷たく光っていた。
書斎の扉を押し開くと、アルフレッドが地図を前にして険しい表情を浮かべていた。
机の上にはろうそくがひとつだけ灯り、揺れる炎が彼の鋭い目元を照らしている。
その横には、サラとサン、そして忠実な執事セバスの姿もあった。
息をひそめるように集まり、皆がアルフレッドの言葉を待っていた。
「侯爵が動く」
アルフレッドの声は低く、冷静だが、そこには隠せない緊張が混ざっていた。
サンの目が見開かれる。
「クーデター……ですか?」
声は震え、普段の自信に満ちた態度はどこか影を潜めていた。
「可能性は高い」
アルフレッドは静かに言うと、地図の一点を指さした。
指先がわずかに震える。
「ここだ」
王都の地下水路。
湿った石壁と闇が広がる迷路のような場所だ。
人目につかず、暗殺や密輸、秘密裏の作戦にはもってこいの場所である。
「人工魔物を隠すには都合がいい」
その言葉に、サラは小さく息を呑んだ。
胸の鼓動が早まる。
魔物の力を操る術者として、その恐ろしさを直感的に理解していた。
「つまり……王城を襲うつもり……」
サラの声は震え、しかし耳に届くのは自分の心臓の高鳴りだけだった。
アルフレッドは頷いた。
「王が倒れれば……侯爵が王国を握る」
その言葉には冷徹さと覚悟が滲んでいた。
彼は王都の未来を守るため、決して後戻りできない道を見据えている。
書斎は再び静寂に包まれた。
誰もが次に何をすべきか考えている。
サンが拳をぎゅっと握る。
爪先に力が入り、床の木目が微かに軋む音がした。
「止めないと!」
その声には熱い決意が込められていた。
アルフレッドは静かに、しかし力強く答えた。
「止める」
彼の目がサラに向けられる。
闇の中でも、確かに互いを見据える視線が交わる。
「サラ」
「はい」
答える声に、サラの胸の奥で何かが弾けた。
覚悟と恐怖が混じり、しかしそれ以上に守るべきものへの強い意志が湧き上がる。
「お前の力が必要だ」
アルフレッドの言葉は重く、しかし信頼に満ちていた。
サラは深く息を吸い込み、拳を握り締める。
「必ず守ります」
声が震える。
だがその声は、決して揺らぐことのない決意の響きだった。
アルフレッドを。王都を。
そして――この居場所を。
その瞬間、遠くで爆発音が響いた。
「ドン!!」
衝撃が屋敷の窓を微かに揺らし、埃が舞う。
夜の静けさが一瞬にして破られた。
サンの顔が強張り、瞳に怒りと緊張が浮かぶ。
「始まった!」
声には恐怖と興奮が混じり、鼓動は戦場のリズムのように高まる。
闇夜に立ちすくむ三人。
外の王都では、侯爵の影が確実に動き始めた。
だが、彼らもまた、決して諦めない覚悟を胸に秘めていた――
夜の王都の運命は、今まさにこの瞬間から動き出す。




