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大切なものを失った伯爵が奴隷のダークエルフ少女を買ったら、いつの間にか最強の領地になっていた……  作者: 積と和〝
第2章 王都防衛戦

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遠征準備と戦闘服のサラ

第2章の始まりです。

ローゼン侯爵家の調査命令が王都から届いたのは、冷たい朝靄がまだ街を包んでいる頃だった。


重厚な封蝋の押された書簡は、それだけで厄介事の匂いを漂わせていた。


そして――その翌日。


ノード伯爵家の屋敷は、いつもとはまるで別の場所のように慌ただしかった。

普段は整然と静けさを保つ中庭にも、人の出入りと荷の運搬で活気と緊張が混じり合っている。


遠征の準備である。


庭ではセバスが几帳面な手つきで荷馬車の点検をしていた。


木箱を開けては中身を確認し、ひとつひとつ指差すように頷いていく。

「食料よし、薬品よし、魔法具よし……予備の武器も問題ありませんな」

低く落ち着いた声が、忙しない空気の中で妙に安定感をもたらしていた。


その様子を、少し離れた場所からアルフレッドは腕を組みながら眺めている。

視線は鋭いが、その奥にはどこか面倒事を前にした諦観が滲んでいた。


「侯爵家の調査となると、かなり大掛かりになりそうですね、旦那様」

セバスの言葉に、アルフレッドは短く息を吐く。


「そうだな」


簡潔な返事。

しかしその声には、重さがあった。


ローゼン侯爵家――王国でも指折りの大貴族。


表向きは慈善事業や領地経営に優れた模範的な家だが、その裏では消えない噂が燻り続けている。


奴隷売買。

禁術研究。

魔物実験。


どれも一つで国家を揺るがしかねない罪だ。

だが決定的な証拠は、未だに掴めていない。


王都の貴族たちは互いに牽制し合い、結果として誰も踏み込めない。

そんな中で白羽の矢が立ったのが――中立に近く、武力と統率を兼ね備えたノード伯爵家だった。


「……厄介な仕事を押し付けられたものだ」


アルフレッドは小さく呟く。

その声には露骨な不満はない。

ただ、静かな苛立ちと覚悟が混ざっていた。


そのとき。


屋敷の重い扉が、静かに、しかしはっきりと音を立てて開いた。


「伯爵様、お待たせしました」


その声に振り向いたアルフレッドは――一瞬、言葉を失った。


そこに立っていたのは、サラだった。

だがいつものメイド服ではない。


黒と赤を基調とした軽装の戦闘服は、無駄を削ぎ落としつつも身体の動きを邪魔しない作りになっている。

腰には細身の剣が下げられ、背中には小さな魔法具の袋。

長い黒髪は高い位置で結ばれ、戦闘時の視界を確保していた。


そして――ダークエルフ特有の浅黒い肌と赤い瞳が、普段の柔らかな印象とは違い、凛とした鋭さを帯びている。


まるで別人のようだった。


「……」


アルフレッドは無意識に見入っていた。

時間が一瞬止まったように感じる。


サラはその視線に気づき、少しだけ不思議そうに首を傾げる。


「伯爵様?どうしました?」


「い、いや……」


アルフレッドははっとして視線を逸らした。

胸の奥に妙な引っかかりを感じながら、咳払いで誤魔化す。


「よく似合っている」


その言葉は、思ったよりも自然に口から出た。


「え……」


サラの頬がじわりと赤く染まる。

普段は冷静な彼女の表情が、一瞬で年相応のものに変わった。


「ほ、本当ですか?」


「……ああ」


短い返事。

しかし嘘はない。


その横で、サンが露骨にニヤニヤしている。

「伯爵様」


「なんだ」


「姉ちゃんのこと好きなの?」


「違う!」

アルフレッドは反射的に否定した。

その速さが逆に怪しい。


サラは一気に顔を真っ赤にする。


「サン!!」


「だって伯爵様、ずっと見てたじゃん」


「見ていない!」


「見てたって〜」


軽口の応酬に、張り詰めていた空気が一瞬だけ緩む。

春のような、柔らかな空気が庭を包んだ。


だがその空気を、セバスの一言が静かに締める。

「旦那様」


「なんだ」


「遠征前からこの調子では、先が思いやられますな」


