(閑話)屋敷での一コマ(2)
本日2話目です。
ここのところ忙しい。
そんな一言では片付けられないほど、日々は重くのしかかっていた。
公爵のこと、例の事故の後処理、さらに領地のルーチン業務――どれも放り出すわけにはいかない。
書類は山のように積み上がり、人の出入りも絶えない。
気を抜けばすぐに判断を迫られる立場にいる以上、弱音を吐く余裕すらなかった。
昨夜も結局、まともに眠れたとは言い難い。
短い睡眠のせいで頭はぼんやりと重く、体の芯に鈍い疲労が溜まっているのがはっきりとわかる。
それでも机に向かい続けていたが、ふとペンを持つ手が止まった。
「……少し休むか」
自分でも驚くほど素直にそう呟いていた。
無理を重ねれば判断を誤る。それだけは避けなければならない。
アルフレッドは椅子から立ち上がり、執務室の隅に置かれたソファへと歩み寄る。
軽く肩を回し、腕を上げて伸びをすると、固まっていた筋肉がわずかにほぐれる。
そのままソファに体を預けた。
柔らかなクッションが背中を包み込み、張り詰めていた緊張が一気に緩む。
ほんの少し目を閉じるだけのつもりだった。
――だが、次の瞬間には意識が闇に沈んでいた。
……どれほど経ったのか。
ふと、意識が浮かび上がる。
ゆっくりと瞼を開けると、窓から差し込む光が視界に入った。
まだ陽は高い。思ったより時間は経っていないらしい。
そのことに小さく安堵の息をつく。
「ん……?」
だが、すぐに違和感に気づいた。いつもと違う。
何かが妙に柔らかく、温かい。
頭の下にあるはずのクッションの感触とは明らかに違うものだった。
わずかに首を傾ける。
視界に映ったのは、見慣れたはずの顔――サラだった。
「んんっ!?」
一気に意識が覚醒する。
状況を理解した瞬間、顔に熱が上るのを感じた。
ここは、もしかして――。
サラの膝の上に、自分は頭を乗せているのか。
サラは視線に気づいたのか、少し驚いたように目を瞬かせたあと、すぐに申し訳なさそうに眉を下げた。
「申し訳ありません。かなり辛そうな体勢でしたので……そのままにしておくのもと思い……」
控えめで、どこか遠慮がちな声。
けれど、その言葉の裏には気遣いが滲んでいる。
アルフレッドは思わず体を起こした。
急に離れたことで、さっきまで感じていた温もりが消えてしまう。
「動いたら起きると思って……でも、起こすのも忍びなくて……」
サラはそう続けながら、目を伏せる。
その横顔はどこか不安げで、叱責を待っているかのようにも見えた。
一瞬、言葉に詰まる。
「すまな……いや、ありがとう」
出てきたのは、自然とそんな言葉だった。
怒る理由などどこにもない。
それどころか、疲れきっていた自分にとって、その配慮はありがたいものだった。
「おかげで、気持ち良く眠れたようだ」
正直な感想だった。
先ほどまでの重だるさが、少しだけ軽くなっているのを感じる。
「気持ちよく……あっ、よかったです……」
サラはその言葉を聞いた瞬間、ぱっと顔を赤くした。
耳の先まで真っ赤になり、視線をさまよわせる。
その反応に、アルフレッドは一瞬戸惑う。
だが何かを言う前に、サラは慌てた様子で立ち上がった。
「では、私はこれで……!」
小さく一礼すると、逃げるように部屋を出ていく。
その背中はどこか落ち着きがなく、扉が閉まる音だけが静かに残った。
部屋には再び静寂が戻る。
アルフレッドはしばらくその場に座ったまま、ぼんやりと今の出来事を反芻した。
先ほどまで確かにあった温もりと、柔らかな感触が、妙に鮮明に思い出される。
「……まいったな」
小さく呟き、額に手を当てる。
疲れとは別の意味で、落ち着かない感覚が胸の奥に残っていた。
後ほどもう1話投稿します。