アルフレッドは深くため息をついた。


「……出発するぞ」

その一言で、空気が再び引き締まる。



数時間後。


三人は領地の外れにある森へと到着した。


空は高く澄んでいるはずなのに、森の入り口にはどこか重苦しい気配が漂っている。

風が吹いても葉はざわめかず、代わりに見えない何かがこちらを見ているような感覚があった。


ここから先は、ローゼン侯爵家の影響が強い地域だ。


一歩、森の中へ踏み入れた瞬間――


サラの表情が変わった。


それまでの柔らかさは消え、完全に戦士の顔になる。


「……伯爵様」

その声は低く、緊張を含んでいた。


「どうした」


アルフレッドも周囲に意識を巡らせる。


「魔物の気配が……多すぎます」


その言葉に、違和感を確信へと変えた。

確かにおかしい。


この森は本来、魔物の少ない安全な地域のはずだ。

だが今は――まるで巣の中心にいるかのように、四方八方から気配が押し寄せてくる。


サンが小声で言う。

「姉さん、これって……」


「うん……普通じゃない」


サラはゆっくりと地面に視線を落とした。

何かを感じ取るように、慎重にしゃがみ込む。


落ち葉を払いのける指先が、わずかに震えていた。


やがて現れたのは――


焼け焦げたような紋様。


複雑に絡み合う線と円。

自然にできたものではない。

明らかに意図を持って描かれた――魔法陣の跡だった。


アルフレッドの目が鋭くなる。

「これは……」


サラの顔色が一気に青ざめる。

「……伯爵様」


「なんだ」


彼女は一瞬言葉を詰まらせる。

言いたくない記憶が喉元までせり上がっているようだった。


それでも、意を決して口を開く。

「これは……ダークエルフの禁術です」


その瞬間。


森の空気が凍りついたかのように静まり返った。


サンが目を見開く。


「え……?」


アルフレッドは低く、押し殺した声で言う。


「つまり……ローゼン侯爵は、ダークエルフの魔法を使っているということか」


サラはゆっくりと頷いた。

「はい……」


その瞳には、怒りと恐怖と、そして過去の記憶が混ざっている。


「しかもこの魔法陣……」

彼女は指で紋様をなぞる。

「魔物を増やすためのものです」


沈黙が落ちる。


森の奥から、遠くで何かが唸る声が聞こえた。


アルフレッドの中で、何かが静かに燃え上がる。


「……そうか」

その声は静かだった。

だが確かに――怒りが宿っていた。


「つまり」

ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「お前たちの村を襲った理由は、魔法研究のためか」


サラは目を伏せる。

長い睫毛の影が頬に落ちる。


「……おそらく」


その一言に、どれだけの痛みが込められているのか。

サンが拳を強く握りしめる。


「姉さん……」


アルフレッドはゆっくりと立ち上がった。

落ち葉がかすかに音を立てる。


「ローゼン侯爵……」


その名を呟く。


「気に入らないな」


淡々とした言葉。

だがその奥には、明確な敵意と決意があった。


サラが顔を上げる。


アルフレッドは静かに言った。

「この件――私が終わらせる」


その瞬間。

サラの胸が強く鳴った。


(この人は……)

(奴隷の私たちのために、本気で怒ってくれている)


それは今まで感じたことのない感情だった。

胸の奥がじんわりと熱くなる。


小さく呟く。

「……伯爵様」


「ん?」


「私も戦います」


声は震えていない。

確かな意思があった。


アルフレッドは一瞬驚いたが、すぐに柔らかく微笑む。

「頼もしいな」


その言葉に、サラの顔はまた赤くなる。

心臓の音がうるさいほど響く。


その横で、サンがぼそっと言った。

「姉ちゃん、完全に落ちてる」


「サン!!」


再び森に響く声。


だがその奥では、確実に何かが動き始めていた。


三人はまだ知らない。


この調査が――


王国の闇を暴き、そしてその均衡を崩すほどの陰謀へと繋がっていることを。

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